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ブットー氏暗殺で「血塗られた歳末」by冷泉彰彦(カナダDE日本語)
http://www.asyura2.com/07/war99/msg/397.html
投稿者 gataro 日時 2007 年 12 月 29 日 20:21:43: KbIx4LOvH6Ccw
 

http://minnie111.blog40.fc2.com/blog-entry-716.html から転載。

ブットー氏暗殺で「血塗られた歳末」by冷泉彰彦
2007/12/28(金)

今日の北米のニュースはブット氏暗殺されたニュースで持ちきりだった。今回のブット氏暗殺の裏にはとても複雑な事情があって、それを米国とパキスタンの関係を中心に冷泉彰彦氏が詳しく解説してくれている。

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『from 911/USAレポート』第335回
「血塗られた歳末」冷泉彰彦

多難な中にも穏やかな年の瀬になれば、そんな思いは27日のパキスタンのブットー元首相暗殺のニュースと共に吹っ飛んでしまいました。事件を受けて、NY市場の株価は急落する一方で、原油価格は上昇しています。もっとも市場では、原油の高騰は備蓄量の低下によるものという解説もされていますが、今回の事件にマーケットが「乱世」の匂いをかぎつけているという要素は否定できないでしょう。これを受けてアジア各国の市場も下げています。

さて、ブットー元首相に関しては、8年間の亡命生活の後に、ドバイから10月18日にパキスタンのカラチに帰国していますが、その直後に爆弾による暗殺未遂に遭遇しています。この事件では136名の死者が出て世情が混乱する中、11月1日ごろには一旦はドバイへ出国するという説が流れましたが、結局はムシャラフ大統領が彼女を自宅軟禁する一方で、非常事態宣言を出して事態の沈静化を図りました。その後に、改めて総選挙を目指した遊説を開始する中での惨事ということになります。

このブットー帰国、そしてブットーとムシャラフの政敵であるシャリーフ前首相の帰国による総選挙の実施、これが当面のパキスタンの政局のシナリオでした。そして、その背後にはアメリカ、特にライス長官の指揮する国務省の意向があると言われています。今回の惨事で、このシナリオ自体が暗礁に乗り上げてしまいました。

この欄でも以前にお話したように、パキスタンの政局は緊迫が続いています。アメリカが同盟の相手として信頼するムシャラフは選挙の洗礼を受けていないばかりか、単純に選挙を行えば大統領の座を追われることは目に見えています。何故ならば、ムシャラフの政策は、対外的には親米反タリバンであることで貧困層の憤激を買う一方で、国内の不正や利権には厳しい点で富裕層にも評判が悪いのです。そうした政治的な脆弱性を抱えながら、権力をISIと呼ばれる秘密警察を使って維持している、いわば難しいバランスの上に成立している政権だからです。

そうではあっても、911以来の6年半にわたって、アフガニスタンの対タリバン作戦、そしてパキスタン領内のアルカイダ的なグループの追及を行うためには、ブッシュ政権はムシャラフを支えるほかに打つ手はなかったのです。では、どうしてブッシュ政権は「ムシャラフの軍事独裁政権という必要悪」に我慢ができなくなってきたのでしょうか。議会の総選挙を通じて民主化を進めるという難しい方程式をそこに持ち込んだのはどうしてなのでしょう。

それは、アメリカの国内事情が大きいのです。実は、今回の大統領選の隠れた争点として、このパキスタン政策は大きな位置を占めているのです。どうしてパキスタンなのか? その理由を端的に述べている一つの例が、今月発売の『フォーリン・アフェアーズ』誌の掲載されたマイク・ハッカビー候補(共和、元アーカンソー知事)による論文「テロ戦争におけるアメリカの優先順位」の記述です。この論考は「ブッシュ政権はアメリカの敵ばかり作っている」という批判が一方的だとして、ホワイトハウスが反論のコメントを出したことばかりが報じられていますが、ある意味で共和党保守派の「パキスタン観」を代弁していると言って良いでしょう。

ハッカービー論文では、パキスタンに対して多くを割いているのですが、その書き出しは非常に過激です。「イランについては政策を誤れば我々はイランを攻撃せざるを得なくなるのだが、パキスタン政策の場合は政策を誤れば、再度彼等が我々を攻撃してくるような結果を招く」とパキスタン領内の原理主義勢力が、改めてアメリカ本土を襲う可能性があるとしているのです。「911のテロ攻撃が再度行われるようなことがあれば、それは必ず『パキスタン発』となるであろう」として「我々は借りた時間の中に生きている(宗教がかった運命論的なレトリックです。つまり「いつテロ攻撃をされてもおかしくない」中での平和は「借りてきた」ものであって、「自分で勝ち取った」ものではないという意味)」としています。

