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米中央情報局（ＣＩＡ）のナショナル・インテリジェンス・オフィサー（ＮＩＯ）は、国家情報官と訳される。世界最大の情報機関である「ザ・カンパニー」ことＣＩＡは、大別して長官官房（略称、ＯＤ）、秘密作戦局（ＤＤＯ）、実務管理局（ＤＤＡ）、情報局（ＤＤＩ）、科学技術局（ＤＤＳＴ）によって構成されている。
政権の政策決定のための情報分析・評価に責任を持つＤＤＩは、世界各地に駐在するＣＩＡ要員が収集した一次情報をＤＤＯを通じて整理・分析し"完成品"に仕上げ、国防総省（ペンタゴン）傘下の国防情報局（ＤＩＡ）など他の政府情報機関（インテリジェンス・コミュニティ）に対してだけでなく、必要とされるあらゆる政府機関に情報提供するのが任務だ。
分けてもナショナル・インテリジェンス・オフィサーの果たす役割は大きい。ＤＤＩが作成する「国家情報評価（ＮＩＥ）レポート」は、大統領が議長を務めるホワイトハウスの国家安全保障会議（ＮＳＣ）のメンバーに配布される。大統領はワシントンに滞在する限り、毎朝一番に大統領執務室（オバール・ルーム）で国家安全保障担当大統領補佐官とＣＩＡ長官から、そのＮＩＥレポートをもとにその時々の国際情勢に関わる懸案事項、例えば最新のグルジア情勢についてブリーフィングを受ける。これが、大統領の一日の最初の仕事である。そのＮＩＥレポート作成の実務責任者が、情報局（ＤＤＩ）国家情報評価部所属の分析官であるＮＩＯなのだ。
四半世紀ＣＩＡに在籍したアーサー・ブラウン氏（５８）は、退任した２００５年まで東アジア担当国家情報官のポストにあり、それまでも韓国のソウル支局長など北東・南東アジアの主要都市でＣＩＡ支局長を歴任、さらに秘密作戦局（ＤＤＯ）アジア部長も務めている。まさに絵に描いたような"ザ・カンパニーの人間"である。因みに、ＣＩＡに入る前、サンフランシコ州立大学在学中、熊本大学に留学した同氏の当時の専攻は日本文学（夏目漱石）である。日本問題にも通暁するプロの中のプロなのだ。
以下は、そんなブラウン氏との一問一答である。
― 金正日総書記の健康状態は、本当のところはどれだけ深刻なものですか。
ブラウン（以下、Ｂ） 「北朝鮮において金正日の健康状態は核開発問題以上のトップシークレット。それを正確に知ることは誰にもできない。様々な情報を総合して分析すると、８月中旬に金正日は脳に深刻な問題、脳卒中か脳溢血になったと考えられる。部分的な四肢麻痺に陥っているのではないか。公共の場に姿をみせることができないレベルなのだろう。韓国筋は、彼が倒れたのは８月２２日と発表したが、それよりも少し早かったのではないか。もし彼が手術を受けたならば、即ち、開頭手術をした場合、事態はいっそう深刻といえる。再び北朝鮮を統治できる健康状態にまで回復できるか、大きな疑問符がつく」
― 通常こうした脳性疾患では、最初の１時間の処置が決定的な意味をもつと言われています。
Ｂ 「そう、一日二日経ってからだと深刻なダメージをもたらす。私は、中国の３０１軍事病院から派遣された医師チームが到着するまでに二、三日間かかったとされる。というのは、金正日の専属医師団――彼らはおそらく事実上の妻である金玉に相談したと思われるが――容体の深刻さを判断するのに一定程度時間を要したはずだ。金正日の健康状態を中国側に知られることには神経質にならざるをえない。判断を下せる唯一の人物である金正日が昏睡状態にあったとしたら、なおさら周囲がどうすべきか迅速な判断を下すのは難しい。その後、中国当局に連絡を取り、医師の到着を待って、必要な診断・治療環境を整える・・・私が言いたいことは、その場合、金正日は必要な「緊急処置」を受けられなかった可能性があるということだ。そうなると病状はより深刻だ」
― 中国は金正日の容体についての詳細な情報をもっていると思うが、それを米国とシェアすることは？
Ｂ 「私の経験では、彼らはその一部しか米側に流さない。今回の事件は中国にとってどのような意味をもつのか、それを彼らが見極めるまでは情報を公開・共有することには用心深い姿勢をとり続けるだろう。こうした事態を想定して中国はその準備をしていた、という声もあるが、私にはそうした準備が真剣に検討されていたとは思えない。誰もこのような事態に対処する計画などもっていなかった、と見ている」
― １９９４年に金日成には亡くなったが、その２０年前の７５年に息子である金正日を後継者に指名しています。では、金正日の後継者問題について聞きたい。長男の金正男と二男の金正哲の両説がありますが、どう見ていますか？
Ｂ 「何らかの権力交代（Power changing）が行なわれる可能性が高いとは言うことができるだろう。では、誰が後継者となるのか。ファミリーメンバー四人のそれぞれにプラスとマイナスがある。金正日の最初の妻との間に生まれた娘・金雪松（１９７４年生まれ）は母親を亡くしてサポーターがいない上、北朝鮮で女性がトップに立つのは難しい。可能性は限りなくゼロに近いだろう。かつて一時期、金正男が最有力候補だとみなされていたが、彼は「不真面目」「リッチなプレイボーイ」といったイメージが定着してしまった。実際、彼は利発さに欠けるし、だらしがないように見える。成田事件が決定的な契機となって、一定期間彼が権力から遠ざけられたのは事実です。ただし、金正日は正男の男らしい部分を愛してもいる。
