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http://archive.mag2.com/0000243699/20081001210000000.html
あんたは生きているか。
答えは勿論イエスだろう。
でも、それは誰がどう証明してくれるんだい。
この世の阿呆の多さを嘆いてかは知らないが、
ともかく愛の結晶として赤ん坊として生まれた
あんたやおれが、この時代を生きている証拠は
なんだろうな。
生きているが、一体何を示すのか。
飢餓によって生まれすぐにでたらめな確率で
死に至る国や、
生涯かけて支配者の為にひたすら働き続ける
日本では、
生きるは‘alive’ではなくただの‘no dead'でしか
ない気がするのは、おれだけかな。
ここ一ヶ月、仕事を大幅に前倒しで片付けて、
四日間の空白を作って、弾丸での地方出張の
予定を立てた。
おれなんて一本の仕事は安いから、とにかく数
をこなす必要がある。
しかも昼間は会社員もどきみたいな業務もこな
すわけだし、本気で倒れるかと思ったときもあったけど、
なんとか時間を作れた。
ギリギリの体力で生きざるを得ないこの国の資本主義では、
時間も金で買うのに等しいのだ。
地方を見て回りたいと思った理由はシンプル。
おれは都心部の空気は誰よりも肌で感じている
自信はある。HHSにレポートを書いている通り、実際に
野宿者と一緒に寝たり、
毎日殺人的労働時間をこなす人と関ったりして、目の
前の空気を手の平で救えるほどの能力はあるつもりだ。
だけど、地域格差が開いていると言われている
地方の今について、ちょっと知識不足だからだ。
実際、自分の消化器官を通して腹いっぱいに
溜め込んだ格差の空気は、
どんな偉い先生のコラムよりも恐ろしく感じたよ。
GNI係数や経済成長率も大事な物差しだが、
工場の休憩室で、生気の抜けた顔で横たわる
作業員の人らの、光のない視線のほうが、
おれには断然リアルだった。
年々悪臭と不透明度を増していく東京湾から、
西へ向かって200キロほどすっ飛ぶと、
日本の製造業の心臓、名古屋がある。
愛知が誇る大都市の、正直な感想は、
活気が失せているってことだ。
おれが知る日本の心臓は、これほどまでに
廃れてはいなかった。
東口のビジネス街も、西口の歓楽街も、
仲良く新自由主義の沼の底へ足が埋もれちまっている。
何が原因かなんて考える余地はない。
人も、ビルも、車も、空も、空気さえも、
日本全土へ血液を送り続けることに、
東京に住んでるおれが、他所の土地の空気を
どうこういう資格なんてないだろうが、
名古屋の空気には命の煙たさがあるんだ。
シンプルに言えば汚れているのだろうし、
ちょっと空を見上げれば、
秋の霞雲なんだか、煙突の煙なんだかわからない、
エイリアスゾーンが広がっている。
だが、その空気は日本が脈動を打っている証で、
ここで色んなものが生まれ、動脈を通ってあんたの住む
街まで送られているのだ。
もっとも、最近じゃ中国から海を渡ってくるものばかりだけどな。
心臓さえもアウトソージング。
成果主義とグローバリズムは、
金の為なら何だって外注するんだよな。
出発前にアポをとった会社はあったが、
時間はまだあったんで、名鉄に乗り換えて、ひたすら
気の向くままに下車していった。
実際に足を運んで、話を聞くのも大事だけど、
その前におれ自身を、この場所に慣らしておきたいからね。
パン屋、駄菓子屋、鍵製作、中型青果店。
そして地方の大半を占める名もなき中小企業。
どんどん入っていった。
そしてどんどんおれの背筋は冷たくなっていった。
「地方は東京よりもさらに不景気」
「財政改革による地方格差」
新聞の見出しで見るのは実に容易いが、
肌で感じる現実は、胃を焼き尽くすほどのものがある。
