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http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20080606-01-1501.html
霞が関に「政策立案」を任せるな
2008年6月6日 フォーサイト
たとえ政権交代が実現しても、政党の官僚依存は変わらない。「民」の力を強化し、欧米並みの「政策リスクヘッジ」を模索する時だ。
イージス艦漁船衝突事件、社会保険庁の年金問題、守屋前防衛省事務次官問題など、官僚制度のあり方が厳しく問われる出来事が次々に起こっている。第二次大戦後から高度成長期まで驚異的な成功を収めたわが国の官僚制度が、現代において機能不全に陥っているのは明らかだろう。今の官僚バッシングは、起こるべくして起こっているのである。
しかし、社会の構造が変わっていない以上、行政=官僚機構が担う役割は今でもきわめて大きい。たとえば、現在の野党第一党である民主党が次の総選挙で過半数を獲得し、政権交代が起こったとしよう。この場合、民主党は誰に政策立案能力を頼るのだろうか。それは、やはり現在の官僚機構しかない。明治以降現在まで、わが国で政策立案能力を持つ組織は行政以外にはないのである。
だが、それでは、政権交代をしたとはいえ、従来の官僚組織が政策立案をするのだから、時代の要請に応えられるかどうかは甚だ疑問である。では、一体どうすればいいのか。処方箋の一つは、国家の行政機構以外、つまり「官」以外の「民」の中に政策立案能力を持つ機能を作っておくことである。欧米では当たり前のように行なわれていることだ。
米国でのシンクタンクの役割
政権とのかかわり方、資金の流れ方から考えると、「民」を強くする仕組みは、米国型と欧州大陸型の二つに大別される。
まず米国での政策立案を支えるシンクタンクのあり方を見る上で、代表的な例としてブルッキングス研究所の成り立ちを見てみよう。
実業家ロバート・S・ブルッキングスは、第一次大戦の勃発により設立された「戦時産業評議会」に参加した経験から、政府の行政官が意思決定を行なう際、手許にある経済データがあまりに乏しいことを知り、また、政府の経済活動の無駄に多くの不満をもっていた。彼はそれらの問題克服のため、私財をなげうって一九一六年に民間独立のブルッキングス研究所を設立した。
米国にはこのほか、アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所(AEI)、ヘリテージ財団、アーバン・インスティテュート(UI)、外交問題評議会(CFR)、戦略国際問題研究所(CSIS)など、政策立案能力のある民間非営利独立型シンクタンクがいくつもある。
シンクタンクの多くは超党派が建前だが、程度の違いこそあれ政党色がある。たとえば、AEI、ヘリテージ、CSISは共和党、UI、CFRは民主党に近い。ブルッキングスは以前は民主党系だったが、最近は中道と言われることも多い。
立案された政策は、実際に政府の政策となる。ヘリテージ財団が作成した千ページに及ぶ政策集『リーダーへの指南書』は、税や規制から犯罪対策、国防までのあらゆる政策を網羅し、その約六割がレーガン政権で採用されたといわれる。また、独自の政策代替案を引っさげ、政権との個別の関係を通じてシンクタンクから政権入りする人材も多い。たとえば、日本でも著名なマイケル・グリーン氏は、CFR上席研究員→ホワイトハウスの国家安全保障会議上級アジア部長→CSIS日本部長と、政権とシンクタンクの間を行き来している。行政のみに政策立案を頼っている日本との違いだ。
そのうえ米国では、行政機関が外部機関の専門性を活かすために研究委託をしたり、国立科学財団(NSF)のように、議会により設立された独立した連邦機関で研究助成を行なう例もある。また、省庁の長官の裁量で、新規事業予算の一%の資金を保留し、その事業の中身が有効かどうかをチェックすることができる一%政策評価保留条項がある。この資金も政策研究産業、特に民間のシンクタンク業界の隆盛に寄与している。
これらのシンクタンクの活動を経済的に支えるのが、多くの助成財団だ。米国には寄付の文化があり、個人の寄付で多くの非営利活動や民の公的活動が支えられている。様々な条件はあるが、寄付に対しては課税からの控除が認められている。日本の年間寄付金額五千八百二十億円(企業八六・五%、財団八・九%、個人四・六%)に対して、米国は三十一兆二千三百六十億円(企業五・三%、財団一一・五%、個人七六・五%、遺贈六・七%)にのぼる(二〇〇五年)。特に個人寄付のあり方に大きな違いがある。
最も規模が大きい助成財団は、マイクロソフトの創設者ビル・ゲイツ氏と夫人が作ったゲイツ財団で、資産額は約三兆円。さらにこの財団には、著名な投資家のウォーレン・バフェット氏から四兆三千億円の私財寄付が決定している。このような助成財団から、民の非営利団体などに流れる年間の予算規模は、数百億円を超えることもある。
