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政治のネット規制議論を前にイノセントなネット市民(日本経済新聞 ITPLUS)
更新:4月11日 11:59
自民党・民主党が国会に提出する予定のネット規制法案の骨格が明らかになるにつれネット界が騒然となってきた。ブログではネットの自由、表現の自由への危機が語られ、業界団体、ユーザー団体も動いている。自由が成長の原動力になってきたインターネットは岐路に立っている。(ガ島流ネット社会学)
■繰り返されるネット規制
このコラムで何度か取り上げているが、ネット規制を取り巻く状況は、厳しさを増している。携帯フィルタリングに端を発した規制の網はインターネット全体へ広がろうとしている。
両党の議員立法の背景や狙いについては、
自民党・高市早苗議員、民主党・高井美穂議員のインタビュー(http://it.nikkei.co.jp/mobile/news/index.aspx?n=MMITzx000006042008)(http://it.nikkei.co.jp/internet/news/index.aspx?n=MMIT11000021032008)
を参考にしてもらいたいが、
法案への懸念は、「有害」の定義があいまいで規制の範囲がなし崩し的に拡大して表現の自由を脅かす可能性があること、ネット産業が「官製不況」に陥るのではないかという2点に集約されるだろう。
総務省は行き過ぎた規制に消極的で、通信事業者やコンテンツプロバイダーといったネット業界による第三者機関の「モバイルコンテンツ審査・運用監視機構」も立ち上がり、業界として受け皿は整いつつある。しかし、高市氏は「ここで動かねば政治の不作為と言われかねない」と法制化に強い意欲を見せている。
何か犯罪が起きるたびに雑誌やビデオ、ゲームやネットに原因を押し付けたがるマスメディアやそれを規制すれば問題は解決するといった思考回路は大きな問題だ。これでは新たなツールが社会に登場するたびに規制することになり、イノベーションを疎外するどころか社会そのものが窒息してしまう。
とはいえ、根本的な対策は手間がかかる。ネットのようなツールを「撲滅」すれば誰もが対処したような気分になれる。議員立法なので政治家は有権者にその成果をアピールできる。「子供の安全を守る」ネット規制は政治家にとって魅力的なのだ。もし仮に今回法案の提出が見送られたとしても、何度も繰り返されるだろう。
■反ネット規制派の弱点
このような状況に、ネット系メディアなどでは批判的な記事が掲載され、ブロゴスフィアでも議論が続いているが、ネット側の情報発信は携帯フィルタリング「強制反対派」に支持が集まらない理由で指摘したように、多くの人の支持を得るには至っていない。
例えば、政治家へのロビー活動を行うことや5月1日には法案に関するイベントを行うことをプレスリリースで明らかにしたユーザー団体MiAU(インターネット先進ユーザーの会)。そのMiAUの幹事である中川譲氏のブログosakana blogのエントリー「日本の子供たちからインターネットが消える日」は600以上のブックマークを集め、反ネット規制の中心のひとつとなっている。
中川氏のエントリーは法案への怒り、ネットへの熱い思いが伝わるものだが、プロフィルには「ロリ絵師」との記述があり、その下には購入したというフィギュアのアフィリエイトが並ぶ。
私はロリ絵師だろうが、フィギュアを買おうが個人の趣味なのでいっこうに気にならないが、問題はネット規制派がどう思うかだ。
「ネットは不安」「出会い系が危険」という漠然としたイメージは、フィギュア、秋葉原、萌え、2ちゃんねるといったコンテクストとともに流通し、ネット規制を後押しする原動力となっている。このようなブログが、反ネット規制の支持を広げるどころかマイナスに作用していることに早く気付くべきだ。
ブログWebLab.otaは「何故政治にネット規制反対派の声が届かないのか?」とのエントリーで「何故,政治のこととなると,こんなにも受身なのだろうか?」「積極的に政治にコミットするべきだったのではないか?」と書いているが、政治にコミットする動きは今のところ見受けられない。
逆にブログや掲示板、ブックマークのコメントには「インターネットに大人や政治家は必要ない」「リアルとネットは別」という声が並ぶ。そこには、政治、権力、社会の枠組みを忌み嫌うネットユーザー特有のイノセントな意識が垣間見える。
■ネット解放区の終焉
結局のところこういう考えが続く限り、ネット規制への道は必然であったのだろう。
犯罪予告や誹謗中傷であふれる掲示板、携帯SNSでは未成年が事件に巻き込まれている。マスメディアは毎日新聞の「ネット君臨」、読売新聞の「ネット社会深まる闇」と相次いでキャンペーン報道を行いネットのマイナス面を大きく取り上げている。子供のネット利用の現実についていけない保護者、学校関係者も対策を求めている。社会状況はネットユーザーが思う以上に、規制容認に傾いていると考えていい。
私自身、2006年ごろからネット規制の影を感じ、ブログやカンファレンスでネット業界、ネットユーザー側の対応の必要性を呼びかけてきた。しかし反応は芳しくないどころか、ネットユーザーから批判されることすらあったのだ。
確かに、これまでネットはある種の「解放区」を作り上げ、その混沌が爆発的な成長のエンジンでもあった。しかしながら、広く社会のインフラとして認知されてきた現状では既存の枠組みとコンフリクトが目に見えて大きくなっている。制度や枠組みと折り合いを付けるフェーズに入っている。
■問われるユーザーの覚悟
もし本気で法案を廃案に追い込むか、修正したいと思うなら、政治家が「このままでは票が減る」と思うような状況、もしくは振り上げた拳を下ろす「合理的理由」を作り出さなければならない。政治はある意味で妥協の産物でもある。政治家や官僚へのロビー活動、粘り強い説得、受け皿団体の設立、ネットに強い関心を持たない人への支持の拡大など、粘り強い活動が求められる。また、活動の最中に政治に飲み込まれてしまう人も出るだろう。政策立案や政治にコミットメントするということは「本質を忘れない」強さも求められる。
ネット規制で問われているのは政治家ではなく
ネットユーザーの「覚悟」なのかもしれない。
-筆者紹介-
藤代 裕之(ふじしろ ひろゆき)
ブロガー@ガ島通信
略歴
1973年徳島県生まれ。広島大学文学部哲学科卒業後、徳島新聞社に入社。社会部で司法・警察、地方部で地方自治などを取材。文化部では、中高生向け紙面のリニューアルを担当し「若者の新聞離れ」対策に取り組む。徳島大学付属病院医療情報部助手を経て、マイネット・ジャパンアドバイザーなど。日本広報学会、情報ネットワーク法学会、会員。2004年9月にブログ「ガ島通信」をスタート。メディアやジャーナリズムに関する議論から身辺雑記まで、幅広い内容を発信中。ブログ、メディアに関する執筆、講演多数。「ブログ・ジャーナリズム」(野良舎)、「メディア・イノベーションの衝撃」(日本評論社)。
http://it.nikkei.co.jp/internet/column/gatoh.aspx?n=MMIT11000011042008
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