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「グアンタナモ」弱者攻撃の連鎖 背景に超国家組織 堤さんら講演
2007/06/19
6月16日(土)午後1時30分より立教大学で、アムネスティ・インターナショナル日本などの共催による「グアンタナモ収容所で何が起きているのか〜暴かれるアメリカの
「反テロ」戦争〜」(アムネスティ日本編・合同出版)出版記念講演会が開催されました。新進気鋭のジャーナリスト、堤未果さんの講演のあと、堤さんとアムネスティ日本事務局長の寺中誠さんの対論がありました。
ジャーナリストの堤未果さん
・国民が感情的になっているとき大きな法案が通りやすい
堤さんは、安倍首相が「(年金問題で)アメリカのように日本も社会保障番号制度を入れて全部一元化にしてしまえば間違いが起こらない」と発言したことに対し、「年金問題で国民が怒り、感情的になっているとき新しい法案が通りやすい。その法案がどういうものか、通ったときどんな影響があるのか、しっかり検証してからやらないと取り返しがつかないということを、911を体験してわかった」と述べ、社会保障番号制度についても検証が必要であるとの考えを示しました。
アメリカで同時多発テロが起きたとき、隣のビルにいて「911を体験した」堤さんは、一番怖かったのは911以後のアメリカ社会の急激な変化だったと語りました。911以後、アメリカ社会は「人間を使い捨てにするために、個人情報を(国家が)管理するようになった」と述べ、個人情報を管理するために国がやったことは、「格差を拡大すること」「教育を管理すること」「労働者を分断すること」だったそうです。
911直後、アメリカ社会が感情的になったとき、大きな役割を果たしたのはメディアであったと述べ、アメリカはメディアコントロールが強く、すべてのメディアをたった6社(全部IT企業)が所有していることに言及しながら、不安を煽る情報をメディアが流すと国民が感情的になり、大きな法案が通りやすいことを指摘しました。また、情報の出所がどこであるか、常に検証することが大事であると述べました。
・アメリカの「落ちこぼれゼロ法案」の目的
911以後、アメリカの教育省が出した教育法案の内容は、教育に競争を導入し、全国一斉学力テストを行い、競争を煽ることでした。教育が管理型となり、国が教育を管理する。日本語では「落ちこぼれゼロ法案」というこの法案の別名は、「裏口徴兵制度」といい、この法案には「全米の高校は全て生徒の個人情報を軍に提出しなさい。これを拒否すると予算をカットします」と書かれていたそうです。
「落ちこぼれゼロ法案」のもっとも大きな目的は、高校生の情報を軍に渡すことであり、助成金に頼らない学校は情報を出さないところもありましたが、貧しい地域の学校は助成金がないとやっていけないので生徒の個人情報を出したそうです。軍のリクルーターが、なるべく貧しく将来のない子どもたちをさらにふるいにかけリストにして、生徒の携帯電話に直接電話をかけて勧誘していく。個人情報は、生徒の名前、住所、親の年収、市民権があるかないか、国籍、生徒の携帯電話の番号などが記されているそうです。
・大学進学と健康保険のためにイラクに行った若者たち
アメリカは学歴社会であり、堤さんが、兵士にインタビューしたところ、10人のうち8、9人は大学費用を軍隊が出してくれるから入隊したと答えたそうです。イラクで闘っている兵士のほとんどは貧しい地域で個人情報が軍に渡っていたため直接勧誘され、「大学に行かせてあげるよ」という条件を差し出されてイラクに行かされたと語りました。しかし、当初の説明と違い支給額が少ないなど状況は厳しく、卒業できるのは15%程度であり、はめられたと感じている人が多いそうです。
また、入隊した理由の2番目は健康保険だそうです。アメリカは健康保険がないので民間の保険に入らなければならないのですが、保険料が高い(4人家族で掛け金が年間約140万円)ので、保険に入っていない人は約4,700万人もいるそうです。入隊すれば自分や家族が軍の保険に入ることができるので、それを目的に入隊するのですが、軍は病院の予算をカットしており、イラクから帰って病院にかかろうとしても1年待ちという状況だそうです。
・加害者を作り出したのはだれか
