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オバマと今後の米国
2008年11月5日 田中 宇
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11月4日の米大統領選挙は、民主党オバマ候補の勝ちとなった。米国史上初の黒人大統領、またケネディ以来約50年ぶりに北部の都会のリベラル派が大統領になったことで、来年1月20日から始まるオバマ政権は、現ブッシュ政権が掲げた「敵対してくる国は先制攻撃する」といった単独覇権主義を捨て、リベラルな国際協調主義に戻ると、世界から期待されている。(関連記事)
しかし、すでにその期待を裏切る兆候が見えている。オバマ新大統領は、現政権のロバート・ゲイツ国防長官を留任させる公算が高いと指摘されているが、そのゲイツは10月28日、カーネギー国際平和基金での講演で、中国、ロシア、イラン、北朝鮮などの脅威に対抗するため、米軍の核兵器を近代化せねばならず、1992年以来停止していた核実験の再開が必要だと述べた。(関連記事)
またゲイツは、米軍が対処せねばならない敵対勢力として、大量破壊兵器の使用や開発を目論むテロ組織を支援する国々や非政府組織、個人が含まれるとも述べた。これはブッシュ政権が911事件後に掲げた単独覇権主義と同じものだ。ブッシュ以前の米国は、冷戦期に、米国とその同盟国を武力攻撃しようとする国に対して反撃を加える戦略を採っていた。だが、ブッシュ政権は、単に米国を攻撃しようとする国家だけでなく、大量破壊兵器の開発を構想(夢想)するだけの組織とその支援者に対しても、その組織が「テロリスト」であると米国が認定すれば、先制攻撃を加えるという、好戦性の大幅な拡大を行った。
そしてゲイツは、現政権が終わり、次政権で留任するかもしれないというタイミングで、ブッシュ政権の拡大された好戦戦略が今後も維持されることを表明した。ゲイツが表明したのと似た軍事戦略を、大統領安全保障顧問のスティーブン・ハドレイも以前に語っていたと報じられている。(関連記事)
まだゲイツが留任すると決まったわけではなく、本人は辞めたがっているとの説もあるが、戦争の継続性を考えて、次政権の最初の1年程度、ゲイツが留任する可能性も指摘されている。ゲイツが留任するのなら、オバマ政権は、ブッシュ政権の単独覇権主義に近い戦略を受け継ぐ可能性が高い。ブッシュ政権では「核兵器による先制攻撃」がよく言及されたが、ゲイツの「核兵器の開発再開」の主張と合わせると、米国は今後も「核の先制攻撃」を選択肢として持ち続けることが予測される。米国の物騒な態度は、政権が代わっても続きそうな感じである。(関連記事その1、その2)
ドイツのフィッシャー元外相はすでに今年2月「欧州は、米国が次の政権になったら、ブッシュの失敗した戦略から脱却すると期待しているが、誰が次期大統領になろうと、米国が以前のような国際協調路線に戻る可能性は低い。米国は、欧州の対米従属的な態度を嫌い、欧州は米に頼らず国際社会に対する責務をもっと果たせと言い続けるだろう」と述べている。国際協調主義は欧州(や日本など)を甘やかすだけなので、米は単独覇権主義をとり続ける、という分析である。(関連記事その1、その2)
▼日独を核の傘から出す?
