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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2008072002000122.html
週のはじめに考える
『蟹工船』が着く港
2008年7月20日
「貧困」という言葉が二十一世紀のいまになって、頻繁に目につくようになりました。政治は国民の生活を守る責務がある。あらためて思い起こすべきときです。
「あれから八十年近く。いまさらどうしたことか」
小説「蟹(かに)工船」が再びブームと聞いて、作者の小林多喜二は草葉の陰で驚いているでしょう。
不安定な雇用関係、屈辱的な取り扱い、働いても食えない若者らが、昭和初期に発表されたプロレタリア文学の傑作をわが事と受けとっているようです。
厳冬のオホーツク海。カニを捕り缶詰に加工する船での出稼ぎ労働者の過酷な日々。我慢も限界を超えストライキを断行するが…。
「安全網」にも穴が
派遣労働者、パート、アルバイトなど、昨年の非正規雇用者は全雇用者の35・5%と過去最高、生活保護世帯はこの十年で五割増え百万の大台に乗りました。
大きな原因は、「小泉改革」で急速に進んだ規制緩和です。
一九九〇年代のバブル崩壊後、企業は業績回復のために人件費削減に重点を置きます。これに呼応した政府は法律を改定し、結果として低賃金、いつでもクビを切れる派遣労働を可能にしました。
やがて、所得格差拡大という副作用を引き起こし、いま若者を含む「貧困」層の増加となって立ち現れています。
同時に「小さな政府」志向は、雇用、社会保険、公的扶助の三層のセーフティーネット(安全網)に大きな穴をあけました。生活保護を拒否されて餓死などのニュースには言葉を失います。
「自己責任」ではなく、政治・経済の仕組みの犠牲でしょう。
なぜこんなことに。九一年の東西冷戦終結が大きな転機です。
市場原理主義が暴走
それ以前、資本主義の国々は共産主義の台頭を恐れ、労働者保護や社会福祉、男女平等などの分野に力を入れました。
日本では、この“修正資本主義”が八〇年代に「一億総中流」を実現し、経済の安定、社会の安定をもたらしたのです。
ところが冷戦の終結で、資本主義は独り勝ちと勘違いして野放図に。市場の役割を重視する米国流の「市場原理主義」、いわゆるグローバル化の登場です。
経済活動のすべてを資本の論理に任せれば、弱肉強食の世界になるのは必然です。この結果、貧富の格差拡大は地球のあらゆるところへ広がっています。
「そして、彼等は、立ち上がった。−もう一度!」
「蟹工船」の結びには奇妙な明るさが感じられます。
労働者は再び団結して、抑圧者をやっつけて、労働者の天下をつくり上げる…。作者は自らが志向した共産主義を念頭に置いていたに違いありません。
しかし、共産主義国家は独裁政治や経済の非能率でほぼ自滅しました。いまや万国の労働者の理想郷にはなり得ません。
となれば、資本主義の暴走を食い止め、国民生活を破壊し、貧困に陥れないよう抑制の利いたものにする必要があります。先のサミットに期待された課題です。
市場原理主義を象徴するのが投機マネー。実際の需要を超えて出回り原油や食料の高騰を招いて、貧しい国々や人々を痛打しています。監視の仕組みなど国際的な処方せんが必要ですが、まとめることができませんでした。
そうではあっても、政府は国内での対策に手をこまぬいているわけにはいきません。
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」(憲法二五条)
国家は国民のこの権利を保障する責務を負っています。
企業の競争力を最優先にして、最低限の生活ができない人たちを放置する政治は本末転倒です。
「人間疎外」の仕組みは、国全体の力を衰弱させるはずです。
政府・与党はようやく日雇い派遣の原則禁止に着手しました。「生活者重視」「生活第一」…。各政党とも似たようなスローガンを掲げています。
「貧困」直視し対策を
問題は政策の中身と実行です。格差是正という抽象的な課題でなく、安全網の再構築、安定した労働環境など具体策が必要です。
特に重視すべきは貧困対策です。現状を把握し真正面から向き合う必要があります。貧困層の生活保障なくして、職業訓練も再雇用の機会も確保できません。
かつて、この国は大銀行などの不良債権処理に、公的資金を十兆円超つぎ込みました。再び景気後退は必至。いまは国民生活を守る政策に力を入れるときです。
平成版「蟹工船」が安心して着岸できる港を築くこと。政治の喫緊の仕事です。
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