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http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2008_07.html#02
第332回
応仁の乱、天下を滅ぼす
〜終わりなき“戦いの連鎖”〜
放送日
本放送 平成20年7月16日 (水)
22:00〜22:43 総合 全国
再放送 平成20年7月26日(土)
10:05〜10:48 総合(兵庫県除く近畿のみ)
※再放送の予定は変更されることがあります。当日の新聞などでご確認ください。
出演者
スタジオゲスト 桜井 英治さん(東京大学大学院准教授)
日本中世史専攻。著書に『日本中世の経済構造』『室町人の精神』など。
キャスター 松平定知
番組概要
その時: 1477(文明9)年11月20日
出来事: 応仁の乱、終わる
日本史で最も有名な戦いの一つである「応仁の乱」。しかし、その経緯、誰が戦ったのかなど詳細はあまり知られていない。今回はこの戦乱の実相を明らかにする。
この戦いは今から500年あまり前、室町幕府第8代将軍足利義政の治世で起こった。天下を二分し京都を焼き尽くす大乱となり、この結果、戦国時代が始まったといわれる。この合戦が異様だったのは11年間も続いたことであった。当初は一大名家内部の争いに過ぎなかったものが、これほどの大乱になるとは当時誰も予想できなかった。なぜ事態は大乱へ発展したのか、なぜ早期に終わらせることができなかったのか。番組では、リーダーシップを発揮できない将軍・足利義政の動向を中心に「乱」をひもときながら、誰も望まない戦争を誰も止められぬまま、一つの時代と社会が崩壊していく様相を描く。
番組内容や番組中に出てきた言葉など
現在の銀閣について
銀閣(慈照寺観音殿)は今年 平成20年2月より約2年間の予定で屋根のふき替え及び部分修理工事を進めており、現在の銀閣は足場や幕が設けられた状態となっています。番組では、以前にNHKがハイビジョンで銀閣を撮影した映像を使用しました。
当時の人々の心を示す言葉について
「天下は破れば破れよ。世間は滅びば滅びよ。人はともあれ我が身さえ富貴ならば」
応仁の乱直後に記された軍記「応仁記」にある記述です。
畠山義就の名前を「よしひろ」と読んだことについて
かつて「よしなり」という読みが流布していましたが、当時の史料「東寺百合文書」の中に義就の「就」を“ヒロ”と読むよう注記した記述が見つかり、スタジオゲストの桜井准教授はじめ専門家の間でも正しい読みは「よしひろ」だったと考えられています。番組もこれに従いました。
若き日の足利義政の座右の銘について
「最も優れた医者とは、国の病を治すものだ」
当時の僧侶の日記「蔭凉軒日録」にある記述を一部意訳しました。
足利義政の、畠山義就の増長に対する気持ちを記した文章について
「将軍義政はしだいに畠山義就に怒りを抱くようになった」
上記「応仁記」にある記述を一部意訳しました。
度重なる足利義政の決定変更を笑った京の都の人々の言葉について
「将軍様は、畠山の両名を罪も無いのに勘当し、忠義も無いのに赦免する、将軍様は錯乱しているのではないか」
上記「応仁記」にある記述を一部意訳しました。
畠山家の合戦に際して足利義政がほかの守護大名に下した命令について
「畠山氏のことで他の大名が戦いに加わってはならない。あくまで畠山義就と政長の両名のみで勝負を決すべし」
上記「応仁記」にある記述です。
東軍16万、西軍9万という軍勢の数について
上記「応仁記」の記述に拠りました。
応仁の乱開戦の頃、事態の解決を願う足利義政の和歌について