逆に、正哲に男らしさが欠如している点を嫌っている。しかも、２７歳と若すぎる。北朝鮮では、本人よりもその息子の権力継承のために奔走する母親が大事な役割を果たす。だから我々（情報機関）は母親の動静を注意深く観察する。本当に韓国の女性というのは強い（笑）。正男と正哲、両方の母親は亡くなっている。一時期、金正哲は有力な候補者だった。正男が成田空港で捕まってその立場を急落させてから、０４年に母親である高英姫が亡くなるまでの間、高英姫は彼を後継者にすべく積極的に各方面に働きかけた。具体的には、党幹部や軍の将軍たちにメルセデスベンツやウィーン旅行など、贅沢品を山ほどプレゼントすると同時に、昇進や勲章がもらえるよう金正日にとりなしてあげるともちかけて「だから私の息子・正哲を支えてください」と働きかけている。もちろん、正哲が後継者となった暁には相当の地位を与えることを約束しながら。彼女は当時、正式な妻ではなかったが、金正日に「最も愛されている人物」だというコンセンサスはあったから、一定の効果があった。が、彼女の死去で正哲へのサポートは弱まった。しかも、依然、若すぎるという問題が付きまとう。その一方で、正男よりはましだという見方も北朝鮮内にはある。三男の金正雲もファミリーの一員だが、さらに若すぎて後継争いのメインプレイヤーの一人とは考えにくい。
― 金正日の妹の主人の張成沢は今後の後継問と、国家運営においてきわめて重要なプレイヤーと言われている。
Ｂ 「彼は一度パージされているが、０６年に見事カムバックした。誰も現時点では張成沢が後継者になるとは見ていないが、彼は内外において有力な権力ブローカー（Power broker）とみなされている。今後は黒幕として力を発揮する可能性が高い。とりわけ正男か正哲が後継者になった場合には後見人として実権を握るかもしれない。なぜか。張成沢は労働党幹部だが、同時に軍部とも良好な関係を築いている。彼自身に軍部でのキャリアはないが、これは陸軍第三軍（平壌の南に隣接する軍管区）戦車部隊の指揮官をしていた長兄・張成宇を通じてのパイプである。金正日ファミリーの一員であり、能力があり、党・軍双方と太いパイプをもつ張成沢は今後の北朝鮮情勢を左右するキーパーソンである。私が承知しているところでは、張成沢は金正男を推しているという。
今後北朝鮮が進む方向として、２つの可能性が考えられる。ひとつは、ファミリーから若い後継者を選び、その背後で張成沢を中心とするグループがそれを支えながら、一定の時間をかけて軍部の忠誠心を徐々に高めて、安定した権力基盤を作ろうとする方向。もうひとつのケースとしては、最高の意思決定機関である国防委員会の副委員長である金永春前人民軍参謀総長等軍長老を中心とした集団指導体制を敷くという方向。このとき誰が中心的役割を担うかはまだわからないが、この場合でも張成沢は重要なプレーヤーとして機能するのではないか。つまりどちらの場合でも彼が重要な役割を果たすことになるだろう。ただし、張成沢のイニシアチブに反対するグループが現れないとも限らない。その場合は、治安が一気に不安定化する可能性がある。このどちらに向かうのかはまだわからない。また、誰が張成沢のライバルになりうるかも不明だ。というのも、後者については金正日が権力を掌握したとき、彼は「Spoke of wheel（車輪のスポーク）」のシステムを作ったことが深く関係している。自身にすべての権力を集め、党幹部や将軍には自身への忠誠だけを徹底させ、彼ら同士のヨコの関係を一切認めなかった。まさに「Divide and Conquer（分割統治）」である。だから、金正日以外に「影響力のある人物」は育ちようがなかった。しかし、金正日が倒れた。ここで今はじめて権力闘争が始まろうとしている。金の健康状態について、韓国や中国側から「病床統治」ができているとか、彼には言語障害もないし、国家運営に支障を来たしていない、などの情報がさかんに流されている。がしかし、私は懐疑的だ」
― それでは、現在の北朝鮮情勢を見るうえで、考えられる最悪のシナリオとは？
Ｂ 「１〜２％かもしれないが、最悪のケースは金正日が死亡し、誰も後継者を決められない状況のなかで、熾烈な内部闘争が始まることだろう。軍部が複数のグループに分かれて平壌市内で戦闘を開始する・・・ここまではまだ北朝鮮内だけでの話であるからいいだろう。問題はその混乱状況の中で北朝鮮のどこかにある核兵器が、海外に売られる、あるいはあるグループが入手して使用する、これが私の想定する最悪シナリオである。
その場合、難民問題も発生する。北朝鮮の人口は２４００万人。中国はそうした場合の難民流入の懸念を公にしているが、実際には中国には彼らを受け入れられるだけのキャパシティが十分にある。深刻な問題とはならないだろう。韓国の場合は、経済的コストが最大の懸念材料となる。日本へはかつてのベトナム難民のようにボートで渡ってくる北朝鮮難民が現れるだろうが、その数はきわめて少ないだろう。そもそも北朝鮮には、大量の難民を乗せて日本海を渡ってくる船舶などないのだから」
http://www.insideline.co.jp/column/column.html
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