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http://www.news.janjan.jp/world/0809/0809015950/1.php
【NGOが問う】伊藤さんの死を無にすまい(1)「カレーズの会」のレシャードさん
大和修2008/09/01
アフガニスタンで亡くなった伊藤和也さんが「ペシャワール会」に参加する前に一時加わっていた、アフガン支援NGO「カレーズの会」の理事長で在日のアフガン人医師、レシャード・カレッドさんに、伊藤さんのこと、今度の事件の衝撃、試練に直面するNGO活動のことなどをインタビューした。
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アフガン支援NGO「カレーズの会」 レシャード・カレッド医師に聞く(7分32秒)
レシャード・カレッドさん。
アフガニスタンで亡くなった伊藤和也さんは「ペシャワール会」に参加する前の2003年7月から半年近く、静岡市に本部を置くアフガン支援NGO「カレーズの会」に加わっていた。「カレーズ」とは、アフガニスタンをかつて豊かに潤していた地下水路を意味する言葉だ。
「カレーズの会」を率いているのは在日のアフガン人医師のレシャード・カレッドさん(58)だ。アフガンがまだ王国だった1969年に留学生として来日して以来の在日歴はもう39年。その期間は母国に起居した時期よりはるかに長くなっている。
京都大学の医学部を卒業して専門とする呼吸器科の医師を各地でつとめた後、静岡県の島田市に「レシャード医院」を設立して院長として今日に至っている。この間、地域の老人保健など福祉活動にも積極的にかかわるかたわら、祖国アフガンの難民支援などに熱心に取り組み2002年に「カレーズの会」を発足させた。
医療や教育を通じてアフガンの復興支援を進めるのが長年の念願であり、今年4月には官民各方面からの支援をもとに南部の要衝で自分の故郷でもあるカンダハルに、アフガンの人びとにとって死活問題である救急医療体制とくに婦人の安全な出産と新生児の保護をめざす新しい診療所を開設、現地にいる弟のレシャード・シェルシャーさんを中心に活動に拍車をかけているところだ。
私事になるが私はこのレシャード・カレッドさんには新聞記者時代の2003年初めアフガン取材の際にカンダハルで会っている。寒風吹きすさぶカンダハル郊外の避難民キャンプで毎朝のように子どもが命を落としていた。なすすべもなく悲しみに暮れる人びとの間で子どもたちへの看護や手当に走り回っていたのが、当時日本から現地を訪れていた「カレーズの会」の医師や看護師であり、先頭に立っていたのがカレッドさんだった。
そのカレッドさんが8月末の週末に所用で上京した折、静岡に戻る前のあわただしいなかだったが会って話を聞く機会があった。亡くなった伊藤さんのこと、今度の事件の衝撃、試練に直面するNGO活動のこと、治安の問題、日本の役割などについて、私にとっては5年前に緊迫した現地で会ったときを彷彿させるように静かなていねいな口調で語ってくれた。
その冒頭にカレッドさんは、「現地で熱心に献身的に農業支援を行って信頼を得ていたのにこういう事件が起こって大変不幸な結果に終わってしまうことは大きな衝撃でありショックだ」と語り、さらに、
「NGOあるいはボランティア活動の本旨にかかわる程の問題だと思っている。背景に治安あるいは復興が進まないことに対する国民の反発そのものがあり、こういうかたちで現れてしまっているのかなというような気がする。亡くなられた尊い命を無駄にしないためにわれわれがなにをすべきか、どこまで踏み込んでやらなくてはならないのか、見直し、考え直していく必要があると思う」
「彼が、あるいはNGOそのものがアフガニスタンにおいておこなっていることはアフガニスタンの国民、市民にとって重大なことだ。彼はできるだけ自分はアフガニスタンの土になりたい、そうでなければしっかりと地に足の着いた形の活動ができないとずっと言っていた。住民のなかに残した信頼と悲しみは大きいものがある。伊藤さんの死が日本にもたらしたいろんな反応があるだろうが、彼が本来やりたかったこと、道半ばで残されたことはどんなことがあってもここで終わらせてはいけない」と述べるなど、その死を無にすまいとの決意を繰り返し訴えた。
制作は有志の仲間とつくっている「studio LENTO」(撮影は鶴崎燃)、全体の聞き役は当方がつとめたが一部当方の音声が低く聞き取りにくいところはご容赦願いたい。映像と発言を整理しいくつかに分けて近日にお届けしたい。
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