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【日経BP】 KY空幕長の国益空爆:不用意な情報発信は危機管理意識の死角から
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投稿者 passenger 日時 2008 年 11 月 06 日 13:48:46: eZ/Nw96TErl1Y
 


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伊東 乾の「常識の源流探訪」
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KY空幕長の国益空爆
不用意な情報発信は危機管理意識の死角から

2008年11月5日 水曜日 伊東 乾

軍紀  愛国  軍人宣誓  指揮系統  危機管理  航空自衛隊  ノーベル平和賞  アポリティカル  マイク・ホンダ  空幕長  米下院従軍慰安婦謝罪決議  田母神俊雄  バラク・オバマ  アメリカ大統領  情報発信  インテリジェンス  スウェーデン  4軍統合司令官  文民統制  ワシントン・ポスト 
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 この記事がオンエアされる日本の11月5日は、米国は大統領選挙の真っ最中に当たります。そこで今回は大統領選挙と金融不安対策を、一連のノーベル賞の話題とも関連づけてお話しよう…などと思っていたところ、トンでもない話が降ってきました。

 航空自衛隊の田母神俊雄・前空幕長の「論文」と「更迭」の問題です。ちょっと調べてみて、これは触れないわけには行かないと思いました。先に結論を言えば、不用意かつ「あなた任せ」の情報発信は危機管理意識の欠如としか言いようがなく、KY=「空気読めない」自衛隊最高幹部が日本の国益を空爆しているのと変わらない。ノーインテリジェンスです。いかにそれが無思慮かつ丸腰か、ポイントを具体的に指摘してみましょう。


●「定年退職」で済む問題か?

 田母神氏の処遇をめぐって防衛省は大揺れしたとのことですが、3日の夕刻、結局「定年退職」という形に落ち着きました。懲戒もなく、役場にとって最も「傷の浅い」収拾策が取られたとのことで、数千万円に及ぶ退職金も支払われるようです。

 明けて4日、防衛省は増田次官以下に減給などの処分を下すほか、浜田防衛相も閣僚給与の一割を自主返納、麻生総理も「再発防止」を厳重に指示しましたが、当の田母神氏は3日夜に読み上げた「退職にあたっての所感」の様子を見る限り、問題の本質的ポイントを一切理解していないように見えます。田母神氏の主張は「自分は信念を持って正しいことを言ったのだ」という一点に尽きていますが、軍の指揮系統下にあって下僚が勝手に信念で上官の方針に背いているという実態や、それが引き起こす想定外のリスクなどに全く気がついていません。

 防衛省は給油法案など「連休明けの国会審議」あたりを気にしての処理と報道は伝えていますが、今回の問題の本質はそんなところにはありません。

 見出しでは「KY」などと軽い表現をとりましたが、この問題はサンフランシスコ講和条約以来の日米関係に影響を及ぼしかねない「国難」だったことを、どれほどの関係者が理解しているのか、疑われます。厳重な再発防止のためにも、今回の件、そしてそれが今現在も持っているリスクまで含め、細かに検討する必要があると思います。


●事実経過から

 そもそも、11月3日、最後まで無届で行われた「退職記者会見」で「これほどの大騒ぎになるとは予測してなかった」と語っているところで、すべて致命的なのですが、まずは順番を追って考えてゆきましょう。

 不動産関連企業アパグループは10月31日今年5月10日から「『真の近現代史観』懸賞論文」の募集を行い、渡部昇一氏を審査委員長として230通超の応募作を審査の結果、田母神俊雄氏(60 航空幕僚長)の「日本は侵略国家であったのか」を「最優秀藤誠志賞」に選出、懸賞金300万円と副賞として全国アパホテル巡りご招待券を授与すると発表しました。

 田母神氏の「論文」は「我が国が侵略国家だったというのはぬれぎぬだ」として、旧満州・朝鮮半島の植民地化や第2次大戦での日本の役割を正当化し、集団的自衛権の行使を禁じる現行憲法に疑問を呈する、現在の政府見解を否定する内容でした。

