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Baghdad: Mapping the violence
http://news.bbc.co.uk/2/shared/spl/hi/in_depth/baghdad_navigator/
Life of an Iraqi Blogger (ビデオ映像11分53秒)
http://abcnews.go.com/Video/playerIndex?id=2971635
Alive in Baghdad というブログの映像のダイジェスト
http://www.aliveinbaghdad.org/
My Iraq: Ali Abbas
http://news.bbc.co.uk/2/hi/talking_point/6458145.stm
Ali Abbas four years on (ビデオ映像 1分27秒)
http://news.bbc.co.uk/player/nol/newsid_6460000/newsid_6467200/6467227.stm?bw=nb&mp=rm
四年前、12歳だったアリ・アッバス君は
連合軍の誤爆により両親と両腕を失いました。
「12歳のアリ君は両腕を失いました。
生きているだけでも不思議と思われました。
『私はイラクの病院に担ぎ込まれました。
余りに痛かったので死んだ方がましだと思いました。
クウェートに連れていかれました。
その時、初めて腕がないことに気づいたのです。
家族も失いました。
しかし人々は私にとても優しくしてくれました。
今は幸せです。普通の生活を送っています。
学校にも通っています。将来も明るいと思います。
友人もたくさんいます。楽しんでいます。
クウェートで医師から足で歯を磨いたり、食事する方法を教えてもらいました。
自画像も描きました。二、三か月前には個展も開きました。
そこで絵も売りました。
肩を使って、三輪自転車に乗ることもできます。
去年、オックスフォードまで六マイル行きました。
将来何がしたいかまだ分かりませんが、
平和に貢献することをしたいと思っています』
Kurds prosper from autonomy (ビデオ映像 2分38秒)
http://news.bbc.co.uk/player/nol/newsid_6460000/newsid_6465400/6465483.stm?bw=nb&mp=rm
「喫茶店でドミノをしながら古い友人達とお喋りを楽しむクルドの人々。
クルディスタンの丘陵地ではこのような平穏な生活が続いています。
イラクの他の地域と違って、ここは平和です。
ヤシャーさんと家族はバグダッドから逃れて来ました。
(UMM YASSER)
『ここは安全です。リラックスできます。必要な物は何でもあります。
一番大切なのは安全ということです。
バグダッドは失いましたが、今、クルディスタンを見つけたのです』
15年以上クルドは自治を享受してきました。
将来の観光の為に植樹も行っています。
(NEMROUD YOKHANA:Minister for Tourism,Kurdistan regonal government)
『クルドは自然がとても美しい所です。治安も安全です』
その安定のおかげで、今、経済ブームを迎えています。
イラクで唯一のエスカレーターかもしれません。
数十億ドルかけたショッピングモールもできました。
ここは首都のアルビルです。
ドリームシティ住宅計画も進められています。
イラクの他の地域は悪夢のようです。
『イラクにはまだ夢があります』とこの男性。
夢を実現する為に石油掘削も行われています。
今後独立する可能性もあります。
クルドには豊富な石油が埋蔵されています。
しかし近隣諸国、特にトルコの協力がなければ輸出することはできません。
トルコはクルドの独立には反対しています。
クルドは石油を輸出する為には
イラクに留まらなければならないかもしれません。
南部のシーア派も同じような独立、自治を求めています」
Iraq's final few bass players (ビデオ映像 1分27秒)
http://news.bbc.co.uk/player/nol/newsid_6470000/newsid_6472500/6472595.stm?bw=nb&mp=rm
「イラク・ナショナル・シンフォニー・オーケストラは、
リハーサルの日程を懸命にこなしています。
全国でダブルバスの演奏者は僅か四人しか残っていません。
そのリーダーがサミール・バシム・ユセフさんです。
オーケストラの団員は皆私の家族のようです。
一週間に何度も一緒に集まります。
オーケストラのメンバーの多くが撃たれたり、事故に遭ったりしました。
(SAMIR BASIM YOUSIF:Double bass player)
『自由があるかもしれませんが、実際の日常生活では、
その自由を余り感じることはありません。
用事に走り回って交通渋滞に巻き込まれたりしています。
私は外国軍はこの国で歓迎されているとは思いません。
侵攻してきた外国の人々はイラクの文化について殆ど知識がありません。
民主主義があることは、私個人としては非常に嬉しいことです。
そして個人的に選挙で指導者を選べることは良いことです』