「はかなくも猶(なお)おさまれ(治まれ)とおもふ(思う)かな 角(かく)乱れたる世をばいとはで(厭わで)」
意味は『はかない思いだが、何とかおさまってほしい。この乱れた世を見捨てずに』。上記「応仁記」の記述に拠りました。
西軍に降伏を促した足利義政の書状について
「西軍の行動は言語道断である。領国に戻って隠忍自重せよ」
応仁元年5月26日付の足利義政の出した御内書(ごないしょ:将軍の書状)に拠りました。
西軍に妥協案を示した足利義政の書状について
「山名宗全が都を離れれば、敵味方で争っている領国を折半して西軍にも与えよう。この条件は意に沿わないかもしれないが、天下の平穏のためにぜひそうして欲しい」
応仁元年9月8日付の足利義政の御内書に拠りながら、一部意訳しました。
足利義政が西軍を調伏しようとしたことについて
上記「応仁記」の記述に拠りました。
足利義政が大酒にふけったことについて
「将軍様は大酒を飲まれ、その様子は天下太平の時と変わらぬようだった」
当時の僧侶の日記「大乗院寺社雑事記」の記述に拠りました。
応仁の乱終結を祝い、幕府重臣や守護大名などが当時の将軍足利義尚や足利義政に言上した言葉について
「敵軍が姿を消し、天下が平和となってなによりでございます」
当時の公家の日記「長興宿禰記」の記述に拠りました。
幕府の役人が京都の焼け野原を詠んだ和歌について
「汝(なれ)や知る 都は野辺(のべ)の夕雲雀(ゆうひばり) あがる(上がる)をみても落る(おつる)なみだ(涙)は」
上記「応仁記」にある記述です。
番組で紹介した応仁の乱で焼けた瓦の破片について
平成18年夏の発掘調査によって京都市右京区嵯峨、嵐山周辺の天龍寺旧境内地と推定される地域で発見されました。現在、京都市埋蔵文化財研究所で保管されています。非公開。
応仁の乱の頃を振り返った足利義政の和歌について
「くやしくぞ過し(すぎし)うき世(浮き世)を今日ぞ思ふ 心くまなき月を詠て(ながめて)」
義政の和歌を集めた「慈照院殿義政公御集」に収録されています。
応仁の乱を評した徳川家康の言葉について
「応仁の乱は日本中あまねく、身分の区別も無く衰微させてしまった。これらは皆天下を、自分の利益のためだけのものと思い、天下やそこに暮らす人々のことを考えなかった故に起きたことであった」
家康の言葉や、家康に関する話を集めた「故老諸談」にある記述を一部意訳しました。
番組内で使われた肖像、史料などの所蔵先一覧
肖像/絵画/遺品系
足利義政肖像 東京国立博物館 Image:TNM Image Archives
山名宗全・畠山義就・大内政弘肖像 国立国会図書館
細川勝元肖像 龍安寺
日野富子木像 宝鏡寺
足利義尚木像 等持院
真如堂縁起(応仁の乱の合戦、足軽の絵) 真正極楽寺
上杉本 洛中洛外図屏風(花の御所の絵) 米沢市上杉博物館
史料系
「蔭凉軒日録」「応仁記」「大乗院寺社雑事記」「長興宿禰記」…国立公文書館
「山名宗全禁制札」 …高山寺
「五月二十六日付 将軍足利義政御内書」「九月八日付 将軍足利義政御内書」…個人蔵
おもな参考文献
「日本の歴史12 室町人の精神」 桜井英治 講談社
「日本史研究叢刊3 足利義政の研究」 森田恭二 和泉書院
「日本合戦騒動叢書2 応仁記」 志村有弘 勉誠社
「京都の歴史 第三巻 近世の胎動」 京都市 編
「週刊朝日百科17 日本の歴史 中世U−F 応仁の乱」 朝日新聞社
「大系日本の歴史 7戦国大名」 脇田晴子 小学館
「日本の歴史H 日本国王と土民」 今谷 明 集英社
「岩波新書 応仁の乱」 鈴木良一 岩波書店
「日本史新書 応仁の乱」 永島福太郎 至文堂
「山名宗全と細川勝元」 小川 信 新人物往来社
ほか
※絶版となったものもあります。出版社などにご確認下さい。