 防衛省詰めの報道各社に報道発表文が配布されたことから事実が明るみに出、政府は事態を重く見て直ちに対策を協議、浜田靖一防衛相は31日夜、田母神氏の更迭を決め、深夜の持ち回り閣議で航空幕僚監部付とする人事が承認されました。


●戦後50年目に確立された「村山談話」

 現在の日本国政府の、この問題に関する正式見解は、第2次世界大戦終結から50年目にあたる1995年8月15日、当時の村山富市首相名で発表されたいわゆる「村山談話」が採用されており、麻生太郎首相も就任早々これを踏襲する旨を明らかにしています。念のため村山談話の当該部分を引用しておきましょう。

 「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。」

 「敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。」


●弛みきった軍紀こそ最大の問題

 多くの報道が「田母神論文」の内容についてすでに批判していますので、ここではそれを繰り返すのではなく、やや異なる2つの指摘をしたいと思います。連載をご覧の読者はご存じのように私はかなり徹底したハト派ですが、建設的な批判は相手の立場に立たなければできません。大学で教養学部の1年生などを教えていると、いろいろな考え方の学生がいます。教師である私とは立場の違う意見の学生も多いですが、指導するときには、相手の立場に立って話さないと教育的効果がありません。それと一緒にするようで恐縮ですが、私自身が今回は防衛当局の立場に立ったものとして、以下の議論を進めたいと思います。

 田母神氏の第一の問題は、政府、防衛省の観点から見るとき、危機管理体制としての情報統制が全くとれていないことです。これをまず指摘しなければなりません。

 昨年の2月、私はNHKの「地球特派員」という番組の取材でアメリカ、ノースカロライナ州フォートブラッグ基地に体験入隊して、インタビューや訓練参加などしたのですが、そのときの軍人たちの、発言への気の張りようは大変なものでした。

 彼らの最高司令官は大統領である「ジョージ・ブッシュJr.」で、その施策へのあらゆる論評は「軍務規定違反」とされ、職位を失う理由とされてしまうからです。憲法の保障する個人の内心の自由とともに、軍人としての宣誓=契約と義務の履行への強い意識は、大変印象的でした。

 ところが今回の田母神氏のケースでは、空幕長という責任ある立場にある者が率先して防衛省の内規をおろそかにしており、しかもそのけじめ、歯止めが完全に不在、まったく無自覚であることを露呈しています。


 内規で、隊員が職務に関する意見をメディアなどで発表する際、必ず文書で上司に届けなければなりません。空幕長は官房長に連絡する必要がありましたが、田母神氏は「論文」を「職務に関係ない、個人的な研究内容」と強弁し、正式な文書報告を怠り、背広組には口頭連絡だけでお茶を濁して、かつての「来栖発言」以来の問題を起こしてしまいました。

 こういう状況を「軍紀の乱れ」と言います。命令系統を将官が率先して混乱させるという意味では戦前の関東軍が暴走するのと本質的に変わりがない、という事実を、もっとシリアスに認識すべきです。

 ところが、「定年退職」の処遇が決定した11月3日夜、田母神氏は平服での記者会見を、やはり防衛省内局などへの報告を怠ったまま省外で行いました。すでに自衛官ではない、というつもりなのかもしれませんが、立つ鳥後を濁さずの言葉もあるとおり、もし一軍の将として最後の記者会見をしたのであれば、内局への報告は不可欠だったと思います。その辺りの公私の「使い分け」をしてしまうところが、田母神氏最大の問題の一つでもあります。


●指揮系統の混乱を宣伝するべきか?