ハッカビーの論点は非常に単純で「ムシャラフはアルカイダと通じているから現状ではブットーとシャリーフを交えて選挙をやり、ブットーに政権参加をさせる、その上でインドとの提携で商工業を興して民生を向上させる一方で、アルカイダ狩りを徹底すれば地域は安定する。更にアメリカの援助はバラマキではなく、初等教育に集中させる。教育インフラが確立すれば、怪しげな神学校が流行することもなく、テロリストの量産を断ち切ることができるだろう。そうした政策の結果、アメリカの安全は確保されるのである」とまあ、そんな具合です。

この論文は、ハッカビーが共和党のトップランナーに躍り出たことで「本格的な軍事外交論争」にも本腰を入れなくては、というタイミングで発表されています。ですから、集まってきたブレーン達のノウハウが相当に盛り込まれていると言って良いでしょう。言葉の上では、ブッシュ政権の姿勢を「腰が定まっていない」とか「アメリカのイメージを落としているだけだ」と厳しく批判していますが、内実は現在国務省が進めている「二期目のブッシュ外交」の延長を受け継ぐという自負が入っていると見るべきです。単純化して言えば、共和党政権の政策変更は大統領選が理由です。選挙の洗礼を受けるに当たっては、自動的にムシャラフ支持を継続することはできなかったのです。ですから自らブットーという新しい切り札を持ってきて軌道修正をする、そして共和党の次の大統領候補たちはブッシュ批判のトーンを混ぜながら、その新機軸を更に強く打ち出す、という流れがあったと私は見ています。

ですから、ここまでアメリカがブットーを支持してきた背景というのは、このハッカビー論文にあるような発想だという理解で良いのだと思います。その背後にある感覚というのは、ムシャラフだけでは不安だ、ブットーなら親米英だし何とかしてくれるだろう、という見通しに他なりません。共和党の保守派の間では、原理主義勢力に対して甘いムシャラフへの不信感は、現政権以上に大きいということも背後にはあります。その上で、穏健化路線でタリバンの無害化を進めるアフガニスタンのカルザイ大統領とブットーを連携させる、ムシャラフにはブットーとの連立で選挙の洗礼を受けた形にさせ、やがてはブットーに政権を禅譲させる、更にインドにブットーを応援させて、ブットーの指導力で「途上国独裁」的な経済成長の路線に乗せることができれば・・・というシナリオです。

政治力学としても、左右のどちらからも、そして貧困層にも富裕層にも受けの悪いムシャラフではなく、カラチを中心に親米英的な中産階級の支持層を持つブットーの政治力を「取り込む」ことで、事態の打開を図ることができるだろう、そうした計算もあったのだと思います。良くも悪くも「フルパッケージ」としての政権構想でした。ちなみに、同じ共和党のジュリアー二も「パキスタンには断固たる姿勢を、場合によってはムシャラフを切り捨てる勇気を」というようなことを言っており、そこにも同じようなニュアンスがあります。

そんなわけで、今回のブットー遭難という最悪の結果は、いわば共和党+国務省の描いたシナリオが破綻したということになる、アメリカの政局という視点から見ればそういうことになると思います。では、一方の民主党のヒラリーはというと、やや立場が違います。というのもヒラリーは、夫のビル・クリントン時代に、一方でタリバンの無害化を模索しつつ、親インド、親米英のシャリーフに肩入れした結果、タリバンは承認に至らない一方で、シャリーフがクーデターで失脚してしまい、この地域について描いていた戦略が全部ダメになった「痛い経験」をしているのです。

クリントン夫妻の「政治的な凄さ」というのは、失敗を経験するとそこから学んで自分のアプローチを変えることのできる柔軟性にあります。これもその一例であって、ヒラリーとしては、パキスタンにおける親米英の「途上国独裁型安定政権」を作ることの難しさを骨身に染みており、その分、ムシャラフに対して理解を示している面があります。逆に、ブットーの持っていた「利権」の匂いについては、ヒラリーには脆弱性、危険性というように映っていたと思われます。こうした点では、ヒラリーにはネオ・リベラル出身の嗅覚が働くと思うからです。

更に言えば、ブッシュ政権や現在の国務省が、何とか自分たちの「功績」を歴史に残そうとしているのに対して、ヒラリーは「難しさ」を直視し、安易な解決には走らないし、安易に具体案を見せびらかさない、という姿勢を取っているとも言えるでしょう。ですから、大統領選におけるこの問題についての論戦でも、ヒラリーは他陣営の攻撃を中心にして得点を重ねています。例えばこの夏にオバマが「私が大統領になったら、アルカイダを攻撃するためにパキスタン領内を爆撃する」と述べたことがありますが、その際には口を極めて「素人の極論だ」と批判しています。またブッシュに対しては「ムシャラフを持ち上げたり、突き放したり一貫性に欠ける」という形で攻撃しているのです。

