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http://mainichi.jp/select/opinion/hasshinbako/news/20081126k0000m070121000c.html
発信箱:老いて負う罪=磯崎由美(生活報道センター)
隅田川の流れを眺めハトに餌をやると、白髪の女はビルの屋上に上った。今年7月。知る人のない土地で死のうと奈良から東京に来たが、79年生きても自ら命を絶つのは難しかった。
弁護士によれば、女は小さいころ両親が離婚して身寄りがない。戦後の混乱期は米兵に体を売って生き抜き、家政婦として働きながら一人つましく暮らした。だが年とともに仕事はなくなり、年金は月3万円余り。家賃も公共料金も滞納した。
上京したものの死にきれず、所持金も底をつき、留置場に泊めてもらおうと思いつく。万引きして自首すると、警官は親身にしてくれた。施設に入ったが、他の入居者と物音で言い争いになった。民家の車庫で野宿し、住民に追い払われた。
その夜、女は果物ナイフを買い渋谷へ向かう。「屋根の下で寝たい。警察に泊めてもらうには、もっと大きなことをせなあかん」。若者でにぎわう繁華街。自分は女子挺身(ていしん)隊に召集されていた年ごろだ。友達を待つ若い女性が楽しそうに見え、切りつけた。悲鳴が響いた後も、刃物を手に街をさまよった。
今月19日、東京地裁。傷害罪などに問われた女は曲がった腰をかばうようにすり足で法廷に現れ、独りごとのように言った。「自分が恐ろしうて。早く死んでおれば皆さんにご迷惑もかけなかった」。接見で弁護士は「命あって出所したら、どこに行けばいいのでしょう」と聞かれ、返事に窮したという。
高齢化率を上回る勢いで増える高齢者犯罪。豊かさを追い求め手にした長寿の時代を、素直に喜べなくなってしまった。
女が傘寿を迎える12月、判決が言い渡される。
毎日新聞 2008年11月26日 0時05分