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http://www.asyura2.com/07/lunchbreak9/msg/489.html
>>ディオゲネスのランプは現在では「賢者の象徴」とされ、アテネ大学の徽章にもなっているという。しかし、当時のアテネのお上品な人々には、ディオゲネスが理解できなかった。犬儒派のことをシニシズムというが、辛辣なという意味のシニカルという言葉はここから来ている。ディオゲネスに弟子や門人はいなかったが、彼の辛辣な皮肉は、人を遠ざけるためにかなり有効だったようだ。
彼はランプの他に持っていたものといえば水を入れる革袋だが、彼は後にこれを捨てた。ディオゲネスはある日、子供が素手で水を掬っているのを見て、「おれは何という馬鹿者だったことか。おれは子供に大切なことを教えられた」と天を仰いだ。そして水袋をその場で捨てたのだという。
ディオゲネスはアテネの近郊に住んでいたが、アテネの住民という訳ではなかった。彼は「あなたはどこの国の人ですか」と人に訊かれるたびに、「太陽はいくつありますか」と逆に聞き返した。相手が「一つです」と答えると、ディオゲネスは嬉しそうに破顔一笑して、いつもこう答えていた。
「そうです。太陽は一つしかありません。そして私たちはだれもこの一つの太陽をいただいて暮らしているのです。私に祖国などありません。私はただ、この天の下で暮らしているのです。私は天下の住人です」
当時ギリシャは争乱の時代だった。アテネやスパルタがギリシャ半島の覇権を競って争っていた。ディオゲネスはそうした争乱を冷ややかな目で見ていた。ディオゲネスはどうして戦争が起こるのか知っていた。
地上に災いをもたらすものは、人間のあくなき所有欲である。愛国心の正体も、彼の目にはこの所有欲のお化けでしかなかった。それはいずれ国を滅ぼすだろう。そのことをディオゲネスは知っていた。>>