 田母神氏はすでに今年4月、空自のイラク活動を違憲とした名古屋高裁判決に関して、あろうことか、お笑い芸人のギャグを引用して「そんなの関係ねえ」と失言、慌てて「表現が不適切であり、判決自体には異論を述べる趣旨ではなかった」と釈明しています。これでは転んで受身を覚えない将官ということになります。

 調べてみると、ご本人はむしろ良心的なつもりで「将官の説明責任」を大切に考えているらしいことも読みました。それが自衛隊体内のガス抜きになっているとも聞きますが、これらすべて根本的なところで間違っているという自覚がありません。

 米国のピリピリした空気と比較すれば、まさに不用意な情報発信がいかにリスキーか、という危機管理意識の欠如を指摘せねばなりません。

 「定年退職記者会見」で田母神氏は「解任は断腸の思い」としながら「自分は誤っているとは思わない。政府見解は検証されるべきだ」と述べています。現役で空自を指揮する立場にあった者が、上官の命に反してこのような内容を語ること自体が、そもそも大間違いであることが分かっていません。「説明責任」という言葉の意味を、正確に学びなおす必要があります。

 最後に至ってもこんな記者会見をしているのでは「日本国自衛隊は、指揮系統が完全に崩壊している」と、自軍の命令ラインが成立していないことを将官自ら触れ回っているようなものです。それが分からないのでしょうか? もし米国でこれが起きたなら、即座に懲戒以上の措置がとられるはずです。法に明確に定められているとおり、自衛隊の最高司令官は内閣総理大臣で、内閣総理大臣の方針と異なる意見は軍内部で議論すべきものであって、現役の指揮官がマスコミを呼んで演説することはあり得ません。軍紀の基本が完全に成立していないのです。

 旧海軍では「軍人は政治を論ぜず」として「沈黙の艦隊」サイレント・ネイビーということが言われたそうです。私は本来、この「サイレント・ネイビー」の軍人精神に大変疑問があり『さよなら、サイレント・ネイビー』という本も書きました。

 ところが今回は当の軍人のトップが率先して、混乱した情報を発信するのは、ただただ国益棄損に直結していることに、むしろ軍人が敏感であるべきではないかと、思わず心配になってしまいました。「文民統制」に不満があるのかもしませんが、これでは国内でも、世界にも、一切通じません。

本人も周囲も全く自覚していない、こうした軍紀の弛みが、自衛隊としては一番の問題で、省内からも苦情続出という意味を、ご本人が正確に理解しなければいけません。「記者会見」を報道したメディアが全く気づいていない様子なので、第一に指摘したく思います。


●「オバマ大統領」は史上初の「真の米文民統制」

 改めて強調しますが、現在誰もが認める世界最強の武力、アメリカ国防軍の場合、陸海空+海兵隊、米国4軍の統合司令官は米国合衆国大統領であります。大統領は「文民のトップ」ではなく「文武両官」の最高司令官です。バラク・オバマ候補がアメリカ合衆国大統領に選出されれば、史上初めて非白人系の米国陸海空軍総司令官が誕生することになります。また日本への原爆投下の最終決定を下したのは大統領のハリー・トルーマン総司令官です。現在投票が進んでいる米国大統領選が、国防軍のトップを(選挙人を経由した)民衆の投票で選ぶシステムであることを確認しておきましょう。

 私はノースカロライナのフォートブラッグ基地では多くの兵士と友達になりましたが、彼らは徹底して「アポリティカル」非政治的な発言に終始しました。なぜなら「軍人宣誓」をしているからです。米国では現在でも、聖書に手を置いて軍人としての宣誓を行います。

 兵士として給料を貰っている間は、政治的な発言は一切できません。絶対にしてはいけないのです。もし破れば、命令系統が混乱した弱っちい軍隊だと喧伝することになるからです。また退官後も守秘義務があり、それを守る代償として終身年金が与えられます。しかし退官後は個人の政治的発言が許されるようになります。そうなって初めてコリン・パウエル元統合参謀本部議長が「共和党政権の国務長官」にもなれば「民主党政権の外務担当」にもなり得るのです。


 田母神氏は「政府見解に一言も言えないのでは北朝鮮と同じだ」と述べたようですが、それは「米国陸海空軍とも同じだ」と、正確に訂正されなければなりません。国会への参考人招致にも応じるとのことですので、「持論」以前にまず己の職務を規定する法規から、きちんと点検しなおさないと、航空自衛隊全体の見識を疑われることを指摘したく思います。間違いなく、良心的な武官がたくさん、頭を抱えているはずです。

