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http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20080822-01-1501.html
「正攻法」なのに分かりにくい福田流政治の「手際」
2008年8月22日 フォーサイト
衆院選勝利に政治生命を賭けると公言している民主党の小沢一郎代表は、この一年あまり、国会内での仕事はそこそこにして全国行脚による地方票のてこ入れに余念がなかった。昨年七月の参院選大勝にも、自らの地方回りが果たした役割が大きいと自負しているからだ。小沢氏が照準を合わせているのは、民主党左派の強力な支持基盤である連合傘下の労働組合票と農村票だ。特に最近の小沢氏は、地方に出ても、自民党幹部らのような街頭演説や大ホールでの講演に労力を費やすことは少なくなった。むしろ、労組幹部との懇談や農村地帯訪問に力を入れている。
奈良県北西部にある葛城市のネギ畑を小沢氏が視察したのは六月十日のことだ。スーツに革靴という服装の小沢氏は、 「ズボンが汚れますよ」という周囲の忠告を振り切って、そのままかまわずに畑に入っていった。畝と畝の間をずかずかと進むと、農家の人の説明を受けながらネギの株に手をかけて一気に引っこ抜いてみせた。そして、だめを押すかのように「民主党が今度政権を取れば、もっと本格的に(農家への補助を)やるから……」とにっこり。畑からほど近いネギ出荷場では、「はい、はい、どうも〜」と声を張り上げて作業場に接近。ネギを重量ごとに選別していく老人たちの見事な手さばきを見て、「ネギを手に取ったら、ぱっと目方(重さ)が分かるんだねえ」と感嘆の声を上げつつ、国会では見せたことがない満面の笑顔を振りまいてがっちり握手した。
人気とりの演出は「邪道」と
しかし、同行したほとんどの政治部記者たちは、こんな小沢氏の姿にあきれる思いだったはずだ。傲岸不遜なマスコミ対応で有名な小沢氏が農村では好人物に豹変。誰がどう見ても、選挙向けのパフォーマンス以外のなにものでもないからだ。
革靴で畑に入ってネギを抜き、農家と交流。その姿をマスコミに公開し、挙げ句の果てに補助金増額をちらつかせて「ばらまき宣言」……。政治家の生態を見慣れているはずの記者たちも唖然とするほどの使い古された選挙手法の連発だ。だが、いまだに臆面もなくこんな手が使える図太さこそ小沢氏の真骨頂なのだ。
逆に、今の与野党幹部の中で、こんな泥臭い手法を苦手にする政治家の代表格は福田康夫首相だろう。
福田首相は六月十九日、東京・外神田の秋葉原無差別殺傷事件の現場に献花に訪れた。この日の午後一時過ぎから、秋葉原に近い神田和泉町の三井記念病院で眼科の定期検診を受けた首相は、急に秋葉原に立ち寄ることを思い立ったのだ。日本中を震撼させた衝撃的な通り魔殺人の事件現場に首相が初めて姿を見せれば、当然、マスコミも世間も注目する。首相にとっては、格好のパフォーマンスの舞台になると思われた。
ところが、そうはならなかった。病院を出た福田首相の車は、あっという間に秋葉原に到着し、首相の現場滞在時間はたったの二分。首相の突然の秋葉原訪問を知った記者団があわてて首相官邸を出発したが、結局、一部を除いてほとんど間に合わなかったからだ。事前にマスコミに連絡しておけば済むことなのに、手際が悪いのだ。
首相周辺は、人気とりの演出には無関心な福田首相の行動について、「へたというよりも、首相はそういう行為を政治的に利用することが嫌いだ。邪道だと考えているんだ」と解説する。政権運営はお世辞にも順調だとは言えないのだから、ぜいたくを言っている場合ではないのだが、何でも利用してやろうという貪欲さが福田首相からは感じられない。
小沢氏ばりの地べたを這うようなパフォーマンスの習性や小泉純一郎元首相のように大衆を煽動する才能も持ち合わせていないとあっては、福田首相に残された政権浮揚の方途は正攻法しかない。つまり、地道に政策を遂行することである。
政策遂行のためには、内閣改造によって陣容を整えることが、当面の福田首相には必要だとみられる。今の閣僚はほぼ全員が前任者の安倍晋三前首相が選んだメンバーであり、福田首相にとってやり易い態勢にはなっていないからだ。
内閣改造について、森喜朗元首相が六月六日にTBSの番組収録で「首相にはどうもその気はないようだ」と発言したことが大きな話題となった。だが、中川秀直元自民党幹事長が周囲に解説したところによると、「森さんの発言は、首相の本音とは違うようだ」という。内閣改造の時期が近づくと、入閣待望組の猟官運動が激しくなり、福田首相が改造しにくくなる事態が想定される。実際に、通常国会終盤以降、あまり用事もなさそうなのに首相官邸を訪れる政治家が増えている。森氏の発言は、改造見送り情報を振りまいて首相が自由に考える環境を整えようという思いやりの言葉だというのだ。
