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【マスメディアをどう読むか】
関東学院大学教授・日本ジャーナリスト会議
丸山 重威
連載に当たって
【ルポ・岩国市長選】 丸山 重威
◎国の政策に、自治体は反対できないのか
艦載機移駐、米軍再編に揺れる観光の街
米軍再編に伴い厚木の米艦載機を移駐させる問題の是非をめぐって、市長と市議会が対立、市長辞任から出直し市長選となった山口県岩国市は、2月3日の公示を前に既に騒然とした雰囲気に包まれている。
「錦帯橋に艦載機は似つかわしくない。子や孫に恥ずかしくない選択を」 「『金で言うことを聞け』 という国のやり方はやっぱり許せない」 と前市長の井原勝介派がのぼりを立てれば、「『岩国財政丸』 SOS沈没」 「国や県から孤立した関係を修復し、失われた9年間を取り戻す」 と、自民党、公明党が支援する艦載機移駐容認の福田良彦前衆院議員派。
中央紙の配布エリアから言えば、すぐ隣の広島県が大阪本社管内であるのと違って、山口県は九州で編集 ・ 印刷する西部本社版。このため、全国的な問題なのに、地元や九州地区以外のメディアでの扱いが小さく、注目を集めにくい。だが、争点の拡散や地縁を頼った古い締め付けも出て、民主主義と日本の政治自体が問われる状況になっている。
▼争点は何なのか?
「いま相手方は、井原にやらせれば岩国は夕張のようになってしまう、とデマを飛ばしています。しかし、そんなことはありません。借金はもちろんありますが、財政破綻など起きることはありません」−2月28日朝、市内・川西地区で開かれたミニ集会で井原市長は、約30人の住民の前で、相手方の主張への反論から話を始めた。「問題は艦載機です。私は、試験飛行の実施、騒音調査、埋め立てについての問題、日米基地協定の見直し、NLPの恒久基地の明確化、海上自衛隊の残留など、市民の生活と安全を守るために、国に話し合いを求めています。いま、彼らはデマを振りまいて、艦載機問題をそらし、反対する市民を諦めさせようとしているのです」
小集会で住民と対話する井原勝介前市長。1月28日、岩国市川西供用会館
米軍艦載機の移駐が焦点のはずの選挙だが、福田陣営の作戦なのか、争点は財政問題や 「国や県との関係」 にそらされてきている。
「艦載機移駐は焦点ではないですよ」 と断言するのは、福田良彦連合後援会の隅喜彦事務局長。「マスコミは艦載機のことばかりいっている。情報が歪んでいる。反対しても、来るものは来る。しかし、問題は財政で、このままでは財政破綻は目に見えている」 「岩国が革新の町になったら一生後悔する」
福田氏のパンフレットには、「もちろん 『艦載機』 は来ない方がいいに決まっていますいまそこだけが争点になっていますが、安心・安全な市民生活の確保のためには、医療、福祉、教育、育児、産業など、さまざまな課題が山積しています」 とし、「その中で、岩国市民にとってベストな政策を実行しなければなりません」と、艦載機問題を焦点にするのを避ける姿勢が明確だ。そして、「国や県から孤立した関係を修復し、失われた9年間を取り戻すことを誓います」 といい、「笑顔があふれ、活力のある岩国市へ」 「ワクワクするまちづくり」 などの言葉が踊る。
しかし、財政難は、艦載機を受け入れれば解決するのかどうか。その解明はない。
▼「話を聞くな」 の電話と、「バスもつぶれる」 キャンペーン
日本の選挙戦は、まだ 「村八分」 と 「怪文書」 の世界なのだろうか。今回の岩国の選挙戦には、一世代前に語られた 「村の選挙」 を思わせる話があった。地域の有力者による集会妨害や、根拠が疑わしい内容の宣伝ビラだ。
「旧郡部のミニ集会に行ったのですが、3人しか来てくれなかった。おかしいと思って、あとで聞いて回ったら、私の支持者が付けている黄色いリボンを持っている人が出てきて、『2日前に、地元の有力者から、井原さんの会があるが出ないように、という電話があったんです。近所付き合いもあって出られませんでした』 という話だった。きのうは別のところでしたが、ここも4人。自治会長から 『出ないように』 ということだった、というんです。いま、権力の締め付けがすごい」−井原陣営の話だ。「街頭に出れば、こっそり家の中から演説を聴いてくれる人はいると思うけれど、井原を支持するのだったら仕事を回さないとか、息子の就職に差し支えるとか、いろいろしがらみがあるんですよ…」
そして、「井原候補が当選したら大変なことになる」 という宣伝も活発だ。
「今のままの市政が続いたら、岩国はどうなる?? 愛宕山の問題解決ができず、80億円の精算をしなければなりません。そのお金は借り入れができず、岩国は倒産します」 と書かれた 「岩国の明るい未来を創る会 女性部会」 のビラは、白、黄色、ピンクの3種類が出されていて、「救急医療、地域医療が受けられなくなる」 「学校は統廃合される」 「市立保育園がなくなる」 「市営バスがつぶれる」 などと 「危機」 を訴え、「いま変えなければなりません」 と宣伝している。「愛宕山問題」 とは、市と県の協力で山口県住宅供給公社が造成した土地の問題。これには、「艦載機が来れば、そこに米軍住宅が来るのではないか」 という不安も出されているが、その負担金が問題にされている。
いずれにしても、井原陣営からは 「デマばかりで、ばかばかしいが、反論に時間を取ってしまう」 というぼやきも出るほどだ。
