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対イラン強硬策は逆効果だ
セリグ・S・ハリソン特派員(Selig S. Harrison)
国際政策センター アジア研究ディレクター、
ウッドロー・ウィルソン国際学術センター上級研究員、ワシントン
訳・土田修
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ブッシュ政権内で対イラン政策をめぐる争いが繰り広げられている。そこでは2つの陣営が対立している。一方はチェイニー副大統領とその国防総省や議会内の同調者たちで、アメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)に焚きつけられている。彼らはナタンズのウラン濃縮施設だけでなく、イラク国境近くにあるイラン軍事施設の爆撃も主張している。他方、ライス国務長官は外交交渉の続行を望み、イラクの安定化を議題に2007年5月にバグダッドで始まったイラン政府との交渉の強化・拡大を図っている。ライスはアメリカの軍事行動決定を延期させることに成功したが、引き換えに危険な譲歩を余儀なくされた。こうして、イラン体制に揺さぶりをかけるための秘密工作の強化が、4月終わりの大統領令によって公認されることになる(1)。
イランに対する秘密工作は約10年前から続けられているが、公式な根拠がなかったため、中央情報局(CIA)は代理人を使わざるを得なかった。例えばパキスタンとイスラエルである。イラン南東部・北西部では、ともにスンニ派少数民族であるバルーチーとクルドが、シーア派主導の中央政権に対する闘争を長らく繰り広げており、両国はここの反乱勢力に武器と資金を提供している。CIAも4月の大統領令によって、「死人を出さない」直接行動を強化できるようになった。これまでも、プロパガンダ放送の強化やメディアに対する情報操作、ヨーロッパやアメリカの亡命イラン人の動員を通じて、イラン国内の反体制運動を促進しようとしてきたが、現在ではさらに経済戦、とりわけ為替レートの操作や、イランの国際的な金融取引・貿易を攪乱する手段に力を入れている。
大統領令の内容が明らかになったのは、法律の規定に従って両院の諜報委員会に報告されたことによる。テヘラン市民はこの話題でもちきりになった。驚いたことに、保守派も改革派もまったく同じことを明言する。イラクとアフガニスタンをめぐってイランとアメリカの本格的な協力の可能性が見えてきたのに、タイミングが悪すぎるという。この2国の安定化がイラン政府の利益になるという見方は、イランの外務省高官、国家安全保障最高評議会、アフマディネジャド大統領府、それにさまざまなシンクタンクに共有されている。彼らによれば、アメリカとの協力は可能だ。だが、それにはイランとアメリカとの段階的な関係正常化が実現すること、つまり米政府が「体制転換」戦略を放棄することが前提になるという。
イラン保守系日刊紙レサーラトの編集長アミル・モヘビアンは、イラクで「アメリカはわなにはまったキツネ同然だ。われわれを貪り食おうとしているキツネを解き放つべきなのか。もしアメリカが政策を変更するならば協力する余地はある」と述べている。政治的論調がまったく正反対のハンミハン紙の編集長で、2007年9月初めに専門家会議(2)の長に選ばれたラフサンジャニ元大統領にも近いモハマド・アドリアンファルは、テヘランの「雰囲気は交渉と関係確立に傾いている。国民は安定を望んでいる。『アメリカに死を』というスローガンはもはや効力を失い、指導層はそのことを知っている。敵対する2つの政府が、イラクとアフガニスタンに関して利害を共有しているというのは何とも皮肉なことだ」と語った。
イラン政府がイラクのシーア派勢力を支援しているのかについて、政府関係者は直接答えようとはしない。逆に、マジュレス(イラン議会)外交委員会のアラエディン・ボルジェルディ委員長は、米政府がバアス党員とスンニ派分子を保護していると批判する。彼はさらにイラン側の認識として、バグダッドのシーア派支配の現実を認めることが、イラクの安定化にとって必要であるだけでなく、アメリカとのあらゆる協力関係の前提条件になると率直に述べる。
今回取材したジャーナリストや政府関係者によれば、もし米政府が、イラクを拠点とするイラン反体制武装組織ムジャヒディン・ハルク(MEK)を解体すれば、イランに対する重要な意思表示になるという。MEKはイラン・イラク戦争(1980-88年)の際にサダム・フセインを支持した勢力であり、アメリカのイラク侵略後に3600人の戦闘員が武装解除されたものの、まだ相当な数が各地の拠点にいる。アメリカの諜報機関は、イラン国内でスパイ活動や破壊工作を行ったり、シーア派武装グループ支援の嫌疑をかけたイラン人を尋問するために、MEKを利用している。つい最近までMEKはイラク国内にラジオやテレビの放送局を持っていたが、イラン政府がイラク政府に圧力を掛けた結果、ロンドンへの移転を余儀なくされた。1997年、穏健派のモハマド・ハタミがイラン大統領に選ばれると、米国務省は宥和の姿勢を示すために、はなはだしい人権侵害を犯しているテロ組織のリストにMEKを加えた。リストには現在も記載されたままになっている。
ISIとモサドの影
