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http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20080404/152229/?ST=print
GDPに違和感あり
* 2008年4月22日 火曜日
* 宿輪 純一
2007年10〜12月期のGDP(国内総生産)改定値は、物価変動の影響を除く実質で前期比0.9%増、年率換算で3.5%増となった。2月に発表された速報値に比べ0.2ポイント下がったものの、この数字には多くの方が違和感を持ったのではないだろうか。昨年末まで日本経済は比較的高い成長率を達成していたことが確認された格好になったからだ。
景気の良し悪しや経済成長率を示す指標は、一般的にGDPの伸び率を指す。日本のGDP伸び率は、1960年から75年までが約9%、75年から 90年は約4%だったものの、90年から最近まではマイナス成長の時期もあり、おおむね約1%台で推移してきた。つまり実質3.5%成長というのは、最近では大変な好況期の数字なのだ。
現在、実質3.5%という伸び率は、他の先進国と比べても極めて高い。あまり知られていないものの、先進国のインフレ率の目標は2%と言われ、インフレ率を加味した名目GDP伸び率の標準的な目標は3%とほぼ決まっている。この名目伸び率3%とインフレ率2%を簡単に差し引いて計算すると、実質成長率1%となる。これらの数字が先進国の標準的な目標と考えられている。
また、日本では株価が低迷している。景気の良さを実感として感じている人は少ないだろう。しかも大田弘子経済財政担当大臣が今年1月に自ら「もはや日本は『経済は一流』と呼ばれるような状況ではなくなってしまった」と発言をし、内閣府も3月に「踊り場入り」と素早く判断を下しただけに、なおさら狐につままれたのではないか。なぜこんなことが起こるのだろうか。そこで今回は、経済成長率の数字とは逆に感じる景気について考えてみたい。
景気とGDP成長率が違ってしまうワケ
景気の良し悪しを示す指標として使われるGDPとは、簡単に言えば日本国内で「どれだけモノが買われたか」を示す。GDPのうち、モノを買った人が誰なのかを調べてみると、どの国でも個人と企業、政府などの構成比率がだいたい決まっていることが分かる。
日本では6割を個人などの家計が占めていて、企業は2割、政府は1割だ。ちなみに米国は個人の割合が7割もある。消費性向が高く、世界最大の消費国である米国は個人がモノをよく買う。それがGDPにも反映されているわけだ。
ところが日本の実質経済成長率が年率換算で3.5%にも上ったのは、個人がモノをたくさん買ったからではなく、企業分野の設備投資と輸出が伸びたためと言われている。とりわけ設備投資のうち、輸出向けの設備投資が伸びた。企業がトラックなどの自動車や、ソフトウエア、機械の購入を増やした。結局、輸出頼りの数字だったと見られている。
企業が投資を行って1億円を使うと、その支出がGDPに反映して瞬間的にGDPは伸びる。つまり3.5%という数字が出たのは、企業活動のためだ。個人消費が伸びたためではないので、GDPの伸び率ほど景気の良さは実感として感じられない。
しかも家計は所得の伸び悩みと、石油をはじめする物価の値上がりで消費の増加は望みにくい。さらに投資で儲けたくても、株価低迷や円高進行によって対外投資の実質利回りが低下して、儲けるのが難しくなっている。
そこでGDPを増やして景気を良くするには、どうしたらよいか。GDPのうち、家計は6割も占める。もし仮に一人ひとりが消費を1%ずつ増やせば、GDPは約0.6%も伸びる。もし5%増やせば、それだけで日本のGDPは3%も増える計算になる。つまり、その分だけ景気は良くなる。家計が月平均 20万円の所得があると仮定すると、その1%は2000円。
しかし、この1%の伸びすら期待できないのが日本の現状だ。その原因は心理的なものが無視できない。いわば人々の気持ちが沈んでいる。つまり人々の気持ちに対する政策が必要なのである。
人の気持ちは、将来予想に左右される。もっとストレートに言えば、将来所得が伸びることが分かっていれば、お金もいっぱい使う。「明日は今日よりも良くなる」という感覚がカギを握る。
日本の景気は心理に左右されやすい
日本語の「景気」という言葉の意味は、もともとは文字通り「気(気持ち)」の「景(ありよう)」で、心理的な面を表している。日本語で景気という言葉が登場するのは、鴨長明の「方丈記」(1212年)と言われる。
「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しく止まる事なし」と流れるような名文で始まる方丈記は、「枕草子」「徒然草」とともに3大随筆の1つとして知られる。
