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スティグリッツによる日本経済再生の処方箋
http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/Readings/stiglitz.html
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以下は日経新聞2002年5月9日朝刊の経済教室「日本経済再生の処方せん――ノーベル賞経済学賞スティグリッツ氏に聞く」からの抜粋。「」内がスティグリッツの発言で【】内は引用者によるコメント。
ジョセフ・スティグリッツについては「世界経済危機でわたしが学んだこと」や「靴を履かない子は教授にしてあげません」が非常に面白い。さらにスティグリッツの著書『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』 (鈴木主税訳、徳間書店、 2002.5) は必読である。スティグリッツ曰く、
痛みに耐えても状況はよくならない
これはスティグリッツがIMFが危機に陥った国に押し付けた政策を厳しく批判するために使った言葉である。これと某国の某首相が "No pain, no gain" と言ったという話を比べてみよ。
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長期低迷の異常な状況
「潜在成長率を大きく下回る状態がこれほど長期化している点が最大の問題だ。」【この発言からスティグリッツは“日本経済の潜在成長率は1%台に過ぎない”という考え方を否定していることがわかる。】
「デフレの問題は非常に重要だ。日本をはじめ各国の懸念の対象は長らくインフレであり、経済学の思考パターンもインフレを抑制する方途に感心が集中していた。しかし、デフレの方がはるかに破壊的効果を伴う。デフレにより年々、負債が実質的に膨らんでいくため、黙っているだけでも政府、企業両部門ともバランスシートの内容が劣化していく。」【スティグリッツはさらに19世紀末のアメリカにおけるデフレを巡る論争と日本の徳川時代における八代将軍吉宗のデフレ対策を紹介している。】
「昨年、私と一緒にノーベル経済学賞を受賞したアカロフ教授も最近の研究成果の中で最適なインフレ率が存在すると主張している。それはゼロ以上の数値であって、ゼロではない。」
3%程度の物価上昇を
「インフレ目標は興味深い考え方だ。日本で議論されている目標は最低限のインフレ率の実現をめざすもので、インフレが行進しないように上限を目標に据えた他国のケースとは異なる。例えば三%程度のインフレ率を目標にするのが良いのではないか。」【スティグリッツはデフレ対策のためのインフレ目標政策に明確に賛成の立場である!】
「金融当局がいまだにインフレに対する警戒を解いてないことが驚きでもあり、いささか不満でもある。問題の焦点はデフレなのだから。」【日銀批判。もちろん驚いているのはスティグリッツだけではない。】
「ゆるやかな金融緩和、つまり少量の紙幣増発はデフレを打ち消す。ゆるやかな緩和など不可能だという主張があるが、そんなことはない。少量の紙幣を増発すれば、わずかだけデフレを食い止められる、それだけだ。目標のインフレ率を実現できるところまで紙幣を増発しよう。こう発想すれば良い。」
「増発された紙幣は消費を刺激せず、インフレにつながるだけだとする、矛盾に満ちた主張も一部で見受けられる。消費に回らなければ、どうやってインフレを促進することになるのか。」【日本におけるデフレ対策としてのインフレ目標政策への反対論が混乱していることをスティグリッツも指摘している。】
金融リストラ 時期が不適当
「問題があるのは金融部門のリストラ (事業再構築) だ。短期的には経済が必然的といっていいほど悪化せざるを得ない。」
「企業が苦境に陥れば不良債権が増大する。ある金融機関が十件の貸し出しを見直せば、不良債権が五件増えるという具合に、際限のない抗争のような状態になる。その果てにリストラがまだまだ徹底していないとの批判を受けることになるが、そもそも不況下では十分には実行し得ないのだ。」
「需要全体を押し上げて企業が利益を上げられるようにする。債務者が借り入れの返済をして利益を確保でき、銀行も返済を受けて経営内容が改善するような方策、つまりどうしたら成長を刺激できるかを問うべきであって、どうしたら銀行界をリストラできるかを問うては駄目だ。それは永遠に勝ち目のない戦いを挑むようなものだ。」【スティグリッツによれば“永遠に勝ち目のない戦い”を好んでいる人たちが日本にたくさんいるということになる。】
円安誘導の追い風必要
「円レートを引き下げることが、日本経済が成長を取り戻すために追い風になる。日本を訪れる外国人の大半は円が過大評価されていると感じている。」【なぜか日本にも円安に反対している人たちがいる。】
「米国は、日本が経済成長を取り戻すことが世界の安定につながり、米国自身にとっても好ましいことを認識すべきだ。日本の経済が回復していく過程で発生する事態に対して、米国は報復してはならない。」【アメリカの報復以前の問題として、日本国内でのヒステリックな円安反対論をどうするかという問題がある。】
設備投資も減税で刺激
「米国の財務省は日本に対して減税は恒久的でなければ意味がないという浅薄な理屈を根拠に、減税の恒久化を求めている。しかし、それだけでは誰も、本当に減税が恒久化するとは思わない。むしろGDPに占める公的債務の比率の高さを考えれば、いずれその負債を処理しなければならないのだから、恒久減税などあり得ないと考えるのが道理だ。」【スティグリッツは、今の日本では恒久減税は現実的に不可能だし、効果もないと考えている。】
「時限的な措置の効力を高めるためには二つの方策がある。」
