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第145回
「日雇い派遣禁止」の裏に隠された巧妙なからくりhttp://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/o/145/index.html
経済アナリスト 森永 卓郎氏
2008年8月11日
7月28日、厚生労働省「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会」が派遣業務に関する報告書をまとめた。それによると、日雇い派遣と1カ月未満の短期派遣を、一部を除いて原則禁止するべきであるという。早ければ今度の秋の臨時国会に労働者派遣法の改正案が提出される予定だ。1986年に派遣労働法が施行されて以来、派遣労働については規制緩和が続いてきたが、ここで一転して規制強化に向かったわけだ。
こうした動きの裏には二つの事件が関係している。一つはグッドウィル事件。ご存じのように、同社による違法な派遣が明るみに出て事業停止処分を受けた事件である。もう一つは6月8日に起きた秋葉原の無差別連続殺傷事件である。容疑者である加藤智大が派遣労働者であったことはメディアでも大きく報道された。
舛添要一厚生労働大臣も秋葉原の事件を受けて、「派遣労働について大きく政策を転換しないといけない時期にきている」「日雇い派遣をやめる方向で考えるべきではないか」と発言していた。いずれにしても派遣労働が格差社会の元凶とみなされ、派遣を規制すべきだという世論が高まってきたことが今回の規制強化の背景にあることは疑いない。わたしは、日雇い派遣を規制することには基本的に賛成である。しかし、今回の規制強化については、どうも納得できないことがあるのだ。
日雇い派遣禁止で発生する失業者をどう扱うのか
今回の規制強化には大きな問題点が二つある。
一つは、これまで日雇い派遣で仕事をしていた人をどう扱うかという問題である。実は、似たような状況がグッドウィル廃業の際に起きている。あのとき、派遣労働者の命運が真っ二つに分かれてしまった。直接雇用に変更になった幸運な人もいたが、大部分 ―― 少なくとも半数以上の人 ―― は仕事を失ってしまったのだ。
当時、ネットカフェ難民の若者の話を聞いたことがある。彼はたまたま別の派遣会社で助かったのだが、周囲の人たちはみな仕事がなくなるといって大騒ぎだったという。
もちろん、長期的に見れば、日雇い派遣を禁止することは正しい道である。しかし、いきなりの禁止は、短期的に見ると生活が苦しい人の仕事を奪うことにほかならないのだ。こうした人の生活の手当てをどうするか、今回の報告書では触れていない。このままでは若年層の失業者が大量に発生して、さらなる社会不安を呼び起こさないとも限らない。
わたしが思うに、まず手をつけるべきなのは、日雇い派遣の禁止ではなく、派遣社員の労働条件を一般社員と同等にすることではないか。つまり、彼らの時給を正社員並みにすることを優先すべきであって、彼らの仕事をいきなりなくすことではないと思うのだ。これについては、後でもう一度詳しく触れたい。
派遣労働法を巡る環境は大きく変化した
もう一つの問題点は、派遣対象業務にまったく触れていないということだ。規制強化するのであれば緩和しすぎた派遣対象業務もまた元に戻すべきだとわたしは考える。
その理由を述べる前にちょっと前置きをしておきたい。1986年に施行された労働者派遣法という法律は、わたしとは少なからぬ縁がある。実は法律制定当時、わたしは経済企画庁に出向しており、総合計画局の労働班というところにいた。まさに、派遣法をつくるときに仕事をしていたわけで、わたしにも責任の一端がある。その言い訳をするわけではないが、1986年当時の派遣労働の状況は現在とはまったく違っていたのである。
当時は、口入れ屋というものが幅を利かせていて、労働者を集めて大量に現場に送り込み、高率のピンハネをするということが常態化していた。しかも、そこに暴力団がからんでいることが多かったのだ。そうした実例があったので、派遣労働というものは搾取の温床になるということで、労働基準法で禁止されていたのである。
