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[JMM467Sa]「皆既月食とディベートとイージス艦と」from 911/USAレポート
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投稿者 梵天 日時 2008 年 2 月 24 日 19:49:32: 5Wg35UoGiwUNk
 

[JMM467Sa]「皆既月食とディベートとイージス艦と」from 911/USAレポート

■ 『from 911/USAレポート』第344回
    「皆既月食とディベートとイージス艦と」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)


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 ■ 『from 911/USAレポート』第344回
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「皆既月食とディベートとイージス艦と」

2月20日水曜日の深夜、北米では満月が地球の影の中にスッポリと隠されてしまいました。
いわゆる皆既月食に他なりません。

私は皆既月食というのは久しぶりに見たのですが、本影といわれる真っ暗な影が地球の大きさを反映して月の外縁よりも大
きな弧を描いていたのは印象的でした。

また、その本影の周囲にある薄暗い半影という部分が赤い色をしているのも神秘的です。
月食時に月面では地球による日食が起きているというのは当たり前のことですが、その日食というのは地球上の日食とは違って、日光が地球の大気圏で乱反射するために欠けた太陽が赤く見えているのではないか、などと想像する楽しみもありました。

 さて、皆既月食の翌日の22日には、テキサス州のオースチンで民主党の大統領候補ディベートがあり、話題のデッドヒートを繰り広げているオバマとヒラリーの直接対決がありました。

ここのところのヒラリーは地球の影に隠された月・・・というよりも、むしろ明るい日光に色あせて見える昼の月という趣で、急速に輝きを失っていました。
ですが、今回のディベートでは堂々とした姿勢、人間味と鋼鉄の意志のバランス、切れ味の良いレトリックなど調子を取り戻した感じです。

とにかく、ヒラリーとしては予想外の善戦をしています。
ディベートの最後にオバマに握手を求めながら「この先、何があっても私たちは大丈夫です。とにかくこうしてオバマ議員とご一緒できたのは、私とって名誉です」とやった時は、一瞬「撤退覚悟?」というムードになりました。

ですが、そのまま微笑みを浮かべながら「とにかく、私たちは大丈夫、それは私たちには家族と友人の支えがあるからで、そうした支えというものをアメリカ人全員に届けてあげたい。この選挙はそのたにあると思います」とヒラリーが語ると、場内は総立ちのスタンディング・オベーションとなりました。

そのまま、まるでヒラリー賛美のムードの延長で、ディベートが終了する格好になっています。

 ただ、多くの専門家の解説によれば確かにヒラリーは善戦したが、オバマを倒すまでには至らなかった、つまりKO勝ちやホームランの必要な状況でそこまでの戦果は上げられなかったといいます。

私もそのような印象を持ちましたが、3月4日のテキサスとオハイオの予備選は相当な接戦になるのではないかと思います。

少なくとも、ここ数週間、予備選で負け続け、何もかもが古くさく見えてきたヒラリーの選挙戦が、ここで「踏みとどまった」ということは言えると思います。


 さて、そのディベートの前夜、皆既月食が始まった午後10時過ぎの丁度同じ頃、地球の周回軌道上では、神秘的な月食とは全く違う無粋な出来事が進行していました。

というのも、アメリカの海軍がイージス艦から発射したミサイルによって、自国の偵察衛星を破壊する作戦が行われていたのです。ペンタゴンの発表によれば、この衛星は2006年の12月に打ち上げられたのですが、打ち上げ直後に故障して作動しなくなったのだそうです。

では、何故今の時期にミサイルによる破壊をしなくてはならいかという点に関しては、ペンタゴンは次のような説明をしていました。

 この衛星には軌道修正用の燃料として、ヒドラジンという液体がタンクに入っていたのだそうですが、打ち上げ直後に故障したために以降の軌道修正ができず、したがって燃料は全く使われずにほぼ満タン状態なのだそうです。

問題は、このヒドラジンが猛毒だということです。

万が一、大気圏再突入時にこのタンクが燃えずに落下して、地表に衝突した際に中のヒドラジンが飛び散ると、最大でフットボール競技場二個分の範囲にこの燃料がバラまかれる、しかもこのヒドラジンは「動物の肉や骨まで溶かす」猛毒だというのです。

 そのために、海軍としては30ミリオン(約32億円)をかけたミサイルで、この衛星を大気圏外で破壊することにしたというのがペンタゴンのストーリーです。

この作戦に関しては、ペンタゴンの「制服組」のナンバー2であるジェームズ・カートライト統合参謀本部副議長(軍籍は海兵隊)が記者会見の発表を担当していましたが、このカートライト副議長という人は、非常にスピーチが明晰で説得力がありました。