これらの助成金が、民間機関の社会的活動や政策研究に多様性と先進性を与えている。米国でも行政からの助成金は存在するが、これら助成財団からの資金供給があるがゆえに、資金の受け手である民間機関の行政への依存度は相対的に低くなり、独立性が高められる。
こうした助成財団の数は全米で二万六千を超えると言われるが、十位のロックフェラー財団でさえ資産約三千八百億円。純粋な助成財団として日本で最大規模の笹川平和財団の基金は八百二十億円に過ぎない。
税金で「民」を支える欧州型
民間シンクタンクが政策立案能力を持つのはヨーロッパ諸国も同様だ。たとえばドイツでは、ドイツ経済研究所をはじめとする経済関係の研究所や、国際政治安全保障研究所などの国際関係・安全保障の政策研究機関、さらに政党に近い財団などがある。
ドイツの研究機関は終身雇用が一般的で、研究者が政治任用などで政権に入ることはまれである。この点、シンクタンクに身を置いた人間がしばしば政権に入ることがある米国とは異なる。
ただ、それらの研究機関の成果は実際の政策論議や政府の政策立案の材料になるのが一般的であり、外部の多様な専門家の意見が実際の政策立案に活かされている。
たとえば八〇年代、ドイツ経済研究所はデマンドサイド経済学の考え方に基づく政策を重視したのに対して、キール大学世界経済研究所はサプライサイド経済学の側に立った。この二研究所を両極端に置き、他の研究所がその間に位置する形で激しい論争を戦わせた。
主義主張の違う複数の研究所が存在することで、政策論争が生まれる。それが実際の立案の前段階となり、最終的な政策形成に影響を与えることになる。
またドイツの研究所の場合、研究所自体は政治的立場をとっているわけではないが、研究所のトップと政党との関係によって、政治との関わりにおける濃淡が変わる。たとえば、キリスト教民主同盟のコールが首相の時には、同党系の人物がキール大学世界経済研究所のトップだったので、同研究所に助言を求めた。
こうした研究所は、財政的には税金で支えられている。ドイツでは行政が直接関与できない形で、税金が民に流れる仕組みが確立している。
まず、中央・地方政府が徴収した税金の一部が、独立機関である「科学評議会」に流れる。同評議会は、社会の様々な層を代表する委員から構成され、研究企画の審査や研究機関の評価を行なって資金提供を決定し、各研究機関に資金を流す。資金は政策研究だけでなく、あらゆる分野の民間の公的研究機関に流れる。
このほか、ハンガリーでは九六年に、所得税のうち特定の割合(たとえば一%)を、納税者が自ら選択した民間の公益機関に提供できるという試みが始まった。これは「パーセント法」と呼ばれ、その後、スロバキア、リトアニア、ポーランド、ルーマニアなどの中東欧諸国に広まり、若干の制度の違いはあるが、ほぼ同様の法律が成立しており、さらにその他の国々にも広がる勢いをみせている。
このような資金の流れだけでなく、米国、英国、オランダ、ドイツなどでは、社会の問題解決のためや社会に配慮した活動向けの融資(ソーシャル・ファイナンス)を行なう機関・団体や銀行、制度もある。
欧米では、このように多様な資金の流れをつくり、民が政策研究を含む社会的活動を行なえるようになっている。これによって、行政ではできない活動を補完し、分野によっては行政以上に優れたパフォーマンスをする民の活動も出てくる。さらに、現在の仕組みが行き詰ったとき、それを克服できるアイデアや人材が成長し、プールできるようになっている。このシステムにより、社会のリスクヘッジができているのだ。
日本でも、本来は民の寄付により民の社会的活動が支えられるべきだと思うが、筆者の経験からすると、短中期的には、多くは期待できない。当面は欧州のように税金の流れを変え、民に流れるようにすべきだと考える。その際に、その資金になる税の分配は、行政や官に任せるのではなく、官から独立した形、たとえば立法機関にそれを運営する組織を設置し、多元的観点を社会に担保できるような形で運用し、民を強化するようにすべきではないだろうか。
わが国の行政機関が曲がり角に来ていることは明らかだが、民を強くする仕組みを作ることで、現在の霞が関依存からの脱却を図る時期に来ているのではないだろうか。またこの仕組みは同時にまともな官僚OBにも活躍する場を与えることにもなり、官僚制度や行政の改革にも繋がるのである。
筆者:シンクタンク2005・日本 事務局長 鈴木崇弘 Suzuki Takahiro
一九五四年生れ。東京大学法学部卒業後、米研究教育機関イースト・ウエスト・センター、ハワイ大学大学院等に留学。東京財団研究事業部長、大阪大学特任教授などを経て自民党系の現シンクタンクに。主な著書・訳書に『日本に「民主主義」を起業する――自伝的シンクタンク論』『アメリカに学ぶ市民が政治を動かす方法』(監訳・共訳)など。
フォーサイト2008年4月号より
※各媒体に掲載された記事を原文のまま掲載しています。