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http://www.amakiblog.com/archives/2008/05/20/#000886
2008年05月20日
金を使うのではなく知恵を絞るのが政府の仕事だ
20日の各紙は、年金の財源を全額税負担に移行した場合の消費税アップ率を一斉に取り上げている。社会保障国民会議(吉川洋・東大大学院教授)が発表した試算であるという。
今頃まだこんな小田原評定をやっているのだ。
どんな案であっても、必ず一長一短はある。しかし年金問題は、もはや一刻も早く新たな方式を決めて実施に移さなければならない時である。決断の時である。
年金制度が行き詰っているのは誰の目にも明らかだ。将来の年金給付の見通しがまったく立たないのに、保険料徴収は続けられる。年民未払いの問題も何も解決していないのに、徴収は仮借なく続けられている。
一刻もはやく新たな年金制度を作って実施しなければならないのに、この国の政府、官僚は、その決断が出来ないでいるのだ。
しかし、私が今日のブログで強調したいのは、政府、官僚の無能、無責任を追及することではない。
この試案の発表が、「だから増税は避けられない」、という心理的効果を、国民に与える役割を果たしているのではないか、という危惧である。
増税がもはや規定路線のように語られ始めた。この試算が追い討ちをかける。
年金問題も、医療負担も、教育問題も、政府開発援助も、環境対策も、何もかも金が要る。何よりも国は膨大な債務を抱えて国は倒産寸前ではないか。だから、国民が負担を分かち合うのは仕方がないではないか、という刷り込みである。恫喝である。
増税に応じる余裕のある層はいい。物価上昇に耐えられる所得層はいい。しかし、多くの国民はその余力はない。
それりも、なによりも、金さえあれば、誰でも、どんな政策も実施できる、と言うことを、国民はもっと声高に言わなければならないのだ。
金を使わずに知恵を絞る、それが今の政治家や官僚に求められている仕事ではないか、と言わなければならない。
金がなければ仕事が出来ないというのが官僚の論理ならば、だったら、今はしばし、仕事をしなければいい、限を縮小するしかない、そう国民は要求しなければならないのだ。
そもそも、官僚の仕事の殆どは、組織拡大や利権拡大から作り出されてきたものが殆どだ。
今は国民生活に不可欠な仕事に集中し、余分な仕事は、今は凍結すべき非常事態なのだ。
そうすれば、たちどころに国民の前にバレてしまう。政治家はこんなに要らない。官僚はこんなに要らない。ましてや天下りの巣くつになっている多くの独立行政法人の殆どは、いまこそ整理されなければならない事が。
しかし現実は政治家、官僚が金をもっとよこせと叫んでいる。
道路財源の一般化に伴い、壮絶な予算分捕り合戦が始まっている。
教育予算が多いか少ないかで、財務省と文部科学省が不毛な議論の応酬をしている。
防衛省は、日米軍事同盟強化の予算は減らせないという。それどころか対米軍事協力は増やさなければならないという。
月末に始まるアフリカ開発会議を外務省は成功させなければならないと言う。1兆円規模のODAをばら撒こうとしている。
洞爺湖サミットでは環境問題だ。温暖化対策だ。福田首相の支持率回復のために指導力を発揮しなければならない、という。
その一方で、国交省の阪神国道事務所は、その事務所の「50年史」を1部作るのに、800万円の予算を道路特定財源から支出している(20日読売新聞)。まだこんなことが放置されているのだ。
我々国民は、今こそ立ち上がらなければならない。
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