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http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/sokkyo/news/200708/CK2007081402040841.html
2007年8月14日
あす15日は終戦記念日です。戦後世代が主流となった政界でも、戦争の記憶が遠ざかるにつれ、戦争に対する反省も薄れつつあるように見えます。歴史の教訓を後世に伝えるには、どうすればいいのでしょうか。終戦記念日を前に、昭和史を研究しているノンフィクション作家の保阪正康さんと一緒に考えてみました。
豊田 安倍晋三首相ら戦後世代の国会議員は「戦後レジーム(体制)からの脱却」を声高に訴えていますが、戦後レジームは、先の大戦への反省や、亡くなった三百万人以上の尊い犠牲の上に成り立っています。ものごとは、反省があって初めて、改善策も出てくる。これは国家でも同じではないでしょうか。
保阪 戦後レジームからの脱却は、極めて不遜(ふそん)な言葉です。戦後レジームは、それ自体で存在するのではなく、戦前のレジームと対になっています。多くの矛盾を抱えた戦前のレジームは近代社会にそぐわず、軍事的には決算がつきました。戦後レジームは、その克服のために生まれたのです。六十年以上がたち、制度疲労や矛盾、ほころびはありますが、そこだけを取り出して、戦後レジームからの脱却を訴えるのは、戦前と対になっているという基本的な枠組みが分かっておらず、極めて傲慢(ごうまん)で、歴史に不誠実な感じがします。
豊田 安倍首相は、日本国憲法は連合軍の押しつけだとして、見直すべき戦後レジームの代表的なものに挙げています。
保阪 占領下で国家主権を失っていますから、押しつけ的部分はありますが、個々に見ていけば、日本側も協力しています。日本がファシズムから近代市民社会に移行する流れの中で、日本の近代市民社会を肯定する人たちがGHQ(連合国軍総司令部)と共同作業でつくったというのが、正確な解釈ではないでしょうか。それを押しつけだという人は、全く勉強していません。
豊田 安倍首相は従軍慰安婦問題でも、日本軍による「狭義の強制性はなかった」と発言し、政府も軍による強制を示す資料はないとの立場に立っています。
保阪 私が昭和史の聞き書きをする中で分かったのは、記憶を持っている時代は、それを土台に了解事項ができていますから、ある種の安心感があるということです。それが戦後六十二年もたつと、記憶を持つ人が少なくなる。史実は、記憶に基づく証言、記録などに目を通すことで知ることができますが、記憶がなくなり、記録が十分でないことをいいことに、史実がなかったと言いだす人たちがいます。沖縄の集団自決問題がまさにそうです。個々のケースでは軍の命令はなかったかもしれませんが、状況としてはあったんですね。従軍慰安婦への日本軍の関与もそうです。記憶と記録が父母で、そこから生まれる子供が教訓です。私たちは記憶を失いつつありますが、記録から教訓をつくっていかねばなりません。その教訓を次世代につないでいく。これは歴史のサイクルです。
豊田 なぜ記録が十分でないことをいいことに、史実がなかったと言いだせる風潮が強まるのでしょうか。
保阪 これは安倍さんがつくり出した政治的潮流の一環だと思います。政治指導者の発言によって、それにつながる歴史観は勢いを持ちます。同時に、安倍さんを支える国民の側にも不勉強さや鈍感さがあります。従軍慰安婦問題でも、われわれには軍の関与を示す資料はないと言う資格はありません。なぜかというと、昭和二十(一九四五)年八月十四日の閣議で、行政や軍事機構の末端まで、資料を焼却せよという命令を出したんですね。全部燃やしているわけですよ。日本の戦争に関する資料はほとんど残っていない。戦争責任の追及を恐れたんでしょうが、次の時代に資料を残して、判断を仰ぐという国家としての姿勢が全くなく、燃やせということを平気でやる。そうしたことを知らないスカスカの歴史認識、史実に対する不勉強を、国際社会に対して平気で言う神経は僕には信じられません。
豊田 歴史の教訓を伝えるために、われわれ自身には何ができるのでしょうか。
保阪 歴史をめぐる暴言、失言に共通するのは、史実の一面しか見ていないことです。史実には多面的な側面があり、解釈は自由ですが、一面しか見ないのは、過去の世代がつくった全体像を俯瞰(ふかん)する謙虚さがありません。記憶が薄れつつある昭和史は今、同時代史から歴史に移行する端境期で、これ幸いとばかりに、独断と偏見による政治的プロパガンダが行われます。こうしたプロパガンダに耐久性を持たせないためにも、歴史を真摯(しんし)に考える人たちが、批判しなければなりません。黙っていて、力に押されると、日本はとんでもない国になる。過去を反省しないばかりか、美化し始めます。端境期の今がまさに正念場です。
ほさか・まさやす 1939年、北海道生まれ。同志社大文学部卒業後、出版社勤務を経て著述活動に。昭和史に関して関係者からの聞き書きに取り組み、2004年、一連の昭和史研究で菊池寛賞受賞。近著に「昭和史入門」(文藝春秋)など。