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http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20080711-01-1301.html
小悪に躍るメディアのお粗末
2008年7月11日 The Commons
食品の産地偽装が後を絶たない。牛肉、豚肉、野菜、そば、カニ、うなぎ、鶏肉など「またか」と思わせるほど業者の悪事が次々に暴かれ、メディアは大いに悲憤慷慨している。安い外国産を国内産と偽って大儲けするのは消費者を欺く行為だから断罪しなければならないが、しかしなぜ今偽装報道がこれほど連続するのかを私は考えている。
偽装の発覚は内部告発によると思われるから、ここにきて内部告発が集中的に続いていることになるのだが、本当にそういう事なのだろうか。権力者の手の内を見続けてきた私には、これは権力にとっても必要な事だからではないかと思ってしまうのである。
例えば9日に書類送検された千葉県の鶏肉業者が偽装を行いそれが発覚したのは2年前の事である。それが今頃になってニュースになった。警察がここにきて初めて事件にしたからだ。こういう時期だからメディアは取材に殺到した。昔の話で取材に来られた鶏肉業者は驚いた。「儲けるためにやった。大なり小なりみんなやっている」と彼は正直に答えた。メディアは鶏肉業者を悪者に仕立てなければならないから、その平然としたもの言いに呆れてこの男を非難した。
いつものことながら偽善者面のメディアの報道にはうんざりする。確かにこの男はとんでもないが、彼が平然としていたのはこれが2年前に終ったはずの事件だからだ。それよりもなぜ2年前の事件を今になって報道させられるのかをメディアは考える必要がある。そうした感度が今のメディアに欠落している。
おそらく鶏肉業者の言う事は正しい。みんながやっているに違いない。これまでも摘発しようと思えば出来る事を誰もやらなかった。最近になってそれが暴かれるようになった。しかし全てが摘発されているわけではない。一罰百戒というやつで氷山の一角だけがやられる。やられた業者は「何で俺だけが」と運の悪さを嘆き、見逃された業者はしばらくの間だけ自重する。いずれほとぼりが冷めれば又元に戻る。それが私の見てきた日本という国の実像である。
産地偽装だけでなく「赤福」や「船場吉兆」など老舗も含めての食を巡る不祥事は、何故か福田総理が登場してから次々摘発されるようになった。この事実は一体何を物語っているのだろうか。私には福田政権の消費者庁設立構想と無縁でないと思っている。その地ならしに思えて仕方がない。
消費者はこんなに悪質業者の被害に遭っている。これを何とかしないと国民生活の安全は守れない。消費者庁の必要性を説得するためには国民の被害の事例を山ほど積み上げる必要がある。だから昔なら行政が口頭注意か改善命令で済ませていたものを事件化するようになった。福田総理が最も力を入れる政策に協力するため役所は競って悪質業者の摘発に乗り出した。こうして鶏肉業者のように2年前の事件までも蒸し返されて立件された。官僚政治らしいいつもながらのパターンである。
私の見方はそうなのだが、メディアの見方はいつもその手前の小悪で終っている。権力が流す情報の裏側にある狙いを追及するところに至らない。前にも書いたが、かつてメディアは年金未納問題を鬼の首でも取ったかのように騒ぎ立てて政治家を糾弾した。誰にでもちょっとした間違いで年金未納はあり得ると思うのだが、「国民が真面目に納めているのに政治家が納めていないのはけしからん」と日本人らしい正論を振りかざした。それに野党も飛びついた。メディアと野党が騒いだお陰で国民の怒りは未納にばかりに向けられて、負担が増えて給付が減るという年金法改正案への怒りに火がつかなかった。
年金未納者の情報をリークしていたのは誰なのか。権力が流している事に気がつかないメディアと野党のお粗末さで年金法改正案は無事成立した。国民は今頃になって年金制度のあり方に文句を言っているが、大事なときに小悪に怒って大きな悪を見逃したメディアを信じたのだから自業自得と言われても仕方がない。
権力から見れば小悪を大問題のごとくに怒るメディアは御し易い。メディアに気づかれないように事を成し遂げるには、小悪を目の前にぶら下げてやれば、待ってましたとばかりに騒いでくれて国民の目をそちらに釘付けにしてくれる。
最近も「居酒屋タクシー」でメディアは大騒ぎした。それが税金の無駄遣いである事はその通りで、決してかばう気はないのだが、ただ官僚政治が一筋縄でない事を見続けてきた私には何故この問題が顕在化したのか、誰からもたらされた情報なのかを考えないと足元をすくわれる危険があると本能的に思うのだ。
「居酒屋タクシー」を利用していたのは都心に住む高級官僚ではない。郊外に住むノンキャリア組だろう。役所では仕事があろうがなかろうがタクシー券がある限りそれで帰宅するのが常態化していた。その点は問題である。そうでなくとも日本のホワイトカラーの生産性は低い事で有名だ。ダラダラと会議ばかりやるために生産性が低くなる。役所こそ率先して生産性向上に努めるべきで、基本的に深夜勤務はなくすべきである。
すると国会審議の答弁書作成のために深夜勤務になるという指摘があった。それなら答弁書作成をやめさせる良い機会だった。およそ立法府の議論の下書きを行政府の官僚にやらせる事は三権分立の建前からしておかしい。立法府が行政府の手のひらに乗ってしまうのはそのためだ。野党も重箱の隅をつつくような質問をやめて政治家としての大臣の識見を問うようにすれば、官僚作成の答弁書など要らなくなる。役人に聞かなければ分からないテクニカルな問題は国会審議でなくとも質問主意書で十分に行える。
ところが「居酒屋タクシー」問題はそのような方向の議論にはならなかった。役所は速やかに非を認めて直ちに大量処分を発表した。処分されたのはノンキャリアの職員たちである。これで「居酒屋タクシー」問題は一件落着し、メディアは官僚機構に一矢を報いた気分になった。しかし何を目的にこの問題が顕在化し、問題解決の背後で何が動いたのかは未だに分からない。結局は官僚機構の小さな是正に終っただけだ。とにかくこまごまとした小悪情報に目を奪われて悲憤慷慨ばかりしていると大きな悪を見逃す事をメディアは肝に銘ずる必要がある。
(田中良紹)