 ちなみにワシントン以来ジョージ・ブッシュJr.までの歴代の大統領は例外なく軍歴があります。しかしバラク・オバマ氏には軍歴がありません。日本ではあまり強調されていませんが、彼が当選すれば、単に「アフロ・アメリカンの大統領」というのみならず、米国史上初めて、本当の意味での「文民統制」つまり制服を経験していない三軍総司令官が誕生するわけです。これは米国にとってリンカーン以来、いやワシントン以来の革命的な出来事なのですが、そういうアメリカの選挙に合わせて「田母神空爆論文」問題が噴出してきたわけです。


●「論文」以前の「打ちっぱなしメモ」

 指摘したい第二の「内容以前の問題」は、「論文」などと呼ばれている、このワープロ打ち9枚の文書の「脇の甘さ」です。

 一国の軍務のトップに立つ者が、仮に「個人的」といっても「研究」の「論文」のといって、こんな丸腰の文章に自分の名と役職を付して出している無防備さを指摘しなければなりません。

 田母神さんは防大で電気工学を専攻したそうですが、防大の電気電子の教官は、例えば実験レポートで無検証の印象を羅列したものに「可」以上の成績を出したのでしょうか? さらに、資料によれば田母神氏は「統合幕僚学校校長」も務めたといいます。そんな人物が

 「竹島も韓国の実行(ママ)支配が続いている」

 などと、誤変換そのまま、(言うまでもないですが「実効」支配)、ワープロ打ちっぱなしで、副官の査読などチェック機能の働いていない文書を出すのが、そもそも用心が足りません。

 「定年退職記者会見」では、問題以前のやり取りが見られました。報道陣でしょうか、「論文は本や雑誌の引用がほとんどで独自の研究とは言いがたい」と指摘するのがそもそも大間違いで、不用意な引用とは無関係に、文書の末尾にはいきなり、それまでの議論と無関係に「イイタイコト」が天下りで出てきます。論証の手続きが踏まれていませんが「独自の見解」ではあります。しかし「研究」ではありません。ただ「イイタイコト」を言っているだけで、そのまわりに直接は無関係なエピソードが並んでおり、論理的な整合性は認められません。

 もし私の学生が「レポート」としてこういうものを出してきたら「これは大学以上のレベルでレポートとは言わない。<メモ>である。再提出」と差し戻すことにしています。

 この「メモ」には、整理された引用出典や参考文献、論拠の一覧などがなく、章立ても整理もない、誤変換を含む文章がだらだらと続いているだけで、「論文」などと呼ぶことが、そもそも誤解を生みますから、以下では二重に括弧をつけて「<論文>」と書くことにしましょう。

 しかも困ったことに、田母神氏本人が「書かれたものを読んで意見をまとめた。現職なので歴史そのものを深く分析する時間はとれない」などと、やっつけのメモに自分の名と職位を記して不用意に公開したことまで明かしてしまっています。これは自覚したほうがよい誤りです。

 具体的に中身を見てみましょう。


●田母神「<論文>」を検討する

 以下は「引用」ではなく、論理的な整合性なく末尾に突然出てきた「イイタイコト」の一部です。

 「文明の利器である自動車や洗濯機やパソコンなどは放っておけばいつかは誰かが造る。しかし人類の歴史の中で支配、被支配の関係は戦争によってのみ解決されてきた。強者が自ら譲歩することなどあり得ない。戦わない者は支配されることに甘んじなければならない。」(「日本は侵略国家であったのか」田母神俊雄 p.7)

 これでは、したたかなロジックの展開としては通用しません。もし誰かの「引用」として出典を明記すれば、まだなんとかなりますが、ここでは根拠なしに単に断言してしまっているので、もし交渉ごとなどで、その点を突かれれば、論破されて負けです。脇が甘いのです。きちんと添削的に指摘するならば

◎「戦争によって<のみ>」とあるが、本当に<のみ>であるか? 