症状は勿論、低温火傷だ。
名古屋といえば、東京、大阪、福岡に継ぐ都市。
そこから10キロも離れていない街の、
会社も商店も、ねこぞぎやばいのだ。
訪問販売を装って入った会社の話。
かつてのバブルの遺産で残したような
古めかしい三階建ての自社ビルに、
社員はわずか10人余り。
外資の個人スペース理論もびっくりの空白だ。
窓ガラスにプライドを捨てたバイト募集の張り紙が
あった。
【時給850円 事務 初心者歓迎】
中で派遣を使わないのかと聞いたら、
想像していた中で一番悪い答えだ。
「派遣は大企業が使うからはじめてコスト面で有利
になる。
好きな期間だけ使えるメリットもあるが、
それ以上に、850円の仕事をしてもらうのに、
1400円も派遣会社に払わなくちゃいけないなんて、
地方の中小企業にはつらい選択だよ」
時給850円。残業代は払えない。
仕事は人手不足で山ほどある。
だが、物価上昇が続く市場で、
850円のアルバイトだけで生きられる道は
相当に限られている。
更にメディア戦略と政府の全面援助によって、
派遣業界は底辺の労働市場を支配している。
フルキャストみたいな件もあるが、
あんなものはガス抜きに過ぎないしね。
アコムに格好だけの制裁を加えたが、
サラ金業界の本当の悪事に目を向けたかい。
フルキャストを業務停止させたが、
偽装派遣は少しでもなくなったかい。
答えは気が遠くなるほどのNOだろう。
銀行に資本を持たせて、サラ金をクリーンイメージにし、
日雇い派遣をなんの予備対策もなしに禁止して、
派遣業界との密着に力を入れただけ。
結局痛手を食うのは、いきなり仕事だけを奪われた
スポット派遣社員と、少人数さえも常時の労働力を
確保しておけないほど体力が弱まった零細企業。
「対策しましたよ。国民の味方ですよ」
自民党が選挙でこの台詞を言うために、
いつも弱者だけが一山いくらで犠牲になるのだ。
アポイントを取った企業に到着した。
トヨタの工場がある名古屋では、大きななんて言葉は
なかなか使えないが、それでも製造流通の世界では、
そこそこ名の知れた会社だ。
他社の例に漏れず、基幹は東京や関西にあるが、
工場だけをこの場所に設けていた。
社員は工程を仕切る二十人ばかりだけで、
後の作業員は期間工員だ。
4月から5月頭までの春期。
夏の商戦前の6月、7月の夏季。
ボーナス商戦の種を作る11月いっぱいの秋期。
そして1月から3月の年度末調整期。
彼らの仕事と人生は、ひどく短い短冊切りで
売り買いされ、インフレのランダムウォークにも
関らず、単価はどんどん下がっている。
勿論、要因は政府の手先のピンハネ業者だ。
この工場の若き現場指揮者が、おれのコラムの
愛好者だったことで、ゲートのパスも、
外部には見せたくないことで、二重の鉄の扉で
囲まれた製造工程の施設にも簡単に入れた。
中へ入ると、金属同士がぶつかり合う音と、
化学変化の必需品の熱が充満していたが、
ひとつ決定的に違うことは、
心臓を動かす小人達の瞳からは、
これっぽっちの温かみも感じなかったのだ。
ちょうど休憩時間に入った。
本来は連続作業の時間を考えると、
一時間近く休まなくてはいけないのだが、
効率と解雇の言葉で、
四十分に短縮させていると言う。
ローテーションで交代制にして、作業工程を
止めない手法もあるが、そこまでして採算を
合わせられるのは、大手の中でも一部だけだと
嘆いていた。
作業員達は、休憩になると、決められた場所に
集められて座り込む。
決められた場所−。
管理者はそう言ったが、そこは100平米ほどの
奥に長い空間で、
エアコンや本は勿論、机も椅子さえも何もない、
正真正銘の空室。
そこに三十人近くが肩を寄せ合って地べたに
座り込む。
狭いとか暑苦しいとか、そんな日常に溶け込んだ
言葉じゃなく、もっと意味の重い響きの言葉が
必要な場所だ。