ところが、その情報が広まると、森氏はまたしても二十日の神戸市内での講演で、「TBSで『首相はやる気がない』と言ったら、みんな一斉に書いている。ウソを言っても書いてくれる」と自分自身の発言を否定してみせた上で、話をもう一度逆転させて、「ただ、福田さんはじっとみておられる。今、そんなことをやっている状況ではないような気がする」と、やはり改造はないんだというふうに改めて念を押した。実に手の込んだことだが、森氏がどの程度の根拠でそう言っているのかはなお不明だ。なにしろ、首相側近筋によると、福田首相は森氏の政治的なアドバイスを「雑音だ」と論評したこともあるくらいで、森氏にさえ本音を話しているかどうか分からない。
ただ、改造した場合には、新閣僚のスキャンダルが福田内閣の致命傷になる可能性もある。また、改造後に与党内にしこりが残って政権運営の歯車が狂い始めるというのはよくあることだ。そういう意味で、改造は福田首相にとっては大きな賭けだ。福田首相は昨年九月の就任以来、テロ対策特別措置法やガソリン税、日銀総裁人事、首相問責決議案可決など、幾多の難局を乗り越えてきた。だが、今度の内閣改造はこれらをはるかにしのぎ、政権発足以降、最高難度の政治判断が迫られる局面だ。
なお、首相が改造を決断した場合には、世間の耳目が北京に向けられる八月八日から二十四日までの五輪開催中は避けるだろう。また、その後はすぐに臨時国会が召集されるという政治日程を考えれば、七月下旬から八月上旬がそのタイミングと言える。
消費税上げ発言のカラ騒ぎ
一方、内閣改造の有無にかかわらず、政策遂行という面では、年金、後期高齢者医療などの社会保障政策や道路財源問題のほか、消費税率引き上げを含む税制改正、さらに「無駄ゼロ」を掲げた行政改革への取り組みが、今後の政権浮揚のカギとなりそうだ。
だが、その中でも国民的な関心が高い消費税問題で、福田首相はとんだ騒動を巻き起こした。六月十七日に外国通信社のインタビューに応じた福田首相は消費税率引き上げについて、「決断しなければいけない、とても大事な時期だ」と述べたのだ。安易な消費税率引き上げは政権の致命傷になるが、社会保障の充実のためには国民の理解が得られる可能性もあると見て、福田首相が一か八かの賭けに出たのではないか――多くのマスコミはそう判断して、この発言を大きく報じた。
その二日後の十九日昼、首相官邸に当選二回の自民党衆院議員二十人以上が招かれて、首相主催の昼食会が開かれた。一人約一分の持ち時間で、出席者全員が順番に発言した。ただ、消費税問題は、当選二回の議員たちには重すぎる話題だった。税率引き上げ問題に踏み込むことは、選挙基盤がまだ脆弱な若手議員が自らの首を絞めることにもなりかねないからだ。唯一、正面から消費税の話題に切り込んだのは、兵庫七区選出の大前繁雄氏だった。
大前氏は平成十五年の衆院選で初出馬し、それまで「負けなし」を誇っていた土井たか子元衆院議長を破って初当選を果たした人物である。土井氏と言えば、旧社会党委員長時代に激しい反消費税闘争を展開し、平成元年の参院選で歴史的大勝を収めたことで知られる。大前氏と消費税にはそういう因縁がある。
自分の順番が回ってきた大前氏はひときわ強いトーンで語り始めた。
「地元で話を聞いてみると、意外にお年寄りは消費税増税を進めてもらいたいと思っています」
カレーライスをすくったスプーンを口元に運ぼうとしていた福田首相の手が止まった。大前氏はなおも続けた。「高齢者はむしろ、医療、年金、介護の方こそを何とかしてほしい。そこに金がかかる分、消費税が上がっても仕方がない。そう考えています。五割の人が増税を支持すると私は思います」。
首相は大前氏をじっと見つめ、深く何度もうなずいた。その様子を見て、多くの出席者が「首相は増税をすでに決断している」と感じた。
ところが、その四日後の二十三日の記者会見で、福田首相の姿勢は急変した。「二、三年とか、そんな長い単位でもって考えたことを(六月十七日のインタビューでは)申し上げた」と述べ、すぐに消費税率の引き上げの検討に入る考えはないことを表明したのだ。こちらの発言もマスコミは大きな見出しで伝えた。
翌二十四日午前の閣僚懇談会。福田首相は新聞報道にあきれたように十七日と二十三日の自身の発言に関する報道について、「どちらも極端な表現だなあ」と眉をしかめた。周辺に対しては、「マスコミが勝手に盛り上がって、勝手に盛り下がった」ともつぶやいた。