←<のみ>という表現は、一つでも反例を出されたら論拠が崩れてしまう。もっときちんとした推敲を勧める。

◎「強者が自ら譲歩することなどあり得ない」云々

←同様に「あり得ない」と言い切れば「ある」と反例を出された時点で負けてしまう。

 例えばスウェーデン政府は「ノーベル平和賞」の胴元となることで、激動の20世紀100年間、武装中立国家として、ヒトラーのナチスドイツ(ノルウェーまで進駐)、スターリンのソ連(フィンランドまで進駐)双方の武力侵攻を政治的に防ぐ巧妙な外交戦略を成功させている。一つの反例で容易に崩れる断言口調では粘り強い交渉には耐えない。より強靭な論の建て直しを勧める。

 などと指摘しなければなりません。

 もうひとつ、読者のために、根拠なしに記された「イイタイコト」を引いておきましょう。 この答案にはすぐに論破されてしまう弱点がいくつかあります、それはどこでしょうか? またこれを強くするには、どのようにすればいいでしょうか?

 「人種平等の世界が到来し国家間の問題も話し合いによって解決されるようになった。それは日露戦争、そして大東亜戦争を戦った日本の力によるものである。」(「日本は侵略国家であったのか」田母神俊雄 p.7)

あり得ない「国際発信」
 今回の「懸賞」は主催者企業が最初からシナリオとスケジュールを書いたものだと思われます。

 発表時点ですでに「英訳」が作られており、賞のホームページから「日本語版」と「英語版」がダウンロードできるようになっていました。日本国には憲法の保障する表現の自由があります。その上で、この「英語版」はかなり露骨に、国益を損ねる情報発信になっていることを指摘せねばなりません。

 敢えてリンクは貼りませんが、ご興味の方はグーグルで「アパグループ 真の近現代史観」などの鍵語で検索すれば、実物をごらん頂けます。

 これを見て第一に想起せざるを得なかったのは、昨年6月14日に従軍慰安婦問題に関する「意見広告」がワシントンポストに載り、それが引き金となって、日系のマイク・ホンダ下院議員(民主)が提出した「従軍慰安婦問題について日本政府が歴史的責任を認め、公式に謝罪するよう求める決議案」が可決されてしまった経緯でした。


●「ワシントンポスト」での自爆広告

 日米交渉を決定的に不利にした、このトンでもない決議の引き金を引いたのは、屋山太郎、櫻井よしこ各氏らと国会議員44名の連名で出した「真実」と題する従軍慰安婦(性奴隷)強制否定の「全面広告」でした。ワシントンポストの一面をまるまるつかって

1.日本軍は業者に強制して慰安婦にしてはいけないと警告していた

2.警告に反し処罰された業者もいた

3.オランダ領インドネシアでは誘拐事件が発覚し慰安所が閉鎖

4.米議会証言は、元慰安婦の証言に基づくというが、裏づけがない

5.売春は当時合法だった。

 といった内容を主張するものでした。

 いま米国の、もっとも常識的な市民層が読める形でこういう言葉が並ぶと、いったいどういう反応を引き起こすか、何が起きるのか、一切の空気を読まない「情報発信」ならぬ「ストレス発散」で、この記事は明確に日本の国益を害する結果、米国議会による「反日決議」を呼び込んでしまいました。

 この意見広告は、同紙に直前の4月26日に載った韓国系団体が出した意見広告への「反論」だったそうですが、マイク・ホンダ下院議員はもとより、親日派の最長老で、唯一の日系上院議員、穏健派のダニエル・イノウエ氏(民主)らすら、強烈な不快感を表明し、米議会での日本政府への謝罪決議案可決を導きました。このため多くの外交官が進める多数の交渉に圧倒的な不利が生じ、著しく国益が毀損されたと聞いています。


●もしこれがドイツだったら

 この「国益自爆広告」には多数の国会議員も署名していましたが、主にリードしたのは評論家など民間サイドと考えられています。しかし、今回の田母神「<論文>」は、民間企業が準備したレールの上とはいえ、現役の航空自衛隊幕僚長たる重責の人物が、名と職位を添えて、日本語ならびに英語で、政府見解と真っ向から対立する内容を国際発信するという、過日の中山前国交相の自爆なみに、通常では考えにくいことが起きてしまっている。

