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ロワイヤルはなぜ破れたか(仏大統領選挙報告・飛幡祐規さん)
ニュース / 2007年05月09日
今日、メールで長文のレポートを受け取った。フランスの大統領選挙結果についての飛幡祐規さんの分析だ。サルコジ候補の主張は、薄ら寒いほどに石原都知事や安倍晋三総理に通じるものがある。テレビ討論とイメージ戦略の織りなす政治ドラマは、小泉劇場以後の日本の光景でもある。ただし、「サルコジ対ロワイヤル」という対決軸は、参議院選挙を前にした日本の政治模様とは大きく違う。じっくりと呼んでみていただきたい。
フランスの大統領選
今年のフランスの大統領選について、1974年のジスカール・デスタン大統領時代以来、この国の政治と社会の変遷を見てきた住民の視点から書いてみたい。
ふたつのフランス
サルコジ新大統領とロワイヤル候補への投票率を地方、社会階層、年齢分布などから比較すると、「ふたつのフランス」があらわれる。サルコジはフランスの北部・東部・地中海沿岸、ロワイヤルは西部のブルターニュ地方と南西部で過半数をとった。北部と東部のかつての工業地帯(鉄鋼、炭田)では、伝統的に労働者層による共産党と社会党支持が強かったが、三十年来の経済変遷により多くの工場が閉鎖され、失業率が上がった。ここ二十年来は極右の国民戦線支持が強くなった地域で、サルコジはそれらの地方で国民戦線票をくって高い投票率を得た。地中海沿岸も伝統的には左翼が強かったが、国民戦線の勢力が増大した。日本人にもおなじみの南仏の「プロヴァンス」や「コートダジュール」は、主にバカンスと観光業でなりたつ地方だが、退職者が多い保守層の地盤であり、また都市部では移民の存在も目立つことから、国民戦線の唱える排外主義が浸透した。移民(系)を問題視・敵視し、「国(民)のアイデンティティ」を強調したサルコジの発言と政策は、これらの層をひきつけたわけだ。
一方、ロワイヤル票の多かったブルターニュ地方や南西部には伝統的な工業地帯がなく、三十年来の経済・社会の変遷に、よりソフトに適応してきたといえる。昨年春のCPE闘争の先端をきったのが、レンヌやポワティエ、トゥールーズなど西部・南西部の都市の大学だったことは興味深い。ブルターニュ地方は伝統的にカトリック教の影響が強い保守的な地方だったが、近年は左派が強くなり、南西部と共に中道派バイルーの支持率も高い。
また、サルコジ票は主に農村部と大都市、ロワイヤル票は中規模の都市部で優勢だった。社会階層では商業、農業、自由業、管理層、民間企業の従業員がサルコジ優勢、中間層従業員、公務員及び公共事業の従業員、労働者層でロワイヤルが優勢だった。パリでは裕福な層が住む西部、16区では実に80%がサルコジに投票したのに対し、東部では60%前後ロワイヤルが得票した。年齢分布では、65歳以上の高齢者(72%)と25〜49歳(51〜52%)がサルコジ優勢、18〜24歳の若者(54%)と50〜64歳(57%)がロワイヤル優勢だ(LH2-リベラシオンの世論調査より)。サルコジが強調した「もっと稼ぐためにもっと働け」というモットーと、国家の援助を受ける弱者にむち打つネオリベラル思想は、消費社会に毒された若い現役の給与生活者や商店主、自由業などにアピールし、また「1968年5月革命の清算」、つまり価値観の多様化した自由で寛大な社会に対して秩序と権威の復権を唱えた新保守思想は、女性やホモセクシュアルの権利が拡大し、移民系フランス人のアイデンティティ主張が増した現在のフランス社会に不満と恐怖を感じる保守・反動層(とりわけ農村部)や、植民地帝国時代のフランスにノスタルジーを感じる高齢者にアピールしたといえよう。
これに対し、ロワイヤルも「正しい秩序」というモットーや、国歌・国旗への愛着を訴えた発言などによって、そうした層を狙うきわどい面をもっていたが、フランス国民の多様性がもたらす豊かさを強調し、ホモセクシュアルや女性の権利を擁護する、より寛大なビジョンに基づいていた。2005年秋の「暴動」以来、選挙人名簿に登録したパリ郊外などに住む移民系若者たちの支持は得られたようだが、メディアで派手に報道された「暴動」をテレビで見て恐怖を抱いた農村部などの人々は、犯罪者の刑罰や移民規制のさらなる強化を掲げるサルコジの言説に賛同したわけだ。
ロワイヤル敗退の原因
さて、5年前の大統領選では、第一次投票で国民戦線のル・ペンが社会党のジョスパン元首相をしのぎ、決戦投票に進出するという予想外の出来事が起きて、とりわけ左派に大トラウマを引き起こした。それまでのジョスパン左翼連合政権への不満から、左派の投票が多候補に分散したためだ。そこで、今回の選挙では第一次投票から社会党のロワイヤル候補が25%以上を得票した。しかし、ロワイヤル候補が決戦投票で6%の差で敗れたのには、いくつもの要素が起因しているだろう
