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明治期に、もし福澤諭吉の租税論を伊藤博文たちが打ち消していなければ
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投稿者 どっちだ 日時 2008 年 4 月 16 日 01:55:09: Neh0eMBXBwlZk
 

---権丈のホームページ 勿凝学問 から転載------------------------------------
http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare146.pdf


勿凝学問146

明治期に、もし福澤諭吉の租税論を伊藤博文たちが打ち消していなければ

2008年4月14日
慶應義塾大学 商学部
教授 権丈善一


時々思うことがある。ヨーロッパにおける社会契約論的な租税論がこの国に根付いていれば、と――今日はそういう話である。


たとえば、福澤諭吉は、『学問のすゝめ』(明治5年)で次のように記す。


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そもそも政府と人民との間柄は、・・・ただ強弱の有様を異にするのみにて権理の異同あるの理なし。百姓は米を作って人を養い、町人は物を売買して世の便利を達す。これ即ち百姓町人の商売なり。政府は法令を設けて悪人を制し善人を保護す。これ即ち政府の商売なり。この商売をなすには莫大の費なれども、政府には米もなく金もなきゆえ、百姓町人より年貢運上を出して政府の勝手方を賄わんと、双方一致の上、相談を取極めたり。これ即ち政府と人民との約束なり。
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他には、『民間経済録』(明治10年)に次の文章もある。


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夜道を往来して強盗の心配なく、一軒家に住居して押込みの恐れなく、我が地面を荒らす者あれば之を取押さえて始末す可く、我が家を貸して返さざる者あれば之を訴えて取り返すべし。一国の政治あればなり。・・・今これらの心配なきは之を心の快楽と言わざるを得ず。租税は即ち此心の快楽を買うための代金にして、官員を始めとしてすべて政治に関わる者へ給料を与え、陸海軍に武器を用意し、仕官兵卒を養う為の入費なれば、其売買の趣は代金を払いて反物を買い、賃金を与えて人を傭ふの理に毫も異なることなし。
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さて、こうした社会契約論的な福澤の租税論を危険視したのが、伊藤博文をはじめとした大日本帝国憲法の起草者たちであった。伊藤は、大日本帝国憲法の説明文としての『憲法義解』(明治22年)の中で、次の説明をする。


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第二一条 日本臣民は法律の定るところに従い納税の義務を有す
納税は一国共同生存の必要に供応する者にして、兵役と均しく、臣民の国家に対
する義務の一たり。・・・蓋し租税は臣民国家の公費を分担するものにして、徴求に供給する献キの類に非ざるなり(求めに応じて差し出す捧げ物ではない)。亦承諾に起因する徳沢の報酬に非ざるなり(恩恵に対する支払いではない)。
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最後のところに関する注釈では次のように記されている。


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仏国の学者は其の偏理の見を以て租税の義を論じたり。1789年ミラボー氏が仏国人民に向かって国費を募る公文に曰く。租税は享る所の利益に酬ゆる代価なり、公共安念の保護を得むが為の前払いなりと。エミル・ド・ヂラルヂン氏は又説を為して曰く。租税は権利の享受、利益の保護を得るの目的の為に国と名づけたる一会社の社員より納むる所の保険料なりと。此皆民約の主義に淵源し、納税を以て政府の職務と人民の義務と互助交換する者にして、其説巧なりと雖、実に千里の謬りたることを免れず。
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この国ではどうもその後、福澤が説いた社会契約論的な租税論は影を潜め、伊藤たちの「納税は義務」という、納税の一側面のみをとらえた考え方が一般的になっていったようなのである。結果、多くの国民が税を払うということに積極的な価値を見いだそうとしなくなって・・・
明治の国家形成期に、もし福澤諭吉の租税論を伊藤博文たちが打ち消していなければ――もう少し仕事をやりやすくなっていたのはなかろうかと、時々思ったりもするわけである。


(本稿は、佐藤進(1987)『文学にあらわれた日本人の納税意識』や
「(補助線)増税論議先送りを読み解く 税の”歴史認識問題”」『朝日新聞』2006年10月15日朝刊などと同じ問題意識に立っている)

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