先日のゲイツ国防長官の演説では、日本をめぐっても物騒な感じがあった。ゲイツは、米国の「核の傘」にいる20カ国以上の国々に、米国の核兵器は古いので独自の核兵器を開発したいと思わせないようにするためにも、米国が核兵器の近代化を進めねばならないと述べたが、ゲイツが列挙した「核兵器を開発させたくない同盟国」の中には、韓国、台湾、ブラジルなどは入っていたものの、日本とドイツは入っていなかった。(関連記事)
ゲイツは日独の名前を挙げなかった理由について何も語っていないが、意図的に日独を外したのだとすれば、その理由はおそらく、日独はもはや大国だし、第二次大戦で敵国だった状態が終わって60年以上も経っているのだから、もう米国の核の傘の下から出て、独自の核兵器を持っても良い、その代わり日独に駐留している米軍は、軍事費節約のために引き揚げる、という将来展望と関係している。(関連記事)
ゲイツ演説と前後して、米共和党系のシンクタンクであるランド研究所が「米経済を不況から立て直すには、どこかの大国と戦争に入るしかない」と主張する提案書を、国防総省に提出したと、中国のマスコミで報じられた。中国側では、中国かロシア、もしくは下手をすると日本が、米国の敵として仕立てられるかもしれないと分析している。日本を米の核の傘から追い出し、日本が核開発を始めたら、脅威だと騒いで戦争を仕掛けるという話かもしれない。(関連記事その1、その2)
この日本をめぐる話は現実性に欠けるとしても、少なくとも米国とロシアは、今後も敵対的な関係が続きそうだ。最近は米国だけでなく、ロシアも核実験の再開を希望している。米露の対立が再燃し、米政府が新兵器の開発に力を入れざるを得なくなり、軍事費が増加傾向を維持するのは、米政界で影響力を持っている軍産複合体が望む戦略だ。オバマも、選挙で勝つためには、米マスコミをも動かしている軍産複合体の要望を聞かざるを得なかったのだろう。(関連記事)
▼ブッシュが仕掛けた大黒柱の時限爆弾
オバマは11月4日の選挙でさわやかに快勝した。多くの米国民が、これでブッシュ政権による無茶苦茶から脱却し、新たな時代が来ると期待している。しかし私が見るところ、ブッシュ政権はすでに、金融財政・軍事・外交といった米国の覇権を支える何本もの大黒柱に「時限爆弾」的な破壊のシステムをセットし終わっている。これらの爆弾は、オバマ政権になってから爆発する。(関連記事)
9月のリーマンブラザーズの破綻など、すでに大黒柱の崩壊は始まっている。ブッシュ政権は残る2カ月の任期で、さらに不可逆的な自滅策を画策するかもしれない。たとえば現政権は、任期末が迫る中、環境保護や消費者保護の法律や規制をどんどん緩和している。規制緩和のやりすぎが経済崩壊につながるのは、昨年来の金融危機で経験したとおりだ。オバマが大統領に就任した後、経済・軍事・外交という各方面で、大黒柱の崩壊が加速し、米国の覇権崩壊が進み「黒人が大統領になったからダメなんだ」と、共和党系が強い米マスコミが声高に批判する展開になるのではないかと私は懸念している。(関連記事)
経済面では、10月以来、米国及び世界の景気は急速に悪化している。金融危機によって世界的な金回りが悪化した影響で、自動車や鉄鋼が世界的に急に売れなくなり、国際船舶運輸の積み荷も激減した。世界経済は、突然死的な不況に突入している。金融危機・不況・相場下落という悪循環が、来年にかけて再燃しそうだ。景気対策に必要な公金は急増しており、財政赤字の急増も止められない。(関連記事その1、その2)
軍事的には、イラクでの反米感情の高まりによって、来年以降の米軍駐留が困難になっている。オバマは、イラクを抜け出してアフガニスタンに注力する構えだが、これは成功しない。アフガン国民の多くは強い反欧米で、NATOは来年のアフガン選挙を延期したいと思っている。選挙をすると、親欧米の候補が惨敗し、タリバン系が勝ってしまうからだ。(関連記事その1、その2)
▼多極化とオバマ
オバマは11月4日の勝利演説で「米国は蘇生する」と宣言したが、現実は逆で、次政権下で米国がさらに弱体化していくことは止めがたい。米国が弱体化していく中で、世界の安定を維持しようとするなら、オバマは中国やロシアなどの新興諸国(BRICやイスラム諸国)と協調関係を強め、国際社会における新興諸国の発言力増大の要望をかなえてやり、覇権多極化を容認する代わりに、世界の安定維持のために新興諸国の協力を得るしかない。