まず、2002年の敗退以来、社会党がその原因をきちんと分析せず、明確な政策と路線を打ち出せなかった点があげられる。5年前に極左政党、緑の党、その他少数派左翼が比較的高い投票率を得た裏には、それまでのジョスパン左翼連合政権が、グローバリゼーションによるフランス国内の工場閉鎖、格差の拡大などの弊害を阻止できず、労働者層や不安定な臨時雇い層、失業者など底辺の人々の信用を失ったという事情がある。ATTACなどオルター・グローバリゼーションの市民運動も高まり、2005年のEU憲法条約の国民投票では、ネオリベラル思想に反発してノンに投票した左派の市民も多い。このとき、EU憲法条約の起草に参加してきた社会党の首脳陣はみな是認をよびかけたが、ファビユス元首相の派は党の決定に造反して否認を掲げ、社会党内に大きな亀裂が生じた。しかし、それ以後も、市場経済により適応した英国ブレア流の社会民主主義路線をとるのか、共産党や極左にもっと近づいた路線をとるのか明確な論議がなされないまま、大統領選候補者の座をめぐる有力パーソナリティどうしの競争が始まった。
昨年11月にロワイヤル、ファビユス、ストロス=カン3人の候補者による政策議論が行われ、党員の投票によってロワイヤルが選出されるが、このとき急増した新党員も含めて、「ロワイヤルが世論調査でいちばん人気が高い」という要素が選抜に大きな影響を与えた。ロワイヤルはそれ以前からメディアで大きくとりあげられ、「参加型民主主義」など社会党のプログラムにはない新しい政策で注目を集め、女性であることや、それまで党や社会党政府の重要職についていなかった「新鮮さ」によって、分裂して明確なアイデンティティを構築できない社会党の唯一の切り札に見えた。しかし、熟考された政策よりマーケティングとイメージ戦略が先行した選挙キャンペーンは、同じく圧倒的なメディア戦略をもち、政治ビジョンがより明確なサルコジのキャンペーンにはかなわなかった。サルコジの投票者の76%が彼の政策プログラムに賛同して投票したのに対し、ロワイヤルの政策プログラムに賛同した投票者の率は51%足らず、46%は「サルコジの当選を阻止するため」に投票したのだ。
今回の大統領選は85%という高い投票率にいたり、選挙前の候補者のミーティングやテレビ・ラジオ番組、報道への市民の関心も高かった。それには、現役あるいは元大統領と首相ではなく、50代の若い有力候補がもたらした新しさが関係しているだろう。しかし、1年も前からサルコジ、ロワイヤル二大候補の話題ばかりとりあげたメディアと世論調査は、アメリカ流政治家のスター化と政治のスペクタクル化をいちだんと進行させた。
自己顕示欲が異常に強いサルコジに対抗するかのように、ロワイヤルも「私は四人の子どもの母親」、「私は自由な女性」などと頻繁に「私」を前面に出したが、競争社会のメリットを強調する右派の思考に対し、福祉や社会の連帯を強調すべき左派の候補者として、それは的確な姿勢といえるだろうか? 国(民)のアイデンティティや治安など、サルコジが先行して投げかけるテーマに、同様の語彙を使って同じ土俵で反撃したやりかたは、左派の人々に不安感を与えた。ロワイヤルの能力を疑う男性優位主義的な中傷は根拠がないが、左派にかぎらず人々は、彼女の信念がどこにあるのか、信頼感をもてなかったのではないだろうか。第一次投票で中道派のバイルーが18%以上も(左派の有権者からも)得票した理由のひとつは、彼の言説に一貫性があり、熟考を経た信念と誠実さが感じられたからだと思う。
男性優位主義については、フランスにはいまだ女性指導者を受け入れられない男性が多いことはたしかだろう。女性の50%はロワイヤルに投票したが、男性の56%がサルコジに投票した。
サルコジは国民戦線まがいのテーマを強調して国民戦線の地盤にくいこみ、ネオリベ・ネオコンの右傾化した保守勢力を結集することに成功した。ロワイヤルを候補に選んだ社会党は、中道に近い社会民主主義と歴史的な左派社会党路線のあいだで揺れたたまま、明確な政策プログラムとビジョンを示せずに敗北した。社会党より左派の政党と市民運動も、共通候補を立てることができなかったほどの分裂状態で、共産党はほとんど壊滅状態にある。フランスの左翼の状況はかなり厳しいといえるが、今後サルコジが約束したネオリベ政策が出てくるにあたって、労働組合や左派市民がどのように動くだろうか。ひとつ言えることは、モダンを装った秩序・権威復権と大資本擁護のサルコジのデマゴギーに、24歳以下の若い世代は惑わされなかったことだ。希望はまだ残っている。
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