この懇談会の後に、福田首相の消費税に関する真意を代弁して記者団に伝えたのは鳩山邦夫法相や町村信孝官房長官だ。両氏の説明を要約すると、福田内閣は今、「無駄ゼロ」の掛け声のもとに行政の無駄を省くべく、あらゆる組織、あらゆる政策の見直し作業を進めている。その作業を終えた時点で、なお財政が厳しければ、そのときは消費税率引き上げという判断もあり得る――ということらしい。
これなら民主党の主張とあまり違いはない。小沢氏は六月三日の仙台市内での記者会見で、次期衆院選のマニフェスト(政権公約)に消費税増税反対、税率据え置きを盛り込む考えを示した。ここだけを聞くと、消費税率引き上げに真っ向から反対のように受け取れる。だが、その直前の地元市民との意見交換会では、小沢氏は「無駄を省く努力をしていく。それでもお金が足りない時、その時に初めて消費税についても国民に相談する」と言っているのだ。つまり「無駄ゼロ」を徹底し、その上で消費税率引き上げも検討する。福田首相が言っていることとほぼ同じだと言っていい。
さらに、たばこ税の増税が現実味を帯び、当面の財政問題に決着がつく可能性が出てきている。そうなると、首相の消費税発言はますます意味のない発言だったことになる。ただし、発言による周辺の混乱は余計だったが、無駄を省いた後に増税も検討するという当たり前の政策遂行が、パフォーマンス下手の福田首相にとっての正攻法だとも言える。
真偽不明の情報戦が
一方、社会保険庁による保険料の無駄遣いや財務省など多くの中央省庁を巻き込んだ「居酒屋タクシー」問題などが明るみに出て、こうした官僚組織の緩みにどのように対処するかが、「無駄ゼロ」を掲げる福田政権の浮沈をかけた課題となってきた。そんな福田首相の足元で、国家公務員制度改革をめぐる激しい情報戦が繰り広げられている。
慶応大学の清家篤教授に関する怪情報が広がったのは六月二十五日のことだ。この日の朝日新聞と毎日新聞の朝刊は国家公務員制度改革推進本部の事務局長に清家氏が内定したと報じた。ところが、その日の昼には、「清家氏が『渡辺大臣とは一緒にやれない』と言って就任を固辞している」との情報がマスコミや自民党内にあっという間に広まった。
清家氏については、これまでの言動からみて、「公務員に甘いのではないか」と就任を疑問視する一部の声もあった。清家氏の起用は、官僚側から見れば歓迎すべき人事とも言えたが、改革急進派である渡辺喜美行革担当相には到底受け入れられるものではない。また、渡辺氏は事務局長を公募で選ぶ案を提示していたが、福田首相が却下した。それだけに清家氏起用は、福田首相と渡辺氏との激しい確執をうかがわせた。この夜、首相周辺が「これは内閣改造含みの人事だ。改造の際に渡辺氏を差し替える。その後に清家氏の事務局長就任を正式に発表する」として、清家氏の説得に全力を尽くしているという話が漏れ伝わってきた。事務局長人事をめぐる政権内部のきしみは、しだいに改造に絡むどろどろとした政局の様相を帯びてきたのだ。
ところが、一連の情報を根底から覆す驚くべき“裏話”が伝わってきたのは、その数日後のことだ。その話は首相官邸の政府高官から特定のマスコミ関係者にもたらされた。その中身とは、「清家氏内定」情報そのものが渡辺氏の策謀だというものだ。複雑なので少し解説が必要だ。
渡辺氏と福田首相の「ズレ」は政界では周知の事実だ。首相は公務員制度改革に本腰を入れ始めたが、渡辺氏の派手なパフォーマンスを不快に思っているからだ。このため、今度の内閣改造で渡辺氏の更迭も当然視野に入っている。だが、清家氏を推進本部の事務局長に内定し、渡辺氏をクビにすれば、福田首相の改革姿勢を疑問視する声が出るのは間違いない。そうなると、渡辺氏をはずしにくくなる……。つまり、今回の情報すべてが、内閣改造後も閣内にとどまりたい渡辺氏の政治工作だというのだ。
迷走した事務局長人事は七月四日、清家氏ではなく立花宏・日本経団連参与が就任することで決着した。渡辺氏は知人に「俺は今回の立花人事では、蚊帳の外だった」と嘆いてみせたというが、立花氏のことは高く評価しているという。そこで、またぞろ出てきたのが、「実は渡辺氏にとっての本命は初めから立花氏だった」という怪情報だ。渡辺氏は立花氏就任を画策したが、福田首相は渡辺氏を信用しておらず、渡辺氏が立花氏を推薦すれば、必ず却下される。このため、日本経団連の御手洗冨士夫会長や奥田碩内閣特別顧問(前日本経団連会長)を仲介役として、首相を篭絡した、というのだ。
ただ、これらの話は真偽不明で、人事工作に失敗した官僚たちが渡辺氏に一矢報いようと情報操作している気配がある。いずれにしても、官僚がこの種の情報戦を始めたということは、既得権益維持のために官僚たちが牙をむき始めたというサインでもあり、福田首相による公務員制度改革が前途多難であることを暗示している。
フォーサイト2008年8月号 「深層レポート 日本の政治185」より
※各媒体に掲載された記事を原文のまま掲載しています。