 その影響の甚大さが事前に読めなかったとすれば、申し訳ないですが、まさに「空気読めない」KYとしか言い様がありません。現役武官が、しかも今のような国際情勢のタイミングでこんなことをすれば、国益を直撃することが、なぜ判らないのか。ただただ理解に苦しみます。

 この「<論文>」は要するに、現役のドイツ空軍総司令官が「第2次世界大戦中、ナチスドイツはポーランドで酷いことをしたかもしれないが、よいこともしていたのだ。アウシュヴィッツもあったかもしれないが、経済が活性化した側面もある」と発言するのと同様の、国際政治上の意味を持ち得てしまうものです。もしこんな空軍総司令官がいたなら、ドイツはいったいどんなことになるか(そんなことはあり得ませんが)。

 しかしこれは、日本国で紛れもなくいま発生しかかったリスクです。防衛関係者は将官を含め、内部の研修その他をこの際徹底的に行うことを、強く勧めたいと思います。これは値引きなしに「国難」です。田母神氏の場合、自覚なしに確信を持っているのが明らかなので、まだ省内に残っている可能性のある、基本ルールの誤解や無理解を是正するのには、かなりの時間と粘り強い教育努力が必要かと思われます。

 今回の田母神空幕長の「<論文>」は、ワシントンポストの意見広告中に、長年外交の最前線に居られた岡崎久彦元タイ大使の名があったのと、やや似たものを感じます。岡崎さんは内容をよく確認せず名を連ねた可能性が高いように思いますが、田母神氏は国際情勢を考えずに、自分個人の信念である「持論」を、時宜と職位の責任感と無関係に発信して「これほどの大騒ぎになるとは予測してなかった」「解任は断腸の思い」と述べているのは、要するに考えてなかった、危機管理の意識が完全に欠落していたことを、自ら素直に吐露しているのだと思います。


 個人として田母神さんという人は、きっといい人なのだと思います。人情家で信望も厚いのでしょう。しかし、現役の航空幕僚長に求められるのは、確かな見識に基づく、脇の締まった危機管理能力で、自分の思いに振り回されて、本心を触れ回るなどということは、将たるもののするべきことではありません。田母神氏は訳がわからないまま「定年退職」となってしまいましたが、問題の根をうやむやにすることなく、後任の幕僚、幕僚長諸官には、その自覚を明確に持ってもらわなければ、麻生首相のいう「再発防止」は絶対に繋がりません。


●「あなた任せ」の情報発信スケジュール

 さらに現状では、今回の「<論文>」は、主催者のホームページによれば「受賞作品13件をまとめて(中略)表彰式と併せて出版」することになり「受賞作品はすべて英訳され、広く世界に向けて発信してゆく予定」と記されています。

 この「表彰式および記者会見」は「平成20年12月8日」に行う予定とのこと。田母神氏が言うように「こんな騒ぎ」にはならず、もし断腸の思いである解任もなかったら、つまり今回万が一チェック機能が働かず、この話がスルーしてしまっていたら、一企業が考えたレールに沿って「真珠湾攻撃」の記念日に現役の航空幕僚長が、文民統制をうたう日本国自衛隊の最高司令官、内閣総理大臣と全く異なる意見を公式に表明して、それで賞を受け、300万円と宿泊券という金品も受け取り…考えるだに、あり得ないことが起きていたはずです。

 もし12月8日、真珠湾攻撃の日に、真珠湾攻撃の参謀で後に特殊奇襲攻撃の発案にも加わった、源田實・帝国海軍大佐=第三代航空幕僚長の後任官である田母神氏が、現役の空幕長として「日本は太平洋戦争に引き込まれた被害者だ」と「論文発表」して「賞」を受ける、といった情報を米国当局が手にしたら、どれだけ効力をもつ「カード」として日本を不利に陥れていたでしょうか?

