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「逝きし世の面影」に学ぶ 田中優子(法政大教授)
一九九八年に刊行された渡辺京二著「逝きし世の面影」は今こそ読むべき本ではないだろうか。当初は江戸時代論として迎えられたが、今読むと「私たち日本人にとってしあわせとは何だったのか」と、ふと立ち止まって考えてしまう。
著者は、幕末から明治の日本を記録した外国人たちのまなざしの中に、にこやかに満ち足り、笑い上戸で冗談が大好きで好奇心あふれる日本人たちを見た。それは今の、金を稼ぐことにやっきになっている日本人や、過労死と老後の不安とワーキングプアに苦しむ日本人とは、ずいぶん異なっている。
幕末の庶民のほうが、ずっと貧しかったはずだ。しかし、そこここに見られる落ち着きや満足感や笑いから、「しあわせ」という言葉が浮かび上がってくる。明治以降の日本人たちは、いったい何を目指して頑張ってきたのだろうか。
記録というものはどこに注目するかによって、驚くべき発見があるものだ。そしてこの発見は、私が江戸時代の文学を通して感じていた日本人像と大きな差はなかった。そしてまた、私が子供のころに知っていた大人たちとも重なっている。
私は高度経済成長期に大人になった。下町の長屋に生まれ育った私は、自分を貧しいとは思っていなかったが、他人と「比較する」ようになって初めて、貧しかったのかもしれない、と気づいた。それでも卑屈にはならなかったし、さまざまな民族がいた横浜で、差別すら知らなかった。
むしろ大人になって気づいたのは、日本の高度成長のただ中で私はなに何かを失ったのではないか、ということだった。この喪失感が、後に江戸文学を研究するひとつの動機になったのだと思う。藤原新也氏は「東京漂流」で、生まれ育った門司の旅館が開発のために壊され、そこを立ち去ってゆく時のことを書いている。私はそのくだりを読むたびに不覚にも涙ぐむのだが、それは私の経験と重なっているからである。
多くの人が高度成長のなかで、何らかの喪失を体験しているのではないだろうか。それはあの、少々のことでは動じない人々の安定感と笑いと智恵、他人の生活と自分の生活とが截然とは途切れていない不思議な空間、そして、動植物と人間とが入れ込み合ったような生き方ではなかったろうか。それらはすでに遠い。
論語に、「寡(カ)を患(ウレ)へずして均(ヒト)しからざるを患ふ。貧を患へずして安からざるを患ふ」という一節がある。国の長は、土地や人口や物が乏しいのを憂えるのではなく、配分が均等でないのを憂えるべきであり、貧困ではなく、人の心が安んじていないのを憂えるべきだ、というのだ。なぜなら、均等であれば人々は自分が貧乏だと感じることはなく、心が安定していれば人は互いに和することとなり、人口が少ないことを心配する必要もなく、国が傾くこともないからだ、と。
これが、江戸の思想の基盤となった儒学の価値観である。「既に富めり。又何をか加へん」−生活が安定したら、その上何を加えるべきでしょうかと問う弟子に、孔子は「それは教育だ」とも言っている。ここで言う教育とは、思想つまり人間としてどう生きるかを学び考えることだ。さらに富を求めることではない。人がどうあるべきかを考え、均等な配分に努力し、人の心が安定する方途を探る、ということなのだ。
幕末、アメリカは自分たちの捕鯨の足場と市場を求めて日本に開国を迫った。敗戦後、今度は数字を操作して金を儲けることをよしとする価値観を日本は受け入れ、それをグローバリズムと呼んでいる。そのただ中にいる若者たちは不安と恐怖にかられ、自らの生活を守る姿勢に入っている。
しかし、私は彼らが積極的に担いはじめたさまざまな活動のなかに、いちるの望みを見ている。世界が、そこから富を搾取する対象としてではなく、均等な配分と魂の安定を共にめざす現場になる、という可能性だ。「逝きし世」はそのとき憲法九条と同様、日本だけでなく世界が目指すべきものとなるだろう。新しいグローバリズムの誕生である。
沖縄タイムス2008.6.13
田中優子の世界
http://lian.webup.co.jp/twin/