それだけでなく、今回の「作戦」に関してはペンタゴンの発表はなかなか良くできていたのです。

 まず作戦の数日前にやや深刻なムードで、ヒドラジン入りのタンクが落下する可能性について発表があり、これに伴ってミサイルで破壊する作戦が行われるが、これは米軍としては初めての試みだというのです。

この「事前」に発表したというのが大事で、そのために各メディアとしては「うまく行くだろうか?」という不安を若干含め
た報道をすることになりました。

その不安感という味付けがされているために、事前の報道では「何のために?」という視点はほとんどなく、とにかく「大丈夫だろうか?」というムードで軍の発表を流すに止まったのです。

 結局のところ、その皆既月食と同じ時間帯にハワイ沖のイージス艦から発射されたミサイルが、無事に衛星の破壊に成功したという発表がされました。

その記者会見では、カートライト副議長は飛行するミサイルの白黒映像と、最終的に衛星が破壊されたときの爆発の映像を公開しています。

映像はなかなか「それらしい」もので、一部のメディアは「まるで(スターウォーズの悪玉衛星)デス・スターの破壊シーンのようだ」という「分かりやすい」報道をする始末です。

 そんなわけで今回に「衛星破壊作戦」については、上手くいって良かったという報道で終わることになりました。

ですが、この問題ではヤマのように疑問が残るのです。

まず、破壊の主目的は本当に毒性のある燃料を落下させないためだったのでしょうか?

 ここでは、本当はそうではなく、何らかの軍事機密が地上に落下するのを防ぐために破壊したという可能性が出てきます。

実際に軍の発表の中にも軍事機密がそのまま落下することも防ぐことができた、という表現がありますからそうした要素も
あるのだと思います。

ところで、32億円の経費というのも何とも「マユツバ」な話です。
今回の「猛毒燃料」の処理のために急遽出費したような説明ですが、こうした事態(毒素の処理ではなく衛星破壊のチャンス)をうかがって研究開発を続けてきた経費を一気に明るみに出したということなのかもしれません。

 また破壊に成功した翌日には、ペンタゴンからは「中国から猛抗議が来ている」という報道が流れました。

例えばCNNのジェイミー・マッキンタイヤ記者は「前回、中国が宇宙空間での衛星破壊実験を行った際にアメリカが抗議したことへの意趣返し」というような説明をしていました。

これに関しては、ロバート・ゲイツ国防長官は「事前に説明したように毒性の強い燃料の被害を防ぐためで、中国の非難は的外
れ」と会見で語っています。

 真相はどうなのでしょう。
たぶん、今まで言われてきたことのミックス、つまり毒性の強い物質の落下懸念もある程度あり、機密性の高いテクノロジーが落下物に含まれる可能性もあり、同時に衛星破壊実験を行った中国に対してアメリカも精度の高い破壊能力があることを誇示するという計算もゼロではなかったのでしょう。

これに加えて、いみじくもゲイツ長官が語ったように「事前に」告知を始めたことが、国内のメディア対策という意味でも、対外的なアナウンスという意味でも政治的には大いに効果があったというのは否定できないと思います。


 ですが、皆既月食の際に地球の影に隠れてしまった月のように、この人工衛星をめぐる問題は「そこに問題があるのに、見えない」影のような印象が残ります。

まず、前回の中国と今回のアメリカの行為によって、人工衛星の破壊技術というのは確立したというのは事実でしょう。
技術的に確立しただけでなく、少なくとも二つの大国が保有を明言している、これは大きなことです。

有害な物質の落下をふせぐため、巨大な宇宙ゴミの発生を防ぐためという大義名分はあっても、とにかく各国は衛星を破壊
しようと思えば簡単にできるのです。

ということは、大規模な戦争が起きた際などに、相手方の情報インフレを破壊するために民生用の衛星を破壊するようなことも可能だということです。

こうした破壊能力を相互に持つということは、正に「スターウォーズ」が可能だということになります。

国際機関による何らかの監視など、物理的な予防策が必要ではないでしょうか。

 そう申し上げると、戦争になったら地上のパラボラを破壊するなり、海底のケーブルなどを切断することはあるので仕方がないことには変わらないという反論が出てきそうです。

ですが、宇宙空間を周回する衛星の場合は、地上からは存在を確認することが難しいのです。

知らない間に破壊することも可能ですし、破壊した、あるいは破壊されたことを何らかの理由で世論から隠すことも容易です。
そのような目に見えないものであるにも関わらず、通信という水と食料と同じように生活になくてはならないインフラであるのが衛星です。