鎌倉時代の不安定な世の中で、いくつも発生する地震・飢饉・火災などの厄災の様子、そして方丈の生活が描かれ、景気という言葉は「山中の景氣、折につけてつくることなし」と、見る者の心理的な気持ちの入った様子や雰囲気として登場し、経済的な意味は薄かった。つまり日本語の景気とは、もともと心理的なものから発生している。
ところが英文の海外の経済紙や経済雑誌を読むと、英語で景気とは“Economic Conditions”とか、“Business Condition”という。日本語のいわゆる景気とは少し意味合いが違う。英語の景気は心理的なものというよりも、クールな数字に近いものだ。
経済やビジネスの状況と直訳した方が分かりやすい。しかも最近の経済学では、人々の心理を重視する「行動経済学」という分野がようやく登場した。欧米的発想と古くからある日本での景気とは、もともと誕生の経緯が異なる。それは英語で“How are you?”という日常の挨拶が、日本では「景気どう?」と言うことからも違いは歴然ではないか。それだけ日本人の景気の感覚は、心理に左右されやすいという見方も成り立つ。
米国のサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)の問題で、日本の株価が米国以上に下がっている原因の1つに、経済政策を決定する国会の空転が理由に挙げられる。小泉純一郎元首相は経済改革を強烈に打ち出して、投資家に心理的に成長への期待を持たせた。しかし現在は政策の検討すら着手できない。これでは成長の期待どころではない。
経済成長は教育から
日本人の気持ち、とりわけ「明日は今日よりも良くなる」という感覚が失われている原因は何だろうか。日本の人口が増加しないことが経済成長を抑えているという見方も多い。しかし筆者は、実はそうではないと思う。
実際には、労働力になれないニートが多数存在し、中高年の雇用も進んでいない。つまり企業の求める人材とのギャップが広がっていることの方が問題は大きいと考える。雇用ギャップを埋めるには、現在、労働に従事できていない人材が再び教育を受けて企業に採用される、あるいは起業する機会を増やすしかない。
小泉純一郎政権が進めた構造改革のお手本は、英国のサッチャリズムや米国のレーガノミックスと言われている。サッチャリズムもレーガノミックスでも、力を入れた政策の1つに、教育改革があった。実は、教育改革こそが不況からの脱出の要因とも言われる。
ところが日本では、米英とは逆に「ゆとり教育」に向かった。現在そのツケが回ってきている。最近でも日本の教育予算は減額され続けている。通常の経営的発想では力を入れる分野の予算は増額しなければならないのに減らしてしまった。
とりわけ教育改革では、社会人向けの継続教育の機会こそが大事であると筆者は考える。お手本となった国では、社会のどの階層の人に対しても低コストで教育を施していった。
様々な年代の人も学べるような職業訓練や、専門的知識の習得、より高度な教育機関まで整備した。そうした施設を高校にも設置して、アクセスを容易にする工夫も凝らされた。こうして社会人は教育を通して成長し、それが企業・経済の成長に結びついていった。
もちろん日本でも継続教育を行う大学は最近増えてきているが、現状の社会人教育は、個人の経済的負担が大きい。しかも、いったい何を勉強すればよいのか分からないという状態だろう。
中国が元気な理由も教育に
日本ではあまり知られていないが、筆者が以前講義を行った中国の清華大学の大学院には「継続教育学院」があった。実は、中国では特に高度な教育に力を入れている。中国全土から社会人が集まってきて、週末に勉強していた。筆者も社会人の学生を相手に講義をしたことがある。質問をしてきた学生にどんな仕事をしているのか聞いてみると、福建省の中小企業育成担当官だと言っていた。本当に中国全土から学生が集まってきていたのである。
中国の継続教育の目標は「自主創新」。自らのイノベーションを求め、成長への期待が感じられた。教育によって自らの成長の道筋が見えてくれば、心理的にも余裕も出る。なぜ中国があんなに自信満々なのか何となく分かる気がした。
一国の経済を身体に例えると、個人はその細胞とも言える。しかし今の日本は、それぞれの細胞の活性化が必要なのではないか。自ら身体を動かし、体力づくりが必要なのである。人間は機械ではないので、本当の経済政策は人の心理的状況を改善していくことから始めなければならない。
それが教育だ。教育こそが、最も大事な経済政策と筆者は信じている。そう考えると「経済は一流ではない」と言いながら、予算措置で教育改革に力を入れない政府のあり方は、日本経済の成長にとって逆効果ではないだろうか。
(本稿は個人的な意見であり、特定の組織とは全く関係ありません)
(参考文献)
『実学入門 社長になる人のための経済学―経営環境、リスク、戦略の先を読む』宿輪純一(日本経済新聞社)
『円安vs円高―どちらの道を選択すべきか』藤巻健史・宿輪純一(東洋経済新報社)