「まず、第一の方策として消費税を減税の対象にすることだ。これは、経済全体でバーゲンを実施するような効果が期待できる。今後二年間は消費税を引き下げるので、その間にどんどん買い物をしてくださいというわけで、これなら疑ってかかる人は出ないだろう。」【スティグリッツは恒久的な減税を提案しているのではないことに注意! 一時的に消費税率を下げてしばらくしたら上げるという政策はインフレ期待を高める効果がある。すなわちインフレ目標政策と整合的である。この点は『週刊現代』2002年6月1日号に掲載のインタビューの方が明確である。該当部分の引用については補足1も参照せよ。】
「第二の方策として提言したいのは、投資に対する税額控除だ。計画を上回って投資を実施した場合に、投資額の一〇、二〇、三〇%相当額を控除する。ここでも消費税の場合と同様、次元的な措置は投資財に対するバーゲンとみなせる。これなら企業は投資に動く。」
【スティグリッツによる提案は小泉政権の税制改革論議の内容を正当化するものではないことに注意しなければいけない。最近の税制改革論議に関係した議論については「最近話題の“税制改革”について」「八田達夫による消費税批判」を参照せよ。】
アジア経済統合推進を
【スティグリッツは「円圈」だとか「アジア共通通貨」のようなトンデモな主張をしているのではない! スティグリッツは、アメリカの保護貿易主義の害から逃れて経済発展するための方策としてアジア地域で現実的な多国間協定を結ぶことをすすめている。スティグリッツによるアメリカのダブル・スタンダードに対する批判は "World must fight US steel tariffs" (ST APRIL 26, 2002 FRI) にもある。「世界経済危機でわたしが学んだこと」も参照せよ。】
「日本の近隣国は急速な成長を遂げているのだから、地域統合は日本経済を大きく押し上げる効果があるだろう。地域統合が進展すれば、七−八%の成長を続ける巨大な中国経済の波及効果を域内のメンバーが亨受することになる。」【スティグリッツは日本の一部に見られる“中国の経済発展は脅威である”という考え方と正反対の主張をしている。】
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インタビューの原文が読みたいですよね。スティグリッツは正義感が強く、率直に意見を述べる人なので、実際にはもっと強くてわかり易い言い方をしている可能性が高い。このインタビュー結果は英語では報道されてないのかな?
スティグリッツの提案 (特に3%程度のインフレ・ターゲティング) に反対している日本の関係者は是非ともスティグリッツ自身と英語で直接に論争して欲しいものだ。
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補足1
『週刊現代』2002年6月1日号の50-53頁にスティグリッツのインタビューが掲載されている。スティグリッツがインフレ・ターゲット導入と同時に行なうことを提案している一時的な減税の主旨は『週刊現代』のインタビューの方がわかりやすい。その部分を以下に引用しておく:
――では、あなたが竹中経済財政担当相の立場にいたら、日本政府は円安誘導を行い、インフレ・ターゲットを実施すべきだと小泉首相に進言しますか。
スティグリッツ インフレ・ターゲット導入を発表して、日本はデフレからインフレに向かうことを発表すれば、円安に向かわせる効果はあります。他に景気を刺激するような政策減税を行うのです。かつてクリントン政権時代に効果があったのが、企業がそれまで予定していた額より投資を増やせば投資額の一部を政府が一定期間だけ負担するという政策でした。それともう一つ考えられるのは、消費税を一時的に下げることです。
――消費税の引き下げですか。
スティグリッツ 一時的に引き下げると発表するのです。自動車などの高額商品に限定するということでもいいでしょう。この1〜2年以内に買えば消費税分の5%を割り引きにするのです。将来に不安があったとしても、自動車は必要なものだから消費は活性化されるはずです。その際に全体の予算を変える必要はありません。他の税金を考え直せばいくらでも方法は出てきますが、重要な点は景気を刺激するような形で税制と財政のバランスを考えるべきだということです。
(スティグリッツ、『週刊現代』2002年6月1日号、 51頁より)
他の点においても『週刊現代』2002年6月1日号と日経新聞2002年5月9日朝刊に掲載されたインタビューにおける日本の経済政策に関する提案は等しい (以下は『週刊現代』2002年6月1日号からの引用):
「為替を円安にして輸出を促進」
「インフレ率の下限を設定し、インフレを2ないし3〜4%に引き上げることが日本の中央銀行の責任」
「景気の停滞期とデフレの時期には構造改革、特に金融機関の改革は非常に困難です。不良債権を処理すれば倒産する企業が増えるために、さらに不良債権が増えます。そしてまた貸し渋りが起きます。それによって経済はさらに悪化し需要は低下します。そうすると終わりの無い悪循環に陥ってしまいます。」「いかに経済を完全雇用に近づけ、総需要を刺激するか、という問題から着手するべきです。その過程のなかで構造改革を進めるのです。……そこで、政府は構造改革で失業が生まれた場合に、経済成長によって吸収できるようにしなければならないということです。構造改革をマクロの総需要とのバランスをとりながら行うことが重要だというのはそういうことなのです。」
以上のスティグリッツの考え方は日本でインフレ・ターゲティングの導入を提案している識者の考え方に等しい。正反対の論者たちは、円安は好ましくない、下限がプラスのインフレ・ターゲティングの導入などトンデモない、失業・倒産がどんなに増えたとしても徹底した構造改革によってハードランディングを目指すべきだ、などと主張している。これらの主張に反対している人たちにとってスティグリッツは強い味方である。
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