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疲弊する米軍
2007年4月20日 田中 宇
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1960−70年代のベトナム戦争の末期、米軍は、装備の不足や作戦上の失敗や混乱、兵士の士気の低下などがひどくなり、全崩壊的な敗北へと発展した。その際、米軍の崩壊を予兆する早期のできごととして、ベトナムで戦う米軍の中堅将校や下士官の、脱走や任務遂行拒否が相次いだ。ベトナムから休暇で米国の故郷に戻ったまま、休暇期間が過ぎても部隊に復帰しない士官や兵卒が急増した。
これについて最近、ベトナム戦争に参加したロバート・スケールズ元少将は「中堅将校や下士官の逃亡は、米軍の崩壊を予兆するものだった。ちょうど、炭坑内のガス漏れを知らせるカナリアの異変のようなものだ。中堅将校や下士官に戦う気がなくなれば、軍隊は戦争を続けられなくなる」と述べている。(関連記事)
40年も前のベトナム戦争の話が、今また問題になっているのは、イラクやアフガニスタンに従軍する中堅将校や下士官の間に、逃亡や任務拒否が相次いでいるからだ。スケールズ元少将は「今また米軍では、驚くほど大勢のカナリアたちが、かごから逃げ出そうとしている」と指摘している。
軍法会議にかけられる脱走者の数は、倍増したものの絶対数は大したことがない。年間の平均が、90年代末期には180人だったものが、最近では390人になった程度である。しかしその一方で、米軍の陸軍士官学校(ウェストポイント)では、米軍の士官になるべき卒業生の多くが、軍以外の組織に就職したり、軍内でも戦場に行かない職種を希望する比率が、30年ぶりの高さになっている。たとえば2001年度の卒業生903人のうち54%は、すでに米軍を去っている。逃亡ではなく、合法的なかたちで軍を去る士官が多い。(関連記事)
米軍は新兵募集にも苦労している。米軍はベトナム戦争までは徴兵制だったが、その後は募集制の軍隊なので、一定以上の水準の人々が十分な人数に応募してくることが、軍隊の能力維持に必要である。米軍ではもともと、兵士の9割以上が高卒以上の学歴を持つことを募集の目標とし、過去に犯罪を犯したことがある前科者は入れないようにしていた。だが今や、高卒以上の学歴者の割合は8割で、しかも新たに兵士になる人々のうち半分が前科者という状況になっている。(関連記事)
▼ボーナスで兵士をつなぎとめる
日本やドイツが「極悪」だというイメージをうまいこと米国民に植え付けることに成功した第二次世界大戦は、アメリカにとってうまくいった戦争で、戦死者が増えても米軍兵士の士気は高かった。イラク戦争でも米政府は、開戦まではサダム・フセインをヒットラー並みに極悪な独裁者だというイメージに仕立てることに成功し、03年3月のイラク侵攻にこぎつけた。
しかしその後、開戦事由となったイラクの大量破壊兵器開発がウソであることが暴露され、ブッシュが約束したイラクの民主化は実現せず、逆にイスラム世界の全体で反米感情が高まり、監獄での米軍によるイラク人に対する虐待行為や、ゲリラ掃討の名目で無実の市民が無数に殺される例が続出し、米国民にとって何のために戦っているのか分からない状態になっている。米軍の士気が下がり、士官が軍を去り、新兵に応募する人が減るのは当然である。
募集制の軍隊が行う戦争は、戦争に対する国民の支持、つまり「勝算」と「正しさ」を必要とする。国民の戦争への支持を集めるため、敵国を実態以上に極悪視し、負けているのに勝っていると言って、ウソや誇張をやる国が多いが、それがばれると敗北につながる。ウソがばれている点で、アメリカはすでにイラク戦争に負けている。
戦争の大義を失った米政府は、兵士や将校を軍につなぎ止めておくために、ボーナスを上積みせざるを得ず、その総額は年間10億ドルにのぼり、イラク開戦時の6倍になっている(年間の戦費総額2300億ドルに比べると微々たるものだが)。(関連記事)
米軍は、新兵募集が難しいので、本来米軍がやるべき仕事の一部を、米英の元将校らが経営する傭兵企業(軍事サービス企業)に発注している。国連の調査によると、イラクに駐留する外国兵力のうち30%を占める5万人前後が傭兵で、その数は米軍(15万人)に次ぎ2番目で、3位のイギリス軍(1万人)より多い。傭兵企業は、軍が使う装備の扱いを知っている米軍の元兵士や元士官を、軍より高い給料で雇用することで成り立っている。