 事は「連休後の国会審議」やら「給油法案」などのレベルではなく、冗談ではなしにサンフランシスコ講和条約以来の日米関係にも影響しかねない、最悪の事態になっていた所でした。

 これは決して過ぎ去ったことではなく、実際に12月8日に空自を去った田母神氏が同様の行動を取ることで、米国を含む諸外国(!)から日本に圧力が加えられる可能性は、いまだ残っています。

 内閣、防衛省には、退任後の田母神氏の行動と明確にケジメを引き、外交に一切の悪影響を与えない対応マニュアルを、早急に準備することを薦めます。

 「ドイツがポーランドに…」という喩えは、全くしゃれになっていません。昨年6月の「ワシントン・ポスト」でマイク・ホンダ決議という地雷を踏んだばかりの日本です。今回の事態は、「定年退職」などでお茶を濁すべきものではなく、自衛官の意識まで踏み込んで、よくよく再検討を必要とする重篤なものです。

 田母神氏のような行動がどうしてありえないものなのか、それを直感的に理解していないとすれば、それは危機管理意識に死角があること、つまり「弱点」以外の何ものでもありません。ここを諸外国から突っ込まれたら、そこから大きく国益を損なうことは、マイク・ホンダの下院決議などと全く同じ構造ですが、今回のケースは武官の現役トップに関することですから、問題は比較にならないほど重大です。

 これは、左翼とか右翼とか、そんなレベルで意見が対立する問題ではありません。不注意によって、まさに国難となり得る状況が生まれかかっていたことを本気で心配します。

 仮に内容の問題にすべて目をつぶっても、これだけ政治的な意味を持ってしまう日程を、一般企業がお膳立てしてしまい、それに「あなた任せ」で乗ってしまった幕僚長の責にある空将が無自覚に国際問題を起こしかけていた、その事実に、心胆寒からしめられる思いがします。

 もし読者が、真剣に自衛隊を大事に考える人であるなら、国際社会から見て「日本のディフェンス・フォースは命令系統も情報統制もめちゃくちゃです」と、あろうことかアメリカが未だにアレルギーを持つ真珠湾攻撃の日に現役の空将が英語で発信することが何を意味するか、考えてほしいと思います。この日程を考えた人は、日米関係をどうするつもりだったのでしょうか?


●なぜインテリジェンス皆無に?

 再び強調しますが右翼とか左翼とか、そういうレベルの話ではありません。事件が起きてから、あまり詳しくないので自衛隊関連の資料に目を通したのですが、軍事マニアのような筆者が書いたものに、理系の私が言うのも何ですが、現行法の基本も理解せず、さらに大陸間弾道ミサイルが光ファイバーのヒモがくっ付いたまま飛行するような誤りを記しているものも見つけて、ただただびっくりしています。

 今回の件は軍紀からも外交バランスからも、情報統制としても危機管理としても、ありとあらゆる観点で救いようがありません。インテリジェンスが皆無です。

 正直に申して、田母神さんという人も一軍のトップまで行った人ですから、たぶん人間的にも魅力のある、ちゃんとした方だと思います。意図してここまで無策、丸腰な「KY」を実行しようと思ったのではないでしょう。願わくば、ご自分が気づかずにしかかっていたことを、まずよく冷静に分析するところから、考え直してもらいたいものだと思います。真の「猛将」であれば、まず足元からきちんと点検するはずでしょう。

 これは明らかに、思慮不足による失敗です。実際、任を解かれて「断腸の思い」もしているでしょう。死角がありました。想定の範囲外の部分があった、と自戒しなければ、自身にも、また防衛関係者にも、建設的な教訓は生かされません。

 このコラムには幾度か記したので、連載読者には繰り返しになりますが、私の父は大日本帝国陸軍二等卒としてシベリアに4年抑留されましたし、祖父はベトナム・カムラン湾沖で米国の魚雷によって昭和19年5月14日に撃沈されて命を失っています。母は疎開先の九州・大牟田で米空軍焼夷弾の直撃を受けて、いったん右足と左手が取れました。石原莞爾は戦後、身に寸鉄ひとつ帯びずに米ソの衝突回避を調停する論を立てています。意味合いは違いますが、一定の範囲で徹底したハト派たるべく、私も長年自分なりに思うところがあります。防衛に責任を持つ人には、品格ある見識と、したたかな戦略をもってほしいと思います。

 今回は正直、本当に心配になってしまいました。「これで大丈夫か?」ではありません。これでは、だめ、です。責任ある人にはしっかりしてもらう必要があります。


●「愛国」とは何か?