MEKの武装勢力を解体することはイランへの強力な意思表示になると、国家安全保障最高評議会顧問のアッバス・マリキも語っている。MEKの政治部門である国民抵抗評議会のアリレザ・ジャファルザデ議長は、米保守系テレビ局のフォックス・ニュースに頻繁に出演している。彼の役割は、イラク侵略の準備段階でアフマド・チャラビが果たした役割と同様だ。つまり、イランに対する軍事行動について米議会の支持を取り付ける役回りである。
クリントン政権は、MEKをテロ組織に指定したことで、イラン政府との対話を始める意思を示した。当時の下院議長である共和党のニュートン・ギングリッチが「イラン現政権の交替を引き起こす」ことを目的とする「死人を出さない」秘密工作用として1800万ドルの予算を可決させたとき、ホワイトハウスはCIAに自制を命じた。しかし、ブッシュ政権は急激に方針を変えた。チェイニーの考えはギングリッチと同じである。彼は、イラン政府に対する圧力こそがウラン濃縮計画をストップさせる外交カードになると主張して、慎重派の議員たちを説得してしまった。
ブッシュ新政権は手始めに、中断していた「死人を出さない」対イラン介入計画を復活・拡大した。続けて2006年2月には、「イラン国民の言論と運動の自由を促進する」ために7500万ドルの予算を取り付けた。ブッシュ政権はさらに、イラン政権に軍事的ないやがらせを行うための秘密工作の道も探っている。
最も簡単な方法は、バルーチー地域やクルド地域の既存の反乱勢力に対し、パキスタンとイスラエルから武器や資金を供与してもらうことだ。バルーチー地域を拠点とし、パキスタンの諜報機関(ISI)から武器と資金の提供を受ける武装組織ジョンドゥラ(神の兵隊)は、2006年と2007年に、ザーヘダーンおよび南東部でイラン革命防衛隊への襲撃を重ね、大規模な被害を与えている。2007年4月2日にラジオ局ボイス・オブ・アメリカは、「イラン民衆抵抗運動のトップ」という触れ込みで、この組織の指導者アブドルマレク・リギのインタビューを放送した。リギとISIの関係については、バルーチー民族主義に詳しい多くの情報筋からも裏付けが得られており(3)、ABCニュースの現地特派員も報じている(4)。
イスラエルのモサドもまた、50年にわたってイランやイラクのクルド族との接触を重ねてきた。それゆえ、このイスラエルの諜報機関がイランのクルド自由生活党(PEJAK)に「訓練と装備」を供与しているという、アメリカのジャーナリスト、セイモア・ハーシュのレポート(5)は、信憑性が高いと見てよいだろう。このPEJAKは、米政府とトルコ政府がテロ組織として非難するトルコのクルド労働者党(PKK)とも関係がある。ジャーナリストのジョン・リー・アンダーソンのインタビューに応じたイラクのクルド人高官によれば、PEJAKによるイラン攻撃の拠点はイラクのクルド地域にあり、攻撃の際には「密かにアメリカの支援を受けている」という(6)。イラン政府はこれらの拠点に報復爆撃を行い、イラク政府の抗議を招いた。
経済的観点からすると、イラン政府が直面している最も深刻な分離独立の脅威は、原油の80%を生産する南西部のフーゼスタン州に潜んでいる。同州のシーア派アラブ系住民は、シャトルアラブ川対岸のイラク領内に住む人々と民族も宗派も同じである。占領英軍が統治権をイラク人に返還しつつも駐留を続けるバスラから、フーゼスタンの州都アフヴァーズは120キロしか離れていない。
この地域の歴史に照らせば、バスラにいるイギリス諜報機関が紛争の火種をまいているとしてイラン政府が非難するのも不思議はない。1897年、フーゼスタンのアラブ諸侯はイギリスの軍隊と石油資本の支援の下に、ペルシャから分離して、イギリスの保護領「アラビスタン」を樹立した。ペルシャ領に戻ったのは1925年のことである。
今のところ、フーゼスタンの分離独立派グループは州内各地に分散しており、バルーチー地域のジョンドゥラのように統一された軍事組織を作ることができずにいる。また、外国勢力の支援を受けているという証拠もない。しかし、これらのグループは政府の治安部隊に繰り返し攻撃を仕掛け、石油施設を爆破している。 外国の基地局からアラビア語のプロパガンダ放送を流しているグループも多い。独立をめざすアフヴァーズ民族解放運動は、アフヴァーズTVという衛星局を持っており、画面でカリフォルニアのファックス番号を流している(7)。同じくカリフォルニアの亡命イラン人が運営する衛星局アル・アフヴァーズTVは、連邦制の下での地方自治を求めているイギリス・アフヴァーズ友好協会と関係がある(8)。
4つの理由
2006年に米政府が計上した7500万ドルのうち、半分近くはボイス・オブ・アメリカと、ラジオ・ファルダその他の亡命イラン人放送局に割り当てられている。2000万ドルはイランとアメリカの人権NGO活動家に渡される。この種の資金を直接イラクに送り込むのは「非常に難しい」と、ニコラス・バーンズ国務次官は認める。だから「イラン国内の民主的グループを支援するため、アラブやヨーロッパの組織と協働するのだ」ということになる(9)。アメリカが昨年ドバイで開いたワークショップに参加したイラン人の1人は、イラン系アメリカ人ジャーナリストのネガル・アジミにこう語っている。「ジェームズ・ボンドばりの、革命家訓練キャンプだった(10)」
アメリカが、イランの体制を揺さぶるためにしてきた工作や、核計画を断念させるために掛けてきた経済的圧力は、少なくとも4つの理由から逆効果になっている。