だが、時代は変わりつつあった。わたしがいたときの議論は次のようなものであった。「世の中は変化してきたので、搾取される心配のない職種、例えば、通訳やシステム開発など、高い技術を持った人については派遣を認めてもいいのではないか」 ―― 。国際会議があったときには通訳が必要になるが、企業が通訳を正社員として雇用しておくのは大変なコストがかかってしまう。そこで、そうした高い技術を持ち、いわば腕一本で生きていける人に限定して派遣を認めましょうというのが、労働者派遣法のおおもとの考え方だった。
そうした理念のもと、専門性が高い13業務に限定して派遣労働を解禁したわけである。業務の数は直後に16業務となった。
問題は、その業務の数がずるずると拡大されたことである。
1996年には26業務に拡大、1999年にはさらに大きな転換があった。それまでのポジティブリスト(認められる業務を列挙する方式)から、ネガティブリスト(禁止する業務を列挙する方式)に変わったのである。
その結果、港湾運送、建設、警備、医療、製造を除いて、原則どの業務でも派遣労働が自由になった。ここで禁止された五つの業務は、一般の人ができる業務である。これを解禁しては搾取の温床になるということで禁止したわけだ。百歩譲って、許されるのはここまでであったといえよう。
製造業への派遣を認めたことが格差拡大を招いた
小泉内閣時代、規制緩和の名の下に犯罪的な行為が繰り返されたことは、これまでもこのコラムで取り上げてきたが、派遣労働もまたその一つである。
2004年、小泉内閣の下で、とうとう製造業務への派遣労働が解禁されたのだ。現在のような格差拡大が生じた最大の原因は、この製造分野への派遣労働の解禁だった。その結果、ものすごいピンハネが常態化したのである。
製造ラインで働く派遣労働者は、多くの場合、正社員と同じ仕事をしながら、半分以下の時給しか受け取っていない。格差拡大を問題にするならば、製造業務への労働派遣を禁止すべきである。
舛添要一大臣は秋葉原の事件を受けて日雇い派遣の禁止を言い出したが、実は、加藤容疑者は日雇い派遣ではなかった。数カ月間の期間契約で、製造業へ派遣されていたのである。まさに、小泉内閣で拡大された業務だったのである。
加藤容疑者の時給は1300円であったという。年間2000時間働いても年収は260万にしかならない。それに対して、彼が働いていた関東自動車工業の正社員の平均年収は740万円である。おそらく、仕事の内容はほとんど変わらないであろう。それでいて、この賃金格差はなんなのだろうか。
先日のグッドウィル廃業に伴って正社員になれた若者たちに話を聞くと、「こんなに給料をもらっていたんだ」と、まず驚いたという。裏を返せば、「こんなにピンハネされていたんだ」というわけだ。それだけではない。正社員には当然防災用のヘルメットがあるのだが、派遣社員には支給されないのだという。社員食堂に行くと、正社員は3割引なのだが、派遣社員は定価。派遣会社の多額のピンハネに加えて、勤務先の会社でもこうした格差が横行しているのである。
同一労働、同一賃金の原則を守るべき
わたしは、賃金格差があること自体を批判しているのではない。有能な人がたくさんもらうということは当然あってよい。だが、同じ仕事をしている人の給料や待遇が、大きく違うというのはいけないと思う。それでは、「身分が違うから、お前は安く働け」と言っているようなものではないか。
わたしは、そういうことが嫌いだ。同じ工場で同じ仕事をしているならば、給料も待遇も同じにすべきではないか。もちろん、派遣会社に多少の手数料は必要だろうが、基本のラインとしてそれを守ってほしいのである。
繰り返すが、本当に政府が格差をなくそうと考えているのであれば、まずは行き過ぎた規制緩和だった製造業務への派遣労働を禁止すべきなのである。ところが、今回の報告書ではそれに触れられていない。どうもわたしにはそれが解せないのである。考えてみれば、昨今の労働問題といえば、常に労働側が譲歩を迫られ、経営側の思うように進んでいくという実情である。
証拠はないものの、製造業務への派遣労働禁止をしないのは、派遣労働を大量に利用している大手製造業と、大きな利益を得ている大手派遣会社に、政府が配慮しているからではないか。一方で、今回の規制対象になった日雇い派遣をしている派遣業者は、ほとんどが中小業者か新参者である。
そう考えると、今回の日雇い派遣禁止という話も、結局は大手業者の利権を守りつつ、世間の批判をかわすために出てきた措置ではないかと思えて仕方がないのである。