 田母神「<論文>」の結論のような最終部分には

 「日本というのは古い歴史と優れた伝統を持つ素晴らしい国なのだ」

 と、スローガンとして「イイタイコト」が書かれています。

 田母神さんが何を念頭に、こう書かれたのかわかりませんが、私も自分の専門領域では、主に海外で日本の歴史や伝統の美点を強調する話をします。

 ところが、右派系と言われる人と同席して「大切な日本の伝統」などと発言され、「具体的に何が?」と訊ねると、あまりまともな答えが返ってきません。以下は実際にあったやり取りで、ある席でやたらと伝統を強調する人が居られたので、ちょっと考えまして

 「あの…ではちょっとお伺いしたいんですが…例えば宮内庁楽部で舞われる舞楽がありますね。あれ、右方の舞と左方の舞の違いはご存じですよね?」

とか

 「じゃあ別の例で…『能舞台』という舞台空間は、世界の演劇史の中で極めてオリジナルなものとして、たいへんに高く評価されているわけですが、理由を外人向けに説明するとき、どこから強調するといいでしょうね?」

 などと(意地が悪いかもしれませんが)具体的に突っ込むと、言葉に詰まって答えられないことが多い。この手の質問をして、まともな返事が返ってきたためしがありません。

 「じゃ音楽とかでなくてもいいです。具体的に一つでもいい、きちんと例を挙げて、国際社会のみんなが納得する、日本の美点を説明してほしいんですが…」

 なんて言うころには

 「…もう勘弁してくださいよ、もっと素朴な日本人のこころを言いたいだけなんです…」

 などとお茶を濁されてしまう。主として外国向けに日本の伝統や文化をアピールしている私は、このあたりがお寒いのが正直とても不満です。


●私なりの「愛国」

 海外では私自身が、生半可な右派どころではない、日本文化の独自性と美点を徹底的、具体的に説明して、相手に完全に納得させるようにしています。

 この際、必ず最初に相手の文化を、表層ではなくその本質から、高いものとして評価、賛美することから話を始めます。自国の文化だけ称揚などという近視眼は、ただ笑われるだけです。

 アフリカの地方の学校に行ったときは、その国の伝統的なドラムや朗誦の文化が、現代の先進国にありがちな、詰まらん商用音楽なぞより、どれだけ素晴らしく誇るべきものか、自覚を持とう! という、見ようによっては極めてナショナリスティックな音楽、芸術の授業と組みにして、物理や数学など国境を越えた科学の授業をします。一元的なグローバリズムに抗う最大の力は地方の力。全国チェーンのファミレスより私は地野菜イタリアンを愛しています。


 国際的な視野で見て、必ず相手も納得する、日本の誇るべき歴史や伝統を具体的に語ることが極めて重要です。この点、右派の論客として知られる東大名誉教授の芳賀徹氏などは、政治的言説は感心しませんが、こうした部分はきちんと押さえていると思います。

 何をもって「国を愛する」というかは大変難しい問題ですが、国際的な文脈での発言は微妙な緊張関係の中で、情報発信のあらゆるタイミングに神経を行き届かせて行うというのは、内容の如何以前に、基本中の基本と思います。一企業の作ったスケジュールに乗って、空幕長が不用意な情報公開など、あってはならないことです。

 私自身が関わっているのは、芸術や学術という限られた場ですが「外交」の基本には全く違いはないと思っています。

 今後の田母神さんの行動を、人物への期待も含めて注目したく思います。

(つづく)

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伊東 乾の「常識の源流探訪」
私たちが常識として受け入れていること。その常識はなぜ生まれたのか、生まれる必然があったのかを、ほとんどの人は考えたことがないに違いない。しかし、そのルーツには意外な真実が隠れていることが多い。著名な音楽家として、また東京大学の助教授として世界中に知己の多い伊東乾氏が、その人脈によって得られた価値ある情報を基に、常識の源流を解き明かす。

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