アメリカの大統領選は、いよいよ年明けの1月3日にはアイオワの党員集会、8日にはニューハンプシャーの予備選が行われます。ジュリアー二の勢いが落ちてしまった現在、今回のブットー遭難という事件がもたらす「乱世」のムードは、ヒラリー・クリントンに有利に働くことになると思います。事実、ブットー暗殺というニュースを受けて27日には各候補がそれぞれ「最初の反応」としてコメントをしていますが、「こうした危機に対して大統領執務室から指揮が執れるのは私だけだ」(マケイン)、「この地域がこれ以上混乱するようなら米軍の派遣も辞さない」(ジュリアー二)、「我々はパキスタンに巨額の援助をしてきた。その見返りとして安定と平和が得られないならこれまでの方針が間違っていたということだ」(エドワーズ)という調子で、各候補とも事件のインパクトを受け止めるには何とも薄っぺらな言い方に終始しています。

オバマに至っては、今回の事件を枕にヒラリーを攻撃しようということで、「(イラクではなく、アメリカはパキスタン、アフガン情勢にもっと関心を集中すべきだったとして)イラク戦争を支持したヒラリーの誤りが明らかになった」と「ヒラリー叩き」のコメントをしていますが、まあ、トンチンカンもいいところでしょう。その一方で、やはりヒラリー自身の姿勢は一味違うものでした。ヒラリーは「同じように一国の指導者を目指す女性として、母として、また彼女との長年にわたる知遇を得た者として、今回の悲劇については、何よりもブットー女史のご家族に対して心より哀悼を申し上げます」という声明を発表し、併せて夫の政権時代にブットーと一緒に写っている笑顔の写真を公開しています。その姿勢は、勿論巧妙に計算された政治的演出ではあります。

ブットーが生きていればリスクを取ってまでブットー支持に深入りはしなかった一方で、死んでしまったブットーに対しては同じ女性としてそのカリスマ性を自分と重ねても政治的には何もリスクはない、しかも女性票はガッチリ確保できる、そんな思惑が見え隠れしているわけで、何とも計算し尽くされた言動ではあります。いずれにしても、事件の深刻さを受け止めているというメッセージを送りながら、政策の選択肢については一切自分を縛るような発言はしないというわけで、支持者達の間では「さすがヒラリー」という受け止め方をされているようです。(逆に、そういうところが「アンチ・ヒラリー」の人々から憎まれる理由でもあるのです)では、そのクリントン陣営は、このパキスタン、アフガン問題について、具体的にどのような手を
打ってくるのでしょうか? たぶん、それはすぐには明らかにはならないでしょう。これからのヒラリーは、実際に政権を担当する際に自分の選択の幅を狭まるような「具体的すぎる公約」は出来るだけ避け、政敵が自滅するのを待つ持久戦を続けると思われるからです。

事件から一夜明けたパキスタンは、混迷が深まっているようです。全土で暴動が起きているというニュースだけでは判断はしかねますが、ブットー女史の直接の死因に対して「狙撃」なのか「爆殺」なのか、内務省の発表がコロコロ変わるというあたりに、政権が苦悩を続けている証拠があるのでは、そう私は見ています。当初は「爆弾だとテロのイメージがあり、治安が維持できない政権の威信に関わる」ということから「銃殺」というストーリーの方が政権へのダメージが少ないという判断があったと思われます。ですが、後にブットー女史の棺の映像や墓所の映像が一種の神格化をもたらす中で「銃創による死では遺体の損傷が少なく神格化を加速する」ということから「爆死」の方が政治的に政権には有利という計算がされ「爆弾が死因」という発表に変わった、私にはそのように思えます。

仮にそうだとしたら、内務省発表が更に二転三転し「爆死でも銃創による死でもなく、頭蓋骨骨折が直接の死因で、恐らく爆弾のショックで頭部を強打したため」というストーリーに変わったというのは、ムシャラフ政権として「とにかくバランスを取りたい」という必死の政治的な努力がされている、そんな兆候のように思えるのです。裏返してみれば、死者が政局を動かしているという言い方も可能です。もしかすると、ムシャラフがブットーの支持勢力や政敵シャリーフとの間で何らかの妥協を模索しているか、アメリカからそうせよと圧力をかけられているのかもしれません。そんな中、ただ一つ明らかなのは、こうした政治状況の中で、アフガン+パキスタン情勢に対して展開しているアメリカ率いる有志連合のために給油を再開するかしないかで、一国の政権のやりとりをするというのは日本にとって余り意味はないということです。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)

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パキスタンを民主主義国家にしようとしていたブットー氏がこういった暴力という形で暗殺されたのは非常に残念だ。ブットー氏亡き後も、パキスタンが民主化の道を進むよう心から祈りたい。


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