こうした中で、「艦載機問題が焦点であることは確かだが、基地によって経済が潤うなどということは、ほとんどない。実は今回の選挙は、地元の一握りの経済界が持ってきた利権構造を井原氏が斬ってきたことへの報復です。井原さんは取っつきは悪いけど、クリーンだったですからね」 という解説もある。「だから、権力者たちは、自分たちの言うことを聞く若い市長を据えたいんです。それは中央も同じじゃないですか…」
「理不尽な国+一部の利権を期待する人たち vs 岩国市民+公正な政治を求める県民・国民」 が 「対決の構図」だとするニュース (「住民投票を力にする会」)もあった。
▼国の政策押しつけと違約
確かに、今回の選挙は、どうみてもあまりに理不尽な国の政策に端を発している。
2005年明らかになった在日米軍の再編成計画では、神奈川県・厚木にある空母艦載機EA−6Bなど59機をここに移動させる計画が含まれていた。戦前も海軍の基地だった岩国市は、現在の米軍と自衛隊基地について、その存在を容認し、協力の姿勢を示してきた。しかし、地元との話し合いもないままの計画発表に、反対運動が巻き起こった。
元労働官僚の井原勝介市長が反対を表明、2005年6月には市議会も反対を決議した。しかし、市議会の一部から 「受け入れ容認」 の声も出たため、市長の発議で2006年3月、住民投票が行われた。地元では 「国政に関わることに住民投票はなじまない」 とボイコットする動きもあったが、投票率は条例の要件である50%を超え、58.68%、「受け入れ反対」 は87.42%で、全有権者に換算しても51.3%に達した。
本来ならこうした民意が示された以上、計画の再検討が行われる、というのが民主主義というべきだろう。「それでも在日米軍再編は必要だ」 (読売) とか 「国の安全はどうするのか」 (産経) と書いた新聞もあったが、「あらゆる可能性を視野に、再編問題を見直すことを求めたい」 (新潟日報)、「計画を根本的に練り直す姿勢が日米両政府に求められている」 (琉球新報)、「もっと大幅な海外移転こそ検討すべきだ」 (南日本新聞) などの主張もあった。
しかし、そうはいかなかった。「国政に住民は口を出すな」 である。
小泉首相が 「移転計画に変更はない」 と明言した政府は、アメとムチの政策さながら、昨年5月成立した米軍再編推進特措法でも、名護、座間と併せ岩国への再編交付金の支出を凍結。そればかりでなく、既に支出してきた新市庁舎建築のための補助金のうち、2007年度分35億円を支出しない、という 「報復手段」 に出た。もともとこの補助金は、1996年の日米合意で、沖縄・普天間基地からの空中給油機KC130部隊12機を岩国が受け入れることに伴って支出されてきた補助金で、今回の艦載機受け入れとは無関係のはずだ。
住民投票のとき、「地元無視のツケだ」 と住民説得を問題にした朝日も、今回はさすがに 「補助金の名目を一方的に変え、新たに艦載機を受け入れなければ打ち切るのはあまりに乱暴ではないか」 (1月22日社説 「問われる 『アメとムチ』」) と書いた。
しかし、総事業費の約半分に当たる総額49億円のうち、35億円のカットは、当然市財政をピンチに陥れる。合併で広域に広がった市議会には、「いくら反対しても艦載機は来るのだから、反対などするより、早く決めて有利な条件を取った方がいい」 という議員も増え、当初拮抗していた反対派、容認派の色分けは、公明党が容認に傾いたため、容認派が多数になった。その結果、市長が提出する予算は、4度にわたって否決。井原市長は2007年12月、自らの辞任と引き替えに、周辺の7町村の合併で認められた合併特例債を使っての予算承認を求め、5度目の提案が修正されてやっと成立した。市庁舎はまもなく竣工するが、市長の辞任で、その主はまだ決まらない。
▼問われるメディア、地方自治…
岩国は人口約15万。山口県の最東部に位置し、広島県と接している。経済圏は実質的に広島に属している。「宮島から少し足を伸ばして、錦帯橋観光を」 という期待もあるが、今ひとつ客足は延びない。
そんな町だから、新聞でいえば、広島で発行されている中国新聞が大きなシェアを持っており、朝日、毎日、読売などの全国紙や、山口新聞の部数は劣勢。特に、全国紙3紙の場合、山口県は伝統的に九州に本拠を持つ西部本社のエリアで、ニュースが直接東京に上がってこないこともあって、岩国問題が広がりにくい。「同じ基地問題でも、全国的に注目される沖縄や、厚木、横須賀とは違っている」 と悩みを漏らす活動家もいる。
しかしそれだけに、狭い町で、新聞がどう報じたかは、両陣営から注目されている。 「同じ行数で、同じように並べないと文句が来る」 と語るのは地域紙 「日刊いわくに」 の藤井淳史氏。 報道への注文は、地域史に限ったことではなく、ほかのメディアでも同じで、「自由な報道」 も容易ではないようだ。
岩国が突きつけられた問題は、実は、全国どこの自治体でも起こりうることである。 国のやり方は正しいのか、それに住民はどう対応すべきか、地方自治とはどういうことか。
2月3日からの市長選の投票は10日。問題は岩国市民だけのことではない。
(了)
2008.1.31
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