米兵による捕虜虐待が大きな問題となりましたが、もちろん加害者の弁護をするつもりはないとしながらも、堤さんは、起訴された5人の兵士はごく普通の人たちであったこと、リストラなどで職を失い、生活苦から入隊したら前線に送られたことなど、だれが虐待したのかといった犯人探しで終わるのではなく、普通の人が加害者となるまでアメリカ国内でどんなふうに格差が拡げられていったか、そのことに目を向ける必要性があることを強く訴えました。アメリカでは労働者の立場からそのことを訴える動きが出ているそうです。
また、イラクから帰還した兵士は仕事に就けず、ホームレスになる子が多いそうです。その子たちはみな「こんなことは間違っている。貧しい高校生を捨て駒にして戦争を維持するシステムは間違っている」と怒っているそうです。彼らと彼らの母親たちが行動を起こして世論を動かし、去年の中間選挙で共和党が大敗した、と堤さんは語りました。
・危険な医療の民営化
アメリカは「911」以降、格差を拡大する法案をたくさん通したそうです。社会保障カット、障害者医療費負担増、学費を上げる、失業手当カットなど。アメリカは医療費が高いので医療費で破産する人が多いそうですが、「日本も他人事ではない」と堤さんは警鐘を鳴らしました。老人ホームの予算を廃止し、あとは自治体と民間でやってくださいといった法案をどんどん出しており、介護難民の数字についても政府は知っているが言わないそうです。「あとは自己責任でやってくれ」ということになると、アメリカと同じことが繰り返されるとした上で、医療が民営化されることの危険性を訴えました。
・派遣会社にとってイラクは有望なマーケット
格差の拡大によって自己破産が増えると、個人情報が一元化されて派遣会社にいく。派遣会社から電話がきて、高額の年収を提示され、派遣会社に登録するとイラクに送られる。軍事訓練を受けていないので武装勢力に襲われ、多くの犠牲者が出ているが、民間なので戦死者に入らない。派遣会社にとってイラクは有望なマーケットであり、恐ろしいのは、民間人がイラク人に対して非人道的なことをしても軍事裁判にかけられないため、国際社会の目に触れないことです。
また、911以後、「テロとの戦い」の名のもとに大学や電話会社などが学生や顧客の個人情報を国家安全情報局に渡していることに言及しながら、国民全員に身分証明書の磁気カード義務化の法案がいま通りかかっており、これが成立すると、このカードを持っていないと銀行口座を作れなかったり、国内外に旅行ができなくなるそうです。磁気カードの危険性に気づいている人たちは反対していますが、表向きはテロを入れないためとしているので、多くの州が賛成し、成立する可能性が高いそうです。
・国家という枠組みをすり抜けた巨大な組織
911の前、国家は国民を守るものであるという考え方がありましたが、911以降、国家という枠組みをすり抜けた巨大な組織がまったく新しい力を持つようになったと述べ、「世界が変わった」との認識を示しました。タチが悪いのは、この組織は国家の力を利用していることであり、国と提携していることです。たとえば、40億ドルの軍事費がかかるところ、私たちに任せてもらえば派遣会社を使って半分でできますと言ってくる。予算削減になり、政府に協力する格好になります。
日本でも自衛隊がデモの人たちのリストを持っていることが内部文書で明らかになりましたが、堤さんは「共謀罪が通るとリストに載っている人たちが牢屋に入れられる」と述べ、「1つひとつの法案を点として見るのではなく、どの法案とどの法案が提携したらどういうことが起こるか。想像力を持って法案を検証していかないと危ないと思う」と警鐘を鳴らしました。
・「自己責任」「民営化」という言葉にだまされてはいけない
格差を拡大し、個人情報を一元化して効率の名のもとにその情報を政府が握る。そのときキーワードになったのは、「自己責任」「民営化」「効率がよくなる」「サービスが上がる」という言葉であり、アメリカはこれにだまされたそうです。堤さんが取材したアメリカ人がみんな言っていたことは、アメリカ人は「自由」と「競争」という言葉に弱いそうです。古きよき時代のアメリカンドリームを連想させるからです。これらの言葉が全部バラバラになってしまい、1枚の絵として想像することができなかった、それがイラク戦争であり、たくさんの私たちの息子たちを失うことだった、カトリーナで大勢の人が亡くなったのも、災害対策機構が民営化されたからであり、あれも自然災害ではなく人災だった、全部アメリカ国民の無関心が引き起こしたものだった、と彼らは語っていたそうです。