まず、それらはイランの強硬論者が、自由化を求めて活動する国民に対して、あるいはイランとアメリカの二重国籍を持つ知識人が入国した際に、迫害を加える口実になっている。例えばウッドロー・ウイルソン国際学術センターのハーレ・エスファンディヤリは、あいまいなスパイ容疑の下に3カ月間も拘束された。
また、米政府が少数民族の反乱勢力を援助してきたことで、アフマディネジャド大統領は多数派ペルシャ人の庇護者を見事に演じることができる。少数民族はイラン国民の少なくとも44%を占めている。
さらに、現在のイランの経済問題は主にアフマディネジャド自身の政策の失敗が原因なのに、外国からの圧力に責任転嫁できてしまう。
4つ目として、イラクとアフガニスタンの安定化に関してアメリカとイランが交渉を通じて妥協を図るためには、政権転覆を狙った工作はやめるべきである。イラクで「イランが行っている殺人行為に応答する」という、ブッシュ大統領が2007年8月28日に口にした脅しを実行に移すべきではない。
たとえアメリカが圧力を緩和したとしても、ペルシャ湾での軍事態勢を変えない限り、核問題での妥協が成立するとは思えない。しかし、イスラエルがディモナ原子力発電所を凍結することを交換条件とすれば、ナタンズ核施設でのウラン濃縮を停止させることは可能かもしれない(11)。「戦術核兵器を搭載しているとしか考えられない空母がペルシャ湾に送り込まれているのに、どうして非核化について交渉できるのか」と、ハタミ政権で防衛副大臣を務めたアリレザ・アクバリは問う。「それに、ディモナについての議論を拒否しておきながら、われわれを交渉に引き込もうというのか」
アメリカの圧力はイランの体制を揺さぶるどころか、あらゆる政治的立場のイラン人を激怒させている。確かに、経済制裁は反乱勢力への秘密援助よりは効果を上げている。とはいえ、イランと取引するヨーロッパとアジアの40の銀行のうち、米政府の要請に応じてイランとの取引をやめたのは7行しかない。しかも、イランの国際金融取引は、ドバイを拠点とする400の金融機関に移されつつある。その多くはアラブ系である。
2007年、イランとアラブ首長国連邦の貿易額は110億ドル近くに達している。アメリカの財務次官スチュアート・リーヴィは3月7日にドバイで行った演説で、イランと取引する企業に対する報復措置をちらつかせたが、この脅しは何の役にも立たなかった。ブッシュ政権は最近では、革命防衛隊やボンヤード(宗教的権威者が運営する財団)との取引がある企業を狙い撃ちしているが、今のところ効果は限られている。
テヘラン駐在経験のあるヨーロッパ某国の高名な大使はこう述べている。「こんなことが何のためになるのか。真っ赤な布を振り続けたところで、何になるというのか。雄牛を猛り狂わせるだけで、仕留めることはできないのに」
(1) See << Tempetes sur l'Iran >>, Maniere de voir, No.93, June-July 2007,
http://www.monde-diplomatique.fr/mav/93/
(2) 宗教的権威者で構成され、最高指導者(現在はアヤトラ・アリ・ハメネイ師)を
指名し、その行動を監督する機関。
(3) Cf. Selig S. Harrison, In Afghanistan's Shadow : Baluch Nationalism and
Soviet Temptations, Carnegie Endowmen for International Peace, Washington,
1980.
(4) Brian Ross and Christopher Isham, << ABC News >>, 3 April 2007.
(5) Seymour Hersh, << The next act >>, The New Yorker, New York, 27 November
2006.
(6) Jon Lee Anderson, << Mr. Big >>, The New Yorker, 5 February 2007.
(7) BBC World Media Monitoring, 4 January 2006.
(8) << Al-Ahwaz news >>, British Ahwaz Friendship Society, February 2006,
http://www.ahwaz.org.uk/
(9) Council on Foreign Relations, New York, 11 October 2006.
(10) Negar Azimi, << The hard realities of soft power >>, New York Times
Magazine, 24 June 2007.
(11) イランとの核問題での妥協をめぐる議論を深めるためには以下を参照。Selig
S. Harrison, << The forgotten bargain >>, World Policy Journal, Washington,
DC, Winter 2006.
(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2007年10月号)
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