座り込んだ作業員達は、何も話さない。
皆、黙って下を向いて、喉が渇けばドアを出て
すぐの水道を捻って水を喉に流し込み、
また人の川を渡って定位置に戻って座る。
平均年齢は三十を少し超えるくらいか。
思ったより年齢層が高い。
氷河期の高齢化なのか、それとももっと若い
世代は、まだ会社にしがみ付いていられる状態なのか。
おれは指揮者の読者に頼んで、
工程ごとに決められているというリーダーの
一人に話を聞くことが出来た。
場所を移動しましょうと、工場地帯にぽつりと
佇んだ、寂れた喫茶店に誘った。
喫茶店のコーヒー飲むのなんて何年ぶりだろう
と喜んでいた。胸が痛い。
力不足を感じているようだった。
「みんな元気がないね」
そのままを言った。本人達がどう思っているかを
知りたかったからね。
でも、現実を踏み台に話す質問の答えは、
現実でしかない。
「元気なんてあるわけないじゃないですか。
工場の期間工の仕事がどれだけつらいか知ったら、
菊池さんでも絶対黙り込んじゃいますよ」
彼らは往々にして、口下手で、話足らずだ。
こういう台詞を取って、政府の経済対策チームは、
「若者がきつい仕事を我慢できる忍耐力がなくなって
いるだけ」
と断罪するんだ。彼らの言葉の真意を、
本当は分かっているくせにな。
かわりにおれが、アイスのブレンド一杯で聞き出せた
彼らの生活のパズルを、極力繋げて音にしてみるよ。
期間工は、次の仕事の保障が全くない。
そして「競争力の確保」の名の下に、給料はわかりや
すい右肩下がだそうだ。
具体的に彼の給与。
週6日勤務で、朝9時15分から定時は18時。
ほとんど毎日1〜3時間のサービス残業がついて、
酷いときにはそれから二時間、工場内の掃除も
やるらしい。
清掃業者を雇わず、期間工たちにやらせることで、
年間三百六十万のコスト削減だそうだ。
金は節約しているが、空気は悪化しているんだけどな。
彼の給与。
基本給が十二万。
リーダー手当てで三千円。
昼の弁当支給でマイナス三千円。
(昼食支給と書かれていたが、実際来て見たら
お絞り代として一食100円抜かれていた)
寮費マイナス一万円。
そこからきっちり税金も引かれるし、
保険だって同じだ。
手取りは十を切るそうだ。
「景気回復しているのに、僕達の周りはどんどん
悪化していく。僕達だけなのか、それとも国民全部
がそんな感じなのかは、わからないけどね」
どちららも厳密には違うが、どちらも正しい。
弱者が弱者を搾取する連鎖の終着駅がここであり、
至るところにそれがあるのも事実だ。
そして肝心なのは、景気だけのせいじゃなく、
この国の方針が大きく変更された瞬間に、
この国の有権者は頭を真っ白にして
ただ笑っていたことだ。
小泉旋風が起きた選挙の前日に戻れる箱舟があれば、
乗り込み希望の国民は、もう百万や一千万じゃとても
足りないだろう。
最後に、読者である工場監督に別れを告げて帰ろうとした。
この状況は彼のせいではないし、いち社員が
どうこうできるような波の大きさじゃない。
責めるつもりなんて微塵もないし、
この国では、期間工と正社員の差なんて、
無いも同じだ。
一ヵ月後に読者の人物が、指揮される側に回って、
巨大な機械を動かしていても、誰も驚かないだろう。
だから何も言わなかった。
おれは適度な笑みを混ぜ込んだ顔で、深くお辞儀をしたが、
彼の口は溢れようとする言葉を押さえられなかったんだ。
「作業員達の目を毎日見続けることは、
人生で一番つらい日々だ」
自分を正当化したのでも、
被害者面がしたいわけでもないだろう。
面白くもない、日本では当たり前の光景。
そこにたまたま居合わせた自分。
それがひどく滑稽で、けれどもちっとも笑えない現実に、
ただただ寄りかかって流されていることを、
冴えないライターに伝えたかったのかもしれない。
明日は大阪だ。