(ニューヨーク、2008年5月1日) ・ビルマで5月10日に行われる新憲法案の是非を問う国民投票は、国軍の支配を確立するための見せかけのプロセスである、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表する報告書でこのように述べた。 ビルマは全土で弾圧が行われており、自由で公正な国民投票に必要な条件が存在していない。反体制活動家は逮捕され、メディアは検閲を受け、政治目的での会合や集会は禁止され、投票を監視するべき国民投票管理委員会と裁判所には独立性が確保されておらず、国民投票を目前にした国家平和開発評議会(SPDC、ビルマ軍事政権の自称)は国中に恐怖感を蔓延させている。 「ビルマ軍政が行う国民投票は形ばかりのもの。実施に反対する人は容赦なく逮捕されており、国民には憲法草案の是非を公の場で論じる権利が認められてもいない。こうしたやり方には軍政指導部の本性がはっきり現れている。このプロセスを国際社会が承認することは大きな後退をもたらす」ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局長ブラッド・アダムズはこのように述べた。 今回の報告書『投票しようのない国民投票:ビルマ 2008年5月の国民投票』(全61頁)が明らかにしたのは、国民投票が実施されようとしているビルマの現状だ。同国では情報へのアクセスが厳しく規制されており、メディアにはがんじがらめの規制がかけられ、表現・集会・結社の自由はほぼないに等しい。日常化している政治活動家の拘束も続いている。本報告書では、ビルマ政府によって行われている、憲法草案に反対する活動家への逮捕・いやがらせ・攻撃に関する最近の動向にも焦点を当てている。 ビルマ軍政は国民投票の実施を2008年2月に発表したが、これ以降、憲法草案に反対する人々の拘束を行うなどの弾圧策を強化している。例えば、3月30日と4月1日には、首都ラングーン(ヤンゴン)で「NO(反対)」とプリントしたTシャツを着て、平和的に抗議の意志を表わした反体制活動家計7人が逮捕されている。ビルマ各地でも起きているこうした抗議活動は、いずれも当局によって即座に解散させられている。 他方で軍政はスパイや情報提供者をくまなく配置しており、喫茶店や個人宅で友人と話すことすらやりにくい現状がある。ビルマでは5人以上の集会は全面的に禁止されているが、単身で平和的な抗議行動をした人々も投獄されている。 軍政が後援する複数の組織が、有力野党・国民民主連盟(NLD)党員への暴力を日常的にほのめかしている。伝えられるところでは、2008年4月にこうした組織がNLD党員と人権活動家への暴行をはたらいている。 今回の憲法草案(全194頁)にはビルマ語版と英語版しかなく、公開も国民投票のわずか一月前のことだった。ビルマ語も英語もわからず、草案を読むこともできない少数民族に属する人々が国内には大勢存在している。 「国民の基本的な権利を認めずに自由で公正な国民投票を行うことはできない。軍政幹部は、国民がただおし黙って、自分たちの命令に従い、議論も論争も一切せずに憲法草案を承認することを求めている。民主国家がこんなやり方で生まれるわけがない」アダムズ局長はこのように述べた。 今回の国民投票のわずか数ヵ月前には、2007年9月にビルマ各地で行われた大規模な民主化デモが軍政によって暴力的に鎮圧された。この様子は、ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書『弾圧の実態:ビルマ2007年民主化蜂起を封じ込める軍事政権』に詳しい(日本語版要約は次のURLからダ ウンロードできる。 - http://hrw.org/reports/2007/burma1207/burma1207/burma1207jasum.pdf)。暴力的な弾圧には国際社会から非難の声があがり、弾圧の停止と真の意味での民主的改革の実現を求めるビルマ政府への圧力が改めて強まる結果となった。軍政は以前から「民主主義への7段階行程表」を作成していたが、今回この行程表を前倒しし、国民投票の実施を発表したのは一連の動きへの反応であると思われる。 今回の憲法草案は、14年にわたり開催された制憲国民会議から生まれたものだ。1990年総選挙の結果は軍政によって無視されているが、国民会議はこの時当選した国会議員の大多数を排除し、厳しい管理の元に置かれた、抑圧的で非民主的なプロセスだった。国民会議で読み上げられるすべての文書には、軍政が管理する国民会議運営委員会の事前承認と検閲が義務づけられており、会議への批判は最長で懲役20年という処罰の対象となった。実際、会議での発言内容を配布したというだけの理由で、2人の委員が15年と20年の刑に処せられている。 今回の報告書が憲法草案の主要な箇所を分析した結果、草案の狙いが軍による支配の確立と独立政党の果たす役割の制限にあることが明らかになった。この憲法草案に基づけば、国軍総司令官は議会の上下両院の議席の4分の1に現役軍人を指名するだけでなく、国軍が大統領と2人の副大統領の選出にあたり強い権限を有することになる。 憲法草案の政党への態度はあからさまに敵対的である。厳重な規制の下で、多くの反政府活動家は選挙の立候補資格を奪われている。またNLD指導者アウンサンスーチー氏をねらい打ちにした規定もあり、氏は外国人と結婚していたために選挙には一切出馬できないことになっている。憲法草案に基づけば、これらの条項を改正することは実質的に不可能である。どの条文でも改正するにあたって上下両院の4分の3以上の賛成が必要となるからだ。軍政は最低4分の1の議席を確保しており、しかも残りの議席も選挙に立候補して争うことができるので、議会に送る代表の数はずっと多くなる。軍政は憲法改正に対して事実上の拒否権を有していることになる。 ヒューマン・ライツ・ウォッチは、国際社会に対し、今回の国民投票のプロセスにいかなる信憑性も与えないこと、さらにビルマ軍政指導部に真の意味での改革を求める姿勢を堅持することを求めている。とりわけ潘基文国連事務総長と、ビルマに関する国連事務総長特使には、明確かつ力強く意見を述べると同時に、国際標準を満たす国民投票でなければ承認しないという立場を明確にする義務がある。 「ビルマ軍政が国民に押しつけようとしている今回の国民投票と憲法草案のねらいは、同国がこの約半世紀に渡って堪え忍んできたのとほぼ同様の抑圧的な支配体制を恒常化させること。中国やインド、タイなどビルマ軍政の友好国は、このプロセスにいかなる形であれ信憑性を与えるべきではない。もしそのようなことがあれば、こうした国々は、ビルマの民主化に積極的に関与するというかつての発言を引き合いに出されて冷笑の的になるだけだ」アダムズ局長はこのように述べた。
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