米軍が傭兵企業に頼るほど、傭兵企業が軍人を高給で引き抜くことが増え、米軍はさらに高いボーナスを出して軍人を引き留めたり、傭兵企業に頼る比率を高めねばならないという悪循環に陥っている。傭兵企業は、イラクでの戦争ビジネス拡大のため、故意にイラクの内戦を煽っていると疑われている。(関連記事)
▼装備不足につけ込む装備の値上げ
米軍は、新兵応募者の不足や士官の脱落などの結果、兵力が足りなくなり、これまではイラクとアフガニスタンでの軍人の任務は1回が1年間までと決められていたのを3カ月延長し、15カ月の任務にすることが先日、国防総省によって急いで決められた。任期の延長による士気の低下を抑えるため、イラクとアフガニスタンに駐留する全兵士に1000ドルのボーナスが与えられることになったが、これで士気低下を食い止められるかどうか疑わしい。(関連記事)
米軍は、兵士不足の影響で、新兵を急いでイラクに派兵せねばならず、本来は事前に1年間の軍事訓練が必要なところを、最短で2週間の訓練のみで、イラクの戦闘現場に行かされる訓練不足に陥っている。アラビア語も知らず、シーア派とスンニ派などについても知らない兵士がイラクの市街を巡回している。
同時に、装備不足もはなはだしく、防弾チョッキや、爆弾テロ対策の装備をほどこした装甲車が不足している。イラクでの米軍の死者の6割は、車両で移動中に、イラク人ゲリラが道路に仕掛けた地雷や路肩爆弾の爆発によるもので、車底が平らではなくV字型になった装甲車だと、爆破への耐久力が強く、兵士の死亡率を減らせる。イラクではV字型の新型装甲車が6400台必要だが、それが配備されるのは、早くても来年3月からである。
加えて、軍事産業の政治圧力の結果なのか、イラク開戦以来、兵士が使う装備の価格が急上昇している。銃器、防弾チョッキなど、戦場の兵士が身につける装備一式の価格は、1999年に7千ドルだったが、最近では4倍の2万5千ドルに値上がりしている。装甲車の価格は、01年に3万ドルだったが、今では7倍の22万ドルに値上がりしている。急増するアメリカの軍事費の多くは、軍事産業のぼろ儲けに使われている。(関連記事)
軍事産業は、政治的な配慮から、全米の各州に工場が分散するように運営されている。軍事産業の工場がフル回転すると、各州の地元の雇用がまんべんなく増えるので、どこの州でも地元の連邦議会の議員たちは自分の功績にできる。米議会は、民主党も共和党も、軍事産業にコスト削減の圧力をかけない傾向がある。(関連記事)
▼今さら徴兵制を検討する愚
イラク駐留米軍は、装備が足りないので、ゲリラに攻撃されると防御できない。そのためイラク人と対峙する米軍の部隊は、ゲリラにやられる前に先制攻撃するしかないと考えて、ゲリラと関係ない一般市民まで殺してしまう。(関連記事)
スンニ派の町では、米軍が町を包囲し、女性と子供に町の外に避難するよう命じ、残った男性市民を片っ端から尋問し、抵抗したらゲリラと見なして射殺し、町の外に避難しなかった家族もゲリラと見なして一斉射殺する虐殺行為が横行している。こうした行為はイラク人の反米感情を高め、アメリカを敗北に近づけているが、こうした行為が行われる一因は、米軍の装備不足、訓練不足、兵力不足にある。(関連記事)
そもそも、国民に厭戦気運が広まったら窮地に陥る募集制の軍隊は、米軍がイラクでやっているような、他国に対する長期の大規模な軍事占領を行うことには向いていない。短期戦や、自国に対する侵略に抵抗することしかできない。そのため米政界には、兵力不足を脱するためにも、1970年代に止めた徴兵制を復活すべきだという議論も、米議会などで起きている。(関連記事)
だが、徴兵制によって本人の意思に反して戦場に送られた兵士は一般に、募集制で集めた兵士より、さらに士気が低い。徴兵制に戻るなら、国民が「イスラム世界と戦争するぞ」という気迫に満ちていた911事件の直後にやるべきだった。イラク戦争もテロ戦争も失敗だという意識が米国民の中に強くなった今から徴兵制を敷いてもうまくいかず、ブッシュ政権や議会に対する国民の支持がさらに失われるだけである。
▼秋までに撤退できなければ大敗北?
