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http://www.burmainfo.org/analyse/nemoto20080520.html
ビルマ:被災下の国民投票と新憲法
2008年5月20日
根本敬(上智大学外国語学部教授)
「視点・論点」(NHK教育)2008年5月20日放送分
(著者による註記)以下の文章は2008年5月20日にNHK教育テレビ「視点・論点」(夜10時50分〜11時00分)において根本が読み上げた原稿です。ただし、国名表記はすべて「ミャンマー」から「ビルマ」に変えてあります。放送で「ミャンマー」を用いたのは、あくまでもNHK側の決まりに従ったもので、本人は放送の冒頭で「私自身はいまでもビルマという呼称を使っている」旨、断りをいれました。
ビルマでは、5月2日から3日にかけて日本の台風にあたるサイクロンが襲い、13万人以上の死者・行方不明者を出し、被災者の数は国連の推定で240万人にも達しています。しかし、軍事政権は外国からの救援受け入れに消極的で、物資こそ受け取るものの、人的支援については近隣諸国から限定的に受け入れるだけで、国連や欧米諸国からの救援スタッフの入国は例外的にしか認めていません。パン・ギムン国連事務総長やアセアン各国からの強い働きかけにより、やっと人的支援を受け入れる方向に傾きはじめましたが、被災してから2週間以上がたついま、あまりに遅すぎる対応であると言わざるを得ません。
サイクロンの被害が最も大きかったデルタ地帯では、強風と大雨で多くの家が吹き飛ばされ、残された家々も、いまだ水がひかない地上にあって、屋根もなく、折れた柱や壊れた壁だけの状態となっています。人々が避難している寺院や学校も設備は不十分で、軍政の誤った対応のため外部から食糧や飲料水・薬品が届かず、被災住民たちは犠牲者の遺体や水牛の死体が浮かぶ同じ場所で洗濯をしたり、濁った不衛生な水を飲まざるを得ない危険な状況に追い込まれています。雨季が近づくなか、デング熱やコレラなどの感染症の発生も報告されています。すでに天災よりも人災としての性格のほうが強まっているといえます。
デルタ地帯はビルマの米生産の6割以上を担う一大稲作地帯でもあります。今回の被害のために、4月に収穫したばかりの乾季作の米は流されてしまい、6月から始まる雨季作の田植えも、種籾すら手に入らない状態にあります。よって、今後、被災地域のみならず、ビルマ全土で大規模な米不足が生じる可能性があります。ビルマ国民一人当たりの年間米消費量は、日本人一人当たりの3倍強ですから、まさに米が主食であり、米不足が意味するものは食糧危機そのものであります。
こうした被害が次々と明らかになるなか、軍事政権は、新憲法の承認を得るべく、サイクロン被災から8日後の5月10日に、国民投票を実施しました。この国民投票の日程は4月から決まっていたとはいえ、莫大な犠牲者と被災者を出した直後に、被災地を除いて延期せずに実施されたため、国際社会から厳しく批判されました。軍政の発表によれば投票率は99.1%、賛成票は92.4%に達し、5月24日に投票を延期した被災地域の結果を待たずに憲法は圧倒的多数で承認されたといいます。しかし、投票率、賛成票の比率、どちらも額面通りには受け取れません。軍政が投票前に有権者に対し賛成票を投じるよう各地で圧力を加えたことは周知の事実ですし、投票日に投票所でさまざまな不正がなされたことも報告されています。軍事政権はなぜ、ここまでして新憲法案の承認を得ようとしたのでしょうか。
軍事政権はビルマを統治する「事実上の政府」であることに間違いありませんが、一方で、法的な正統性に欠ける政府であることも事実です。現在の軍政はいまから20年前、1988年にビルマ全土で起きた民主化要求運動を武力で押しつぶして登場しました。その際、憲法も議会も廃止したため、法的な正統性には欠け、軍政はその状況を変えるべく、新憲法作成に着手しました。軍政はまず、1990年5月に総選挙を実施しましたが、自宅軟禁に処した民主化運動指導者アウンサンスーチー率いる国民民主連盟が、議席の8割を獲得して圧勝したため、選挙結果を無視し、議会を開催しませんでした。それにかわり、軍政が選んだメンバーを中心に制憲国民会議を1993年1月からスタートさせ、軍政の方針に基づく憲法基本案を作り始めました。この国民会議は、開始から実に14年を経て、昨年9月、閉会となりました。そして本年4月、憲法案が軍政によって公開され、先日の国民投票へと至ったわけです。この間、民主化勢力やアウンサンスーチーとほとんど話し合うことをせず、軍政の一方的なやり方で憲法の中身は決められていきました。
新憲法の特徴を簡単にいえば、軍がビルマ国家を運営する一番の中心であることを認める内容になっていることです。いくつか問題点を挙げてみましょう。
まず、議会は二院制が採用されますが、両院とも議員定数の25%は軍関係者が占めることが定められています。選挙で国民が選べるのは各院の75%にすぎません。また議会から選出される大統領は、軍事によく通じていることが資格として義務づけられており、軍人ないしは軍出身者が就任することが想定されています。さらに、国防大臣、内務大臣、国境担当大臣の3大臣は、大統領ではなく国軍最高司令官が指名することになっています。そのうえ、もし国家の主権が脅かされる状況に至ったと大統領が判断した場合は、全権を国軍の最高司令官に委譲することができます。新憲法体制下では、軍の支配力が現在と同じ形で貫かれるといってよいでしょう。
新憲法の問題点はもうひとつあります。それは改正が事実上できないということです。改正する場合は、両院それぞれ75%以上の議員の賛成を条件づけていますが、各院とも25%を軍関係者が占めるわけですから、軍にとって不利な内容となる改正案の場合、この段階でまず不可能となります。たとえ議会で75%以上の賛成を得ても、その後、国民投票を実施して有権者総数の過半数の賛成を得ないと改正は成立しません。今回の憲法承認をめぐる国民投票は実際に投票した人の総数の過半数の賛成で承認となるルールでしたが、今後改正する場合は、有権者全員の過半数の賛成が得られないとダメだというのですから、これも非現実的な規定です。
今回、軍政が国民投票を強行し、高投票率かつ賛成多数で承認という既成事実を無理やりつくったのは、この憲法さえ決めてしまえば、「国民多数が承認した憲法に基づく合法的な体制」としてのタテマエを国内外に示すことができ、かつそれを恒久化することが可能となり、結果的に現在の軍の権力と利権を合法的に維持できると考えたからだといえます。
サイクロン被災下で国民投票を延期しなかったのも、被害があまりに大きく広範囲にわたり、軍政による救援が不十分だった場合、国民による不満が爆発し、投票の実施が困難になることを恐れたからだと推測できます。
ビルマ軍政は結果的にサイクロン被災者の救援よりも、自分たちの権力維持のための政治課題を優先させたことになります。自国民をないがしろにする軍政に対し、日本を含む国際社会は、なかなか有効な手を打てないでいますが、現段階では何よりも被災者の一刻も早い救援を実現すべく、ビルマ軍政に対し一致して粘り強く迫り、その誤った対応を変えさせることが必要です。もしかしたら、今回のサイクロンが、この国の体制を大きく変えるきっかけを生むことになるかもしれません。