集団的自衛権行 使と改憲を公言 十一月十一日、参院外交防衛委員会で行われた田母神俊雄・前航空幕僚長の参考人質疑は、田母神の「一人舞台」となった。 田母神は、「もし私が自衛隊員に論文応募を指示していたのなら千を超える数が集まる」と自らの影響力の大きさを誇示し、田母神と気脈を通じる自衛隊幹部がすでに強固な勢力を成している、という恫喝を政府や与野党に対して行った。彼はまた「日本を良い国だと言ったら解任された。そんなことはおかしい」「自衛官にも言論の自由はある。言論の自由が村山談話で制約されることはない」「われわれは良い国だと思わなければ頑張る気になれない。悪い国だと言っていては自衛隊の士気にもかかわる」と述べ、改憲すべきだという主張を全面展開した。さらに「集団的自衛権も行使し、武器も堂々と使用したいというのがあなたの本音か」という山内徳信議員(社民党)の質問に対して、「ええ私はそうすべきだと思う」と何のためらいもなく言い放った。 麻生首相や浜田防衛相は、彼の一貫した主張をチェックできなかったことをミスだと認め、問題を早期に収拾することに汲々としている。この点では民主党の態度もまたきわめてあいまいなものであった。民主党は、十一月十一日の田母神への参考人質疑と、十三日の麻生首相を参院外交防衛委に呼んだ「文民統制」についての集中審議の後、十一月十八日で委員会審議を打ち切り、洋上給油新法案を採決に付すことに合意した。こうして衆院での「再可決」による成立に道が開かれた。そして十一月十三日の「文民統制」についての集中審議で、麻生は「文民統制がきちんとしていたから、今回幕僚長を解任した」と居直ったのである。 民主党のあいまいな姿勢は、たとえば民主党の鳩山幹事長が今回の懸賞論文を主催したアパ会長の自宅で開かれる「日本を語るワインの会」に田母神と同席していた、という報道(「日刊ゲンダイ」11月13日)によっても示される通り、「新しい歴史教科書をつくる会」や「日本会議」などの極右人脈につながる議員が同党内に多数存在することによってもたらされたものである。田母神問題を通じて歴史観を論議の俎上に載せることは、民主党にとっても「ヤブ蛇」なのだ。 自衛隊内で極右 イデオロギー注入 今回の田母神論文問題は、彼を人格的な代表として自衛隊幹部の中に極右「靖国派」集団が根を下ろしていることを示した。 田母神は、航空自衛隊幹部学校幹事会に私的サークルを組織し、そのサークルが発行する機関誌『鵬友』に彼の侵略戦争肯定史観や改憲論が掲載されてきた。田母神が小松基地指令だった当時から交友を深めてきたアパの元谷外志雄・会長が会長を務める「小松基地金沢友の会」は田母神自身の要請で結成されたものであり、同「友の会」の諸橋茂一事務局長も「つくる会」教科書の採択を求める右翼市民団体の主催者であった。 田母神は、二〇〇三年、統合幕僚学校長だった時に「幹部カリキュラム」として「国家観・歴史観」コースの設置を主導し、その外部講師として「新しい歴史教科書をつくる会」の福地惇・大正大教授を招いている。「国家観・歴史観」コースの受講者は四百人に及んでいる。 このカリキュラムの講師の名前や内容は、防衛省提出資料では墨塗りになっている。それが天皇主義的な侵略戦争肯定イデオロギーに貫かれたものであり、憲法を全面的に否定しようとするものであることは明白だが、麻生は十一月十三日の答弁で「国家観・歴史観という科目があるのはおかしい、という話に私は賛成できない」と述べ、自衛隊内における「反憲法」的教育を擁護する立場に立っている。 今回のアパ懸賞論文の航空自衛隊員の大量応募は、田母神本人が航空幕僚監部の教育課長に紹介し、全国の部隊にファックスで送ったことによるが、同時に航空幕僚監部人事教育部長名でも応募要綱が全国の部隊に送られていた(11月15日、「朝日」)。まさに空自ぐるみの組織的行為だったことはここからも明白である。 元陸上幕僚監部人事部長、北部方面総監の志方俊之・帝京大教授は「歴史観はきわめて重要だ。日本は過去にひどいことをやった罪深い国だ――では、若い隊員たちが誇りを持って命を捨てられるだろうか。戦闘機もミサイルも必要だが、隊員の士気を高めることが一番だ。国を愛し誇りに思う気持ちは、いわゆる『自虐史観』では育てられない。おそらく、(田母神)論文はそれを言いたかったのだろう」(「朝日」11月13日「私の視点・ワイド」)と語り、自衛隊員の中で長年にわたって蓄積された「鬱積しているもの」を「払うようにしてほしい」と田母神に理解を示している。これは自衛隊のトップのレベルにおいて侵略戦争肯定史観グループに武装された意識的な政治グループが形成され、そこから系統的な教育が注入されている実態を垣間みせている。 自民党の国防部会の中でも、田母神論文を擁護する気分がみなぎっている。そしてネット上の言論では、田母神を「英雄」視する主張が圧倒的である。われわれはこれを軽視することはできない。何より田母神の主張は一部の極右の世界に限定されているのではなく、今や政財界などの支配階級の主流を構成しているからだ。もちろん安倍・麻生に典型的に示される侵略戦争・植民地支配肯定の極右政治家の思想は、今日の国際関係の中でそのまま直接に日本国家の外交政策として実現されることは困難である。しかしそうだからこそ、逆にその「鬱積」した不満が爆発的な表現を取る危険性を過小評価してはならないのである。 極右勢力との 攻防に勝利を 日本の一九三〇年代のファシズム運動は、桜会を組織した橋本欣五郎ら青年将校グループのクーデター計画を源流とするものであった。不満を抱く青年将校たちの軍部ファシズム運動が勝利することはなかったが、この運動は軍部全体の政治的力を増大させ、侵略戦争体制構築へと向かわせた。われわれは今日の情勢と一九三〇年代のファシズムを単純にダブらせるべきではない。それは日本帝国主義の支配階級にとってあらかじめ実現性のない自滅の道である。 しかし、現在の金融恐慌と貧困の拡大に示される政治・社会・経済危機の累積の中で、田母神論文に示される排外主義的ナショナリズムが、民主主義・人権の破壊と憲法改悪、戦争国家体制への力学に転化していくことに、われわれは警戒を払うべきである。 それは単なる危機アジリではない。新自由主義的グローバリゼーションの破綻が明白になった危機の局面で、端緒的にではあれ始まっている抵抗の運動を、グローバルな平和と社会的公正、そして民主主義を体現するオルタナティブな潮流へと発展させていくためには、極右勢力とのせめぎ合いに打ち勝つことが、絶対に避けて通ることのできない課題なのである。恒久派兵法に反対し集団的自衛権の容認を阻止する闘い、そして憲法改悪を阻止する運動のいっそうの広がりを追求しよう。 (純)
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