このように米軍は、兵力不足、士気の低下、訓練不足、装備不足などに陥っている。イラク駐留米軍の司令官の一人は3月初め「あと半年間でイラクを安定させられなかった場合、ベトナム戦争の時と同様に、戦争に対する米国内の世論の支持が失われ、米軍はイラクから急いで撤退せねばならなくなるかもしれない」と予測している。(関連記事)
イラクでの戦況が改善しなくても、今年の秋にはイラクから米軍撤退させないと、その後の米軍は戦闘能力が落ち、大敗北を喫すると予測する声は、米政界のあちこちから出ている。(関連記事)
パウエル前国務長官(元軍人)や、キッシンジャー元国務長官といった著名な元高官たちが「米軍崩壊」の懸念を指摘している。(関連記事)
帝国もしくは覇権国が、海外派兵や外国に対する軍事支配に失敗し、撤退できなくなって軍事力を浪費することを国際政治の用語で「オーバーストレッチ」(過剰派兵)というが、アメリカはまさにこの状態に陥っている。アメリカのような覇権国は、他の諸国よりはるかに軍事力があるので、為政者は、侵略や占領に失敗しても「まだまだ軍事的余力があるので、もう少し頑張れば勝てるはず」と思い続け、撤退すべき時期を逃し、無限に見えた軍事力をいつの間にか使い果たしてしまう。
第一次大戦前後のイギリスがこのオーバーストレッチ状態になって覇権を失い、今またアメリカがこの状態になっている。イギリスの例に照らすと、アメリカは単にイラクで負けるだけでなく、世界に対する覇権そのものを失いかねない。
(米軍のうち、空軍と海軍は余力があり、オーバーストレッチにはなっていないが、軍事費の財政面から見ると、米軍全体が危機的状態になりつつある)
▼占領失敗を決定づけたバース党公職追放
米軍がイラクで兵力不足になった原因は、イラク侵攻前に、国防総省と大統領府(ホワイトハウス)の政策立案者の見通しが非常に甘かったからである。イラク戦争の政策立案者の中心は、ウォルフォウィッツ国防副長官ら「ネオコン(強制民主化主義者)」で、彼らは「イラクのフセイン政権は、5万人程度の米軍で倒せる。政権転覆後は、イラク人が民主主義に目覚め、民主化された政府を作ってくれる」と主張し「侵攻には、50万人は必要だ」と主張する米軍の将軍たち(制服組)を無視した。
フセイン政権転覆後、イラク占領軍政府のトップになったジェイ・ガーナーは、占領軍の兵力が少ないため、イラクの治安を守るにはフセイン政権の旧イラク軍を温存し、フセインと特に近かった一部の司令官だけを戦犯としてクビにして、残りの人々は新生イラク軍に衣替えさせることを検討した。しかし、ブッシュ政権内では「フセイン政権時代の組織や人材を残すことは、イラクの民主化を阻害する」という意見が強く、ガーナーは1カ月でクビになった。(関連記事)
イラク占領政府トップの後任にはイラクのことを何も知らないキッシンジャー元国務長官の弟子であるポール・ブレマーが就任し、就任直後に旧イラク軍は解散させられ、フセイン時代にイラクのエリートだったバース党員は、公職追放された。フセイン時代には、軍人、教員、警察官など公務員の大半は、出世のためにバース党員として登録していたので、バース党員の公職追放は、行政能力のあるイラク人が行政にたずさわれない事態を招いた。(関連記事)
これらの愚策の結果、バース党の元軍人はゲリラになり、イラク占領は失敗してイラク人のゲリラ支持が増え、米軍はオーバーストレッチに陥った。窮地を脱するため、昨年秋には、ブッシュ政権内に「現実策」としてバース党を復活させる試案が出てきた。アメリカの傀儡であるマリキ政権は、イラク国民の支持がないので、旧バース党勢力がマリキ政権を転覆するクーデターを起こすことをアメリカが黙認し、事実上のバース党政権下で再びイラクが安定し、米軍は撤退する、というシナリオが描かれた。だが、ブッシュ政権内の合意が形成できず、この案は実現しなかった。(関連記事)
その後、昨年末に旧バース党勢力の精神的支柱だったフセイン元大統領が処刑され、旧バース党とアメリカが密約する可能性はなくなった。代わりに旧バース党の勢力(スンニ派中心)は、イラクでもう一つの強い勢力であるサドル師のマフディ軍など、イラン寄りのシーア派の勢力に近づき、ゲリラ戦で米軍を打ち負かす方向性を強めている。(関連記事)