やはり中立的な立場からの監視は必要でしょう。

 また、そのような猛毒が衛星の燃料に使われているのであれば、仮に打ち上げに失敗して大気圏内で失速、落下したような場合にも被害を想定しなくてはならないと思います。

猛毒の燃料タンクが落下しないように、打ち上げに失敗した場合には空中で捕捉する体制、あるいは毒素を燃焼し尽くすような自爆装置(そうした策が効果的かは検証が必要ですが)など何らかの防御策を義務づける必要があると思います。

また、今回はイージス艦が「毒素除去」という「平和目的」で使われたのですが、今後も宇宙からの有害物質の落下を防ぐために、ハイテクのレーダーやミサイル技術が使われるのであれば、イージス艦に関する何らかの情報公開が必要でしょう。

平和目的だからどんどんやる、だがやっていることは実戦転用の可能な軍事行動と一緒だから機密事項、というのであれば国際社会の不安感は解消されないからです。

 イージス艦といえば、インド洋でアメリカや日本を含む有志連合のイージス艦の給油地である、英国領ディエゴ・ガルシア島をめぐって謎めいたやりとりがありました。

21日の木曜日に一斉に報道された内容では、英国のミルバンド外相が英国議会での答弁で「アメリカがテロ容疑者の<特別身柄送致>に際して、英国領のディエゴ・ガルシア島に給油目的で立ち寄った」ということを明らかにしており、これについては、アメリカが違法な「拷問」を行うために容疑者を超法規的に護送する目的で英国領に立ち寄ったことには「深い失望をおぼえる」としているのです。

 このミルバンド外相の発言に対して、アメリカの国務省サイドは「情報提供の遅れが招いた誤解であって、事務的ミス」だと反論、またCIAのハイデン長官(前NSA長官)は「拷問は違法であり、そのようなことは行っていない。

従って、拷問目的で容疑者を護送したという疑惑に関しては、その一切が虚偽だ。ましてディエゴ・ガルシアにCIAの捕虜収容所があったなどという事実はない」という声明を出しています。

 このやりとりが「謎めいている」というのは、911からアフガン戦争、そしてイラク戦争とアメリカと英国とは戦略という意味でも、戦術的にも、特に諜報活動の領域では一心同体のように行動してきているからです。

とりわけ、このディエゴ・ガルシアというインド洋の島に関しては、モールシャス諸島という国が独立した際に、それとは切り離して英国が領有し続けた植民地です。

また、そこにアメリカが基地を建設するに当たっては、軍事機密を保護するために原住民を強制移住させて民間人の人口をゼロにするようなこともしています。いわば、米英同盟によるインド洋に浮かぶ秘密基地なのです。

 そのディエゴ・ガルシア島は地理的にもアフガンやパキスタンに至近であり、仮にこの地域で米英軍がテロリストの掃討を行うのであれば、最も重要な軍事拠点に他なりません。

そのディエゴ・ガルシア島に関して、テロリストの護送の際に給油で立ち寄ったとか、CIAの秘密収容所があって拷問がされているのでは、ということは、英国では以前から騒ぎになっていたのですが、それがこれだけ大きな問題になり、しかもアメリカで報道されるというのは、明らかに新しい兆候だと言えるでしょう。

このあたりにゴードン政権がブレア政権とのニュアンスの違いを出しつつあり、それにアメリカも理解し始めたということもあるのだと思います。

 このハワイ沖の衛星破壊にしても、ディエゴ・ガルシア島に関する米英の姿勢変化にしても、その本当の意味は分かりません。
それぞれの政権や軍部にはそれぞれの思惑があり、そのある種の部分は公開情報としては出てこない性質のものだからです。

ただ、大きな流れとしては、アメリカと英国世論の間に、あるいはアメリカとEUの間に歩み寄りの空気があるのは明白です。
もっと言えば、いわゆるアルカイダといわれ反米イスラム原理主義者を仮想敵としたブッシュの6年半の戦略から、米英の軍事
戦略が、ロシア、中国をライバルとした21世紀バージョンの冷戦的にらみ合いに少しずつ移行が始まったということも指摘できるように思います。