堤さんは、「絶対に民営化してはいけないエリアがある」と述べ、それは、人の命に関わるものであり、「医療」「教育」「労働環境」などは、効率や自己責任の名のもとに民営化するのは非常に危険だと強く訴えました。また、政府が個人情報を握るときのキーワードは「安全保障」であると述べ、「華やかなキーワードにごまかされてこのような法案を通してしまうと、アメリカのようになる」と警鐘を鳴らしました。
・伝えること、手をつなぐこと
また、重要な法案が充分に国民に知らされず、数の力で強行採決され、次々と成立している現状を見ると絶望的な気持ちになるが、私たち市民が持っている最大の武器は伝えることであり、手をつなぐことであると述べ、真実をしっかり手渡していくことの重要性を訴えました。さらに、活字メディアの可能性や、しっかり検証した上で1票を投じることが世の中を変える一歩になると述べ、選挙で意志を示すことの必要性を説きました。
・国と国の戦争は終わりがあるが、テロとの戦争は終わりがない
堤さんのお話のあと、「グアンタナモが象徴する問題とはなにか」について、堤さんと寺中誠さんの対論がありました。寺中さんは、「国と国との戦争は終わりがあるが、相手がわからないテロとの戦いは終わりがないので恐ろしい」と語りました。その意味で世界を変えた1つの象徴がグアンタナモである、との見解を示しました。寺中さんのお話によると、キューバの米軍基地グアンタナモ収容所には、いまも大勢の人たちが収容されており、その多くはテロとはなんの関係もない人たちだそうです。
堤さんは、マスコミは虐待した兵士たちがどんなにひどいことをしたか、そのことだけを報道するが、なぜそのような状況が生み出されたのか、そのことは伝えない、と批判しました。たとえば、兵士をリクルートする人たちも軍から勧誘された人たちであること、リクルーターになると前戦に行かなくても済むので希望者が多いこと、彼かにも厳しいノルマを課せられており、相当追い詰められている状況にあることなどを考えると、「だれが加害者か、リクルーターが加害者か、それともそのようなシステムそのものか」と疑問を呈しました。
・弱いものがさらに弱いものを攻撃する
弱いものを駆り立て、さらに弱いものを攻撃し、1番弱いものが外でさらに弱い人を攻撃する。がんじがらめにしてだれが加害者かわからないシステムが作られている。これまではマイノリティの人たちだったが、いまはごく普通の人たちが派遣社員としてイラクに行き、気がついたら加害者になっている、と述べ、メディアコントロールがあるので報道されていないが、米国では労働者の反戦デモが起きていることを明らかにしました。
最後に、寺中さんが、加害者と被害者がともに同じ社会的弱者であり、その弱者に全部のしわ寄せを押し付けてグローバリゼーションという社会が動いているとしたら、それに対して異議を申し立てるとき、その状態に対してメスを入れていかないと変わらないのではないか、との認識を示した上で、自らも弱者の立場として、弱者の側に立って活動を考えていかなくてはいけない、との決意を表明しました。
・筆者の感想
配布された資料のプロフィールによると、堤さんは、国連やアムネスティ・インターナショナルNY支局局員、米国野村證券勤務などを経て、現在はNYと東京を行き来しながら執筆、講演活動を行っているそうです。さすがに国際派のジャーナリストらしく、諸外国の事情に詳しく、メディアによる情報の出所がどこかを知ることが大事だといった指摘など、そのお話は示唆に富み、大変参考になりました。
堤さんのお話を伺いながら思ったのは、911以後アメリカで起こっていることがそのまま日本でも起こっているということでした。メディアが不安をあおり、国民が感情的になっているとき大きな法案が通りやすいという指摘も、年金問題など国民の不安が高まって感情的になっているとき、重要な法案が強行採決されている状況を考え合わせると、911以後のアメリカ社会が人間を使い捨てにするために個人情報を(国家が)管理するようになったというお話も、決して海の向こうの話ではない、との感想を持ちました。
(ひらのゆきこ)