ブッシュ政権内で現実策を重視する勢力(ベーカー委員会の人々など)は、旧バース党だけでなく、シーア派に強い影響力を持つイランとの和解をも模索した。それにより、イラクの政情を安定させ、米軍をうまく撤退させようとした。だがブッシュ政権内の「強硬派(隠れ多極主義者)」であるチェイニー副大統領やネオコンは、イランとの和解に猛反対し、むしろイランとの戦争を誘発する言動を繰り返し、現実派の融和策をぶち壊している。(関連記事)
▼実は自滅派のゲイツ新国防長官
このように見ていくと、イラク侵攻を推進したチェイニーやネオコンは、どうも最初からイラク戦争が失敗することを知っていながら、空想的な「中東民主化」の構想をぶち上げ、過度に楽観的な戦略をあえて採り、バース党を有効活用しようとしたガーナーを更迭し、意図的に米軍のオーバーストレッチを誘発したのではないかと思えてくる。
チェイニーやネオコンが「アメリカはイラクに侵攻すべきだ」と強く主張し始めたのは、クリントンからブッシュに代わる選挙戦が開始される直前の1998年からだが、これを見て、ブッシュ家に仕える政策参謀の中でも反ネオコンの「現実派(リアリスト)」だったスコウクロフトは「米軍がイラクに侵攻してフセイン政権を倒したら、アラブ全体に怒りが広がり、アメリカは世界中の同盟国の大半を失い、大失敗する」と主張した。ネオコンが挙行したイラク侵攻後、事態はスコウクロフトの指摘通りになっている。レーガン時代から長くアメリカの中枢にいたスコウクロフトには、最初からネオコンやチェイニーの「隠れ多極主義者」としての意図が見えていたのだろう。(関連記事)
ブッシュ政権内でイラク侵攻を推進した人々の中でも、ラムズフェルド前国防長官は、おそらく「隠れ多極主義者」ではない。彼は軍事産業の代理人で、新型戦闘機やミサイル防衛システム(地対空迎撃ミサイル)などのハイテク兵器の巨額な開発事業を推進するために国防長官になった。ラムズフェルドは、ネオコンと同様に、イラク侵攻時に大量の地上軍を派兵することに反対したが、それは彼が「地上軍を増やすと兵士の人件費が増え、空軍と海軍というハイテク兵器の開発を行う部門に回る軍事費が減り、軍事産業が嫌がる」と思ったからだった。
イラク戦争は失敗したが、ラムズフェルドがいるおかげで、ハイテク兵器の開発費は削られず、イラクでは地上軍だけが消耗し、空軍や海軍はオーバーストレッチにもなっていない。
だが、昨年秋の中間選挙敗北のスケープゴートとしてラムズフェルドが辞めさせられた後、後任の国防長官になったロバート・ゲイツは、軍事産業の代理人ではなく、むしろ隠れ多極主義者の一派であると思われる。というのは、彼が「空軍や海軍の軍事費を削っても、陸軍と海兵隊という地上軍を大増強せねばならない」と言っているからだ。ゲイツは今年2月に「いずれアメリカは、ロシアや中国やイランなど(の内陸型の諸大国)と戦争しなければならなくなるかもしれないので、陸軍の大増強が必要だ」と議会で述べ、関係者を驚かせた。ロシア通のゲイツが、ロシアと戦争するかもしれないと発言するのは、あまりに奇妙だった。(関連記事)
その一方で、ゲイツが国防長官になった後、米議会では、ラムズフェルドが推進していたハイテク兵器開発事業が、廃止する事業の対象として検討され始めている。(関連記事)
そもそも、私が今回の記事を書くきっかけとなったのは、最近アメリカの軍事専門家たちがいっせいに「米陸軍はオーバーストレッチしているので、大増強が必要だ」と言い出したからなのだが、専門家たちの主張自体、空軍や海軍の予算を削って陸軍に回し、陸軍にさらなる消耗を可能にさせる展開を誘発している。米軍のオーバーストレッチは、海軍や空軍を巻き込み始めている。(関連記事)
イラクにおける米軍の消耗と余力の低下は、在日米軍の縮小・撤退というかたちで、すでに日本にも影響を与えている。対米従属を国是とする日本にとって、危険な事態が拡大している。
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http://tanakanews.com/070420USarmy.htm