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2008年02月16日
自衛隊海外派遣のジレンマ
イラク戦争が始まってから急速に進んだ自衛隊の海外派遣。その流れがさらに加速しようとしている。
防衛庁が防衛省に変更されたことばかりが報道されていたが、一年前の自衛隊法改正の主眼は自衛隊の海外活動を本来任務に格上げすることであった。
今年に入ってもその動きは止まらない。テロ特措法延長問題の国会審議で懲りた政府は、いちいち国会で追及されてはたまらないと、自衛隊海外派遣を恒久化する法律をつくろうとする。年明け草々に高村外相や山崎拓元副首相などがその事を内外でさかんに発言し、それがしきりにマスコミで報道されている。
そして16日の読売新聞では、政府は内戦が続くスーダンのPKO(平和維持活動)に自衛隊を派遣する事を検討するなどと報道されている。
このような動きに対して、護憲の立場からは、憲法9条違反が更に重ねられると懸念の声があがる。私もそう思う。
しかし私は、その一方で、やれるものならやってみろ、という気持ちでこの動きを突き放して見ている。自衛隊の海外派遣を増やせば増やすほど、矛盾にぶち当たり、困るのはむしろ政府、自衛隊だからだ。
何故か。それは、そもそも自衛隊の海外派遣そのものに矛盾があるからだ。
90年に始まった湾岸戦争の時、憲法9条にこだわった日本は金だけしか出さずに世界の評価を落としたと喧伝された。金だけでなく人を出してこそ責任を果たせる、そういうトラウマが自衛隊海外派遣の道をひらいたと言われたりもする。
これはとんでもない間違いだ。あの時日本の巨額な資金援助が多国籍軍の活動にどれだけ貢献したか、それは米国の関係者も認めている事実である。湾岸戦争にこれほど協力した国はなかったのだ。
しかしその事はここでは問わない。金を出すだけでなく人を出さなければならないと、日本の指導者は本気で思っているのか。金だけで済ませるなということは汗をかけということだ。戦地で汗をかくことは血を流せということだ。
果たして日本の自衛隊は血を流す覚悟があるのか。しかも祖国防衛とは何の関係も無い戦争のために、日本から程遠い外国の地で戦う覚悟があるのか。日本の指導者は、そんな戦争のために自衛隊に犠牲を強いる命令を下せるか。
日本の戦後史上初めて重装備をして戦地に自衛隊が派遣されたのがイラク戦争であった。しかし自衛隊は決して危険な地域でテロと戦った訳ではない。他国の軍隊に守られて復興人道援助に終始した。
アフガン活動への給油活動にしても、米兵や物資の輸送活動にしても、いずれも直接の戦闘行為に参加しているのではない。後方支援である。
そしてここからが私が一番強調したい点であるのだが、その理由は、憲法9条で禁じられているからでは決してない。憲法9条に違反する行為なら政府はとっくに始めている。憲法9条で禁じられているというのは口実である。政府は自衛隊が犠牲になるような危険な海外活動に対しては、たとえ主人の米国から命令されても応じないであろう。
自衛隊が欧米の軍隊と同様の戦闘活動に従事させられたなら、欧州の軍隊と同様に、確実に敵を殺し、敵に殺される。それだけは避けたいのだ。だから、いくら恒久法が出来ても、いくら国連決議に基づきPKOを積極化しようとも、政府は決して自衛隊を戦闘活動に従事させるような協力は行わないであろう。
それでは一体何のための海外派遣か。それは平和な日本で災害活動と訓練しかすることのない自衛隊に「それらしき」仕事を与えるためだ。そうして自衛隊組織の指揮を維持し、阻止防衛を図るためだ。政治家や官僚にとっては自らの自尊心を満たすだけの政治的格好つけなのだ。
日本の自衛隊は憲法9条によって守られている。それを一番よく知っているのは自衛官そのものに違いない。一度も武器に手をつける事無く定年を迎えた事を誇りに思うと言って去っていった自衛官がいた。そういう自衛隊こそ、世界に誇れる憲法9条下の自衛隊である。
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