11月15日のG20会議(ブレトンウッズ2)は、覇権多極化による世界安定化の流れの始まりとなりうる。CFR(米外交戦略決定の奥の院的な組織)の幹部は、ウォーリストリート・ジャーナルに「ブレトンウッズ2を成功させるには、中国に対し、IMFなど国際社会での発言権を増大させてやる代わりに、人民元を切り上げさせる必要がある。(米国が1944年のブレトンウッズ会議で英国から覇権を移譲されたように)今回の第2会議では、米国が世界で果たしていた役割(覇権)を中国に委譲できるかどうか、中国にその気(覇権国になる気)があるかどうかが重要だ」と書いている。(関連記事)
またEUは、ブレトンウッズ2会議に向けて「G8を改革して、新興諸国を入れた新組織に改変すべきだ」とする主張をまとめた。世界銀行のゼーリック総裁は、G8を拡大してG20にすると国の数が多すぎるので、G14(G7+BRIC+サウジアラビア、南アフリカ、メキシコ)にするのが良いと言っている。国際社会では、英米が覇権を持つG7の欧米中心体制を壊し、新興諸国の発言力増大を容認する多極化の方向性が、明らかに模索されている。(関連記事その1、その2)
米国が弱体化し、覇権を新興諸国に分散していく中で、オバマが米国の蘇生を求めるなら、新興諸国との関係を良くしておき、いずれ覇権が米国に再び戻ってくるように仕向ける必要がある。だが、米政界で影響力が強い軍産複合体は、中国やロシア、イランなどを敵視して核兵器を開発する方向性を、次政権にとらせようとしている。この動きは、米国の蘇生を難しくする。
ロシアやイランなどは、米国から敵視され、怒りを扇動されて、米国抜きの世界体制を作ろうとしている。これが成功すると、世界は安定するものの、米国の影響力は大きく失われる。米国の民主党政権は、クリントンもカーターもケネディも、軍産複合体に邪魔されたり殺されたりしたが、オバマも例外ではないだろう。
覇権の弱体化傾向が強まっている今の米国が、世界の他の大国に対して望んでいることは、世界を安定させるという、覇権国の任務の一部を肩代わりしてほしいということである。ロシアは、肩代わりする意志を何度も表明している。中国はまだ迷っているが、今後の展開の中で、覇権の引き受ける方向に動く可能性が高くなっている。前出のフィッシャー独元外相は「欧州はまだ米の覇権に依存している」と書いたが、それは今年2月のことだ。最近の1カ月ほどの、仏サルコジ大統領ら独仏伊の高官の言動を見ると、EUは多極化された覇権の一部を担うつもりになっている。
▼不健全なゴマすり日本
そんな中、親米的な経済大国であるにもかかわらず、困窮する米国の覇権の一部肩代わりをしてあげようという気が全くない国がある。わが日本である。日本では、恒久的な対米従属の幻想を国民に持たせたい外務省などのブリーフィングと、それを真に受けるマスコミのせいで、世界の多極化が始まっていることすら、全く報じられていない。
マスコミなどでは「反中国的な態度をとること」が「米国の中国包囲網に協力する」という意味で「親米」だとされている。これは大間違いである。米国は困窮し、世界の指導者としての役割を果たせなくなり、その役割の一部を中国に肩代わりしてもらおうとしている。今の米国にとっては、日本より中国の方が役に立つ存在だ。中国は世界の指導者になることに同意し始めているが、日本はアメリカにしがみつくばかりで、国際社会での指導的な役割を一切果たそうとしない。(関連記事)
北朝鮮をめぐる6カ国協議でも、米中韓の努力をしり目に、日本は「拉致問題」という障害物を作り、協力を拒んでいる。米国の中枢では、北朝鮮への敵視をやめない軍産複合体と、中韓と協力して北朝鮮の問題を解決しようとする国際協調派(最近では多極派)が暗闘を続けてきた。中国や韓国は、米国内の暗闘を理解しつつ、北朝鮮の問題解決に動いてきたが、日本は軍産複合体との結託のみを重視している(韓国では李明博政権が当初、軍産複合体に加担しようとして失敗した)。日本の北朝鮮専門家の多くは、軍産複合体からプロパガンダのネタをもらってバラまいている。(関連記事)
米国の衰退は、軍産複合体の衰退である。今の日本は、米国内の一部の勢力だけに賭け、全体像が見えていない。日本は非常に危険な状態にある。国家や国民の姿勢としても、米国という強者(いじめっ子ジャイアン)の後ろについていけば安泰だという姿勢は不健全である。しかも、その強者が崩壊しかかっているのに気づかずゴマすりばかりやっているとなれば、なおさら不健全で格好悪い。悪い米国と戦うロシアや中国やイランや北朝鮮の方が、悪い米国に追従する日本より格好良いと、世界の多くの人々が思い始める事態が始まっている。最近の日本人の閉塞感の源泉は、戦後の対米従属方針の潜在的な破綻にあると私は見ている。
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