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08/05 14:51
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人口の都市への集中が加速しています。三大都市圏に住む人口が半分をこえたそうです。三大都市圏以外で人口が増えたのは福岡だけです。そして37の県で人口が減りました。統計にはありませんが、おそらく、それらの県の中でも、田舎から都市部への人口の移動が続いているのでしょう。
これは、国民が都会生活に憧れているからというような事ではなく、生産性の高い所が人を引き寄せているのです。経済原則から見れば当たり前の事なのです。確かに都市の生活は魅力がありますが、コストが高く、狭い家や通勤地獄など不便もあります。生活だけみればどちらが良いかは人それぞれでしょうが、生産性の高い産業が人を引きつけるのです。地方の人はより高い収入を得るために都市部に移ります。昔の第一次産業の時代は地方の生産性の方が都市部より高かった事もあったでしょう。都市部では大店の持ち主以外は安い日雇い労働や丁稚奉公、小商人、職人くらいしか仕事が無かったのに対して、地方では米を作り、魚をとり、林業を営み、江戸時代までは国の富みの殆どを造りだしていました。(その殆どを武士にとりあげられていましたが、生産性は高かったのです)
所が世は第二次産業から第三次産業に移りました。こうなると、資本、技術、情報が集積する都市部の方が生産性が高くなりやすいのです。
しかし、考えてみれば生産性とは何かと言いますと、新たに創った附加価値を労働人口で割ったものでしょう。そうすると、第一次産業でも生産性を上げる方法は幾らでもあるのです。日本の農業の生産性が低いのは、附加価値(この場合、生産物)に対して労働人口が多すぎるからです。実に単純な事なのです。なぜ労働人口が多すぎるかと言いますと、農家あたりの耕作面積が小さすぎるからです。美しい棚田を見ても分かるでしょ。小さな面積があぜ道によって分けられていて、所有権が複雑に入り組んでいます。あれは農地解放の時に大地主から配分された時のままなのでしょう。他の産業がどんどん合併、淘汰、大規模化を繰り返して来た時代に、農業だけは、60年前のままで固定してしまいました。生産性が低いのは当たり前ですね。そして、全国に埼玉県の大きさの遊休農地があるのですから、農業分野で国は発展の為の何の政策もせずに、60年前のままの状態で固定化してしまいました。
こう考えると人口が地方から都市に流出するのは当たり前です。しかしそんな事でよいのでしょうか?せっかく素晴らしい国土があるのに、極端に生産性の高い場所と低い場所があるというのは国力という意味では決して良いわけではありません。土地神話というのが昔ありましたが、土地というのは資本財の中では主役の一つです。生産というのは資本と労働によりなされますが、資本の中心は生産設備です。その生産設備を設置する場所が土地なのですから、遊休土地や使っていても生産性の低い使い方をするのはもったいない話です。まして、日本の地方の土地は、急峻な山岳を除いたら、農業や工業、その他産業の大抵の事につかえます。インフラも充分できています。
ですから、政府がやるべき事は地方に生産性の高い産業をつくる事です。農業の大規模、ハイテク経営もその一つです。道州制の導入による、役所と産業の分散も重要です。確かに現状は都会に生産性の高い産業が集中していますが、必ずしも都会でなければ生産性の高い産業が出来ないわけではないのです。アメリカの大企業など、殆どは地方の郊外に本社をおいています。NYに本社を置いている会社などほとんどありません。事務センターやコーリングセンターなど都会ある必要のない設備は幾らでもあります。なぜなら、地方の方がコストが安いからです。コストが安く生産性が上がれば、利益追求の面でも、競争力維持の面でもそちらの方がよいにきまっています。日本の会社の利益率が低い一因はみんな東京のようなコストの高い所に本社や事業所を置いているからではないですか?もしも経営者や従業員が、自分たちの生活に便利な東京に事務所を置きたいなどという動機で東京から離れられないとしたら、株主に対する背任です。
このまま放って置いたら日本は三大都市圏や一部の地方の大都市とあとは、姥棄て山という過渡期を経て、だだの原野に戻るのかもしれません。農業も大都市近郊の農業くらいしか残らない可能性があります。そうならない前に政府は抜本的な手を打つべきです、自民党でも民主党でもよいですから、そういう事を政治目標に上げてほしいものです。