遂に始まった被害者参加の刑事裁判
被害者やその遺族等が、刑事裁判に直接参加して、証人尋問や被告人質問を行う被害者参加制度が、2008年12月1日から施行されており、被害者参加による刑事裁判の公判が始まっている。
2009年1月23日には、東京地方裁判所で、被害者参加による2件の刑事裁判の公判が開かれた。1件は自動車運転過失致死被告事件、もう1件は恐喝未遂、傷害被告事件だった(私は後者の事件を傍聴した)。
前者の事件を傍聴した方から聞いた話によると、前者の事件では、被害者参加人として法廷に出席したのが2人(被害者の妻と兄)、被害者参加弁護士が3人で、さらに傍聴席で関係者として6人が傍聴したという。
そして、心情に関する意見陳述(旧来から認められていた意見陳述制度)は被害者の母親が行い、被告人質問は被害者の兄が行い、弁論としての意見陳述(新たに認められた意見陳述制度)は被害者の妻が行った。
被告人質問の際に、被害者参加人である被害者の兄は、報道によると、「なぜ一度しか謝罪に来なかったのですか?」、「事故現場で手をあわせたりしたことはあるんですか?」、「事故現場に花や飲み物を供えたことは?」などと質問して、被告人の誠意のなさを追及したという。そして、検察官が、禁錮1年6月を求刑した後、被害者の妻が、涙ながらに、「前方不注意などという簡単な言葉で終わらせたくない。殺人だと思っています」、「誠意のない被告に殺されました。実刑を強く望みます」と意見を述べたという。
後者の事件は、2人の被害者に対する恐喝、恐喝未遂と傷害の事件だったが(被告人は2名)、被害者として出廷したのは1人の被害者だけで、その本人が出席し(被害者参加弁護士はいなかった)、検察官の隣に着席した。
被告人質問の際に、被害者は、「人生をやり直し、立派な大人になって戻ってきてもらいたい。そのために私は厳しい意見を述べるつもりだが、私を恨むか」などと質問した。この事件は009年1月28日にもう一度公判が開かれ、検察官が懲役3年を求刑した後、被害者は、「社会人として責任を取る意味を覚え、境遇に負けず立ち直り、今度こそ本当の意味で社会復帰を果たしてほしい。3年間の実刑とするようお願いします」との意見述べたと報道されている。
後者の事件は、被害者本人が参加し、比較的落ち着いた公判だったのに対し、前者の事件は、事故で被害者が死亡していることもあって、被害者遺族の怒りが公判に充満し、まさに「報復」だと感じられるような法廷だったようである。
しかも、法廷のバーの中だけでも5人(被害者参加人2名と弁護士3名)、傍聴席には6名という多数の被害者の関係者が出席し、数の上でも被告人・弁護側を圧倒していたようである。
今回の被害者参加制度の下での初めての公判を受けて、東京新聞は、「制度の趣旨を生かしつつ、法廷を「報復の場」にしない冷静な工夫が、裁判所、検察、弁護士の三者に強く求められている。」と書いた(2009年1月24日付朝刊)。
また、毎日新聞は社説を掲載し、「何よりも法廷が愁嘆場と化したり、報復感情に支配されかねない。東京地裁の公判に臨んだ遺族は閉廷後、感情の高ぶりを必死に抑えた、と語ったが、被告と対峙(たいじ)しながら平静でいることは容易ではない。それでなくても、関係者がののしり合ったり、つかみかかろうとするような光景は、裁判所では珍しくない。」、「制度が量刑を不当に重くする方向で作用しないように注意、点検を怠ってはなるまい。」、「制度を定着させるには、まず、裁判官による適正な訴訟指揮が求められる。検察官は事前に被害者らと十分なコミュニケーションをとって、逸脱しないように心がけねばならない。」などと述べて警鐘を鳴らしている(同年1月25日付朝刊)。
私自身も、これまで被害者参加制度下の刑事裁判が、被害者等による「報復」裁判となるおそれがあることを懸念していたが、今回の自動車運転過失致死被告事件では、まさに懸念したとおりの展開となってしまったようである(それでも被害者参加人は比較的怒りを抑えて対応していたようである)。
私は、今回の東京地方裁判所で行われた2つの公判から、被害が比較的軽微で、被害者本人が参加する裁判では懸念された悪影響は比較的抑えられる可能性があるのに対して、被害者が死亡した事案で、その遺族らが参加する場合には、被告人の誠意のなさが法廷の中で厳しく追及され、涙ながらに弁論としての意見陳述がなされ、厳しい求刑(実刑を求める)されることによって、裁判官の量刑にも大きな影響を与えることが予想される。
そして、2009年5月21日から施行される裁判員制度においては、裁判員対象事件と被害者参加制度の対象事件がほとんど同じであることから、裁判員は、最初から、被害者参加制度の下で行われる刑事裁判において、量刑も含めて判断を求められることになる。
裁判員が、被害者参加人の涙ながらの訴えに影響されて、証拠に基づかないで有罪という意見を述べ、それが評議の場で多数になったために有罪判決を受けないとの保障は何もないと言わなければならない(評議は非公表であるし、裁判員には評議の秘密についての守秘義務があるため、その点を検証することは事実上困難である)。
このままでは、その点の保障が何もないまま、裁判員裁判の本番に突入することになってしまうことは必至である。
被害者参加制度はこれから全国の地方裁判所で公判が開かれることになる。被告人の防御権の保障は危ういものにしないためにも、早急にその問題点を洗い出して、改善することが求められている。
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