 この皆既月食の夜に中国の実験を意識したような衛星破壊が行われ、ディエゴ・ガルシア島に関して急に「お行儀の良い」やりとりが出てくる、またその翌日には、コソボ独立の承認をめぐって、ベオグラードのアメリカ大使館が襲撃に遭っています。

過剰反応は禁物ですが、皆既月食中の月の色が変わってゆくように歴史の転換する「ゆらぎ」がそこに感じられるのです。

 たまたまこの日、正確に言うと月食の翌朝に、大統領候補指名をほぼ手中にしている共和党のジョン・マケイン候補に、突然「女性スキャンダル」が出てきました。

「ニューヨーク・タイムス」紙が、2000年の選挙当時にマケイン候補と、ロビイストの女性が「親密でロマンチックな関係」にあったと大きく報じたのです。

ただ、このスキャンダルに関しては、間髪を入れずマケイン候補は夫人同伴の記者会見で否定しており、政治評論家たちは「12時間だけで終わった暴露劇」と断じています。

 そんなわけで選挙戦への影響は軽微だと思います。事実、翌朝になるとTVは全くこのニュースに関しては取り上げなくなっています。こうした報道合戦が起きるのも、時代の変わり目の様々な動きの一コマというところだと思います。

マケインという人は軍やCIAの「拷問」には反対の急先鋒である一方で、戦略的には現在のブッシュ外交の支持者であり、色々な意味で足を引っぱろうという人は多いでしょうが、陰謀説をあれこれ詮索しても仕方がないでしょう。

 さて、テキサスにおけるオバマ対ヒラリーのディベートの話に戻りますが、全般的には政治的な力比べに終始した論戦ですが、その中に少し注意すべき発言がありました。

ヒラリーは、この日のベオグラードでの米国大使館襲撃事件のことを真剣に受け止めると言っていましたし、中国製品の安全性の問題には厳しく対処すると言っているのです。

また、オバマも「ブッシュがイラクにかまけている間に、中国への監視を怠った」というような発言をしています。

勿論、彼等が対露、対中で一本調子の強硬姿勢になるとは思いませんが、「反テロ戦争」の時代から中露を相手としたライバル
意識の時代へのニュアンスの変化というものは、この二人の念頭にもあるように思います。

少なくとも「民主党=リベラル=親中」という先入観だけで見てはいけないと思います。

 そうは言っても、軍事外交の最先端の話は争点にはならないのが、選挙というものであるのはどうしようもありません。 こうした時代の変化のトレンドは、11月の大統領選挙が終わるまではなかなか明確な形は持っては行かないと思います。
明確な空気の醸成や民意の反映ということもないでしょう。

そうではあっても、そうした時代の変化に備えることは必要です。
米英の変化に盲目的に追随する必要は全くありませんが、無用な火の粉をかぶったり、コンフリクトの前面に押し出されることを避けるという意味を含めて、備えは必要だと思うのです。

 その意味で、昨年来起きている防衛省の汚職事件、イジース艦情報漏洩事件というのは変化の時代に備えるという真剣さとは正反対のものだと思います。
前者の結果として、大臣以下防衛省幹部は互いにGPS機器を身につけて「ゴルフ場での接待を受けていないか」を監視するという、人間の組織としてはあり得ないような「相互不信の制度化」に至っています。
また、後者の結果としてはアメリカの恫喝を恐れる余りに、金を払って買った船の装備について「取扱説明書を自分がどこまで読んで良いのか自分で決められない」という異常なムードになっていることが想像されます。

 今週発生したイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事件は、こうした士気低下の延長に起きた事件であって、単なる一当直士官や見張り役個人の問題ではないと思います。

昔からいわゆる「反戦」主義者の感覚として、優秀な人間が軍に集まると戦争を起こすから危険であるとか、軍隊は士気が低下している方が国民にとっては安全なのだ、というようなシニカルな見方がありました。
また、軍隊が国民に尊敬されなければ戦争も起きないというような感覚も、60年の平和に基づいた経験則になっているように思います。
今回の事件へのリアクションにもそうした感性が明らかです。


 ですが、こうした認識は改めなければならない時期に来ているのではないでしょうか。
愚かであることはやはり危険なことなのです。
小賢しい悪も危険ですが、無知無能であることはもっと危険だということを考える時期、そのような時代に入りつつあるのだと思います。
専守防衛の精鋭を鍛えることで軽武装を貫き、民生品の販売で全世界に貢献する通商国家の長所を死守する、そうした国是は、こうした変革期には「普通の国」を上回る知恵を働かせなくては維持できないのではないでしょうか。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わったか』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>

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