My Iraq: Police diver's story
http://news.bbc.co.uk/2/hi/talking_point/6436017.stm
Iraq's 'body divers' (ビデオ映像 1分40秒)
http://news.bbc.co.uk/player/nol/newsid_6460000/newsid_6469000/6469085.stm?bw=nb&mp=rm
「この河は私にとって愛すべき河です。
私はダイバーです。
人生ずっと河で過ごしてきました。
二種類の遺体に出会います。
まずは溺死した人。泳げない為に溺死したんです。
もう一種類は、殺害の犠牲者です。
例えば手を縛られていたり、遺体に銃痕があったりします。
この河は皆のものです。
水を飲んだり、洗い物をしたり、皆がここの水を使います。
この大切な河に遺体を捨てる者を許せません。
濁って視界が悪い時は川底を手探りで探さねばなりません
河岸まで遺体を運んでいきます。
私の妻と子供達は仕事についてよく聞きます。
危険な仕事だと思わないのかと。
水の中が見えなくて川底で動けなくなったらどうするんだと。
私は将来はプライベートなダイビングクラブをオープンして、
ダイビングを教えるんです。
プライベートなスイミングプールを使うんです。
しかし今はそれどころではありません」
My Iraq: TV chef
http://news.bbc.co.uk/2/hi/talking_point/6441967.stm
Iraq's first celebrity chef (ビデオ映像 1分31秒)
http://news.bbc.co.uk/player/nol/newsid_6460000/newsid_6466400/6466459.stm?bw=nb&mp=rm
「この番組は今イラクで一番人気のある番組の一つです。
社会で最も重要な主婦向けだからです。
多くのEメイルが寄せられています。
もっと時間が長くして欲しいというようなリクエストが大半です。
昔はホテルとか観光地などでしか見られませんでした。
今はそういったものが見られるようになりました。
フセイン政権が打倒されたことで多くのことが変わりました。
私が一番考えていることは、どうすれば自分をより良くできるか、
自分の技術をより進めていくことができるかということです。
最大の問題は治安です。
治安安定があれば状況は大きく変わるでしょう。
自由に移動することもできるし、自由に職場に行ったり、
多くの人が実際に食事を見たり、味わったりできるような
フェアなどがオープンできるでしょう。
自分のレストランを開きたいですね。
このヒレステーキとサラダと特別なソースが自慢の店を作りたいんです」
Education 'key' to Iraq future (ビデオ映像 1分33秒)
http://news.bbc.co.uk/player/nol/newsid_6470000/newsid_6473700/6473739.stm?bw=nb&mp=rm
バグダッドのアル・ハレム小学校では生徒数が千人から八百人に減りました。
英語教師のアヤド・アデアブ
「私は教師という仕事が大好きです。
学校で子供達を教えるのは本当に楽しいことです。
世界で一番素晴らしい仕事だと思います。
この学校の生徒数は新学期の初めには千人でした。
しかしその数はどんどん減ってしまいました。
子供を学校に行かせたがらない親がいる為です。
学校から怪我をして家に戻ってきたことがあったからです。
この教室には、スンニ派もシーア派もキリスト教徒もいます。
学校では皆仲良くしています。
私は教師という仕事を続けたいと思います。
それは国の為になると考えるからです」
Iraq refugees head for Syria (ビデオ映像 3分37秒)
http://news.bbc.co.uk/player/nol/newsid_6470000/newsid_6474600/6474641.stm?bw=nb&mp=rm
「難民になること、それはとても大きな不安を伴うものです。
四年間イラク戦争に耐えてきました。
しかしもう限界だと人々は脱出しています。
ラマディでは、爆発、殺戮、六か月の停電、一年間学校も休校です。
アフマドさんもその一人です。
『もうこれ以上我慢できない。
生きていることを神に感謝する』
1948年のパレスチナ人以来の大量の人口流出です。
毎日千人の新しい避難民がこのシリアへの唯一の国境検問所に詰めかけます。
イラク戦争は人間を変えました。
中東の政治地図を塗り替えました。
その衝撃は中東全体に走っています。
あと一世代には影響が残るでしょう。
その最たるものがこのイラク難民達です。
苦難を逃れたとしても、どのような将来が待ち受けているか分かりません。
ダマスカスには七百万人のシリア人と百万人のイラク人が住んでいます。
毎日多くの人々が国連事務所へと押し寄せます。
行列する人々の表情にはイラクで直面した恐怖が窺えます。
『何か買おうと市場に行っても、隠れながら買わなければならないんです。
家族には二度と会えないかもしれないので
別れを告げてから行かなければならないんです。
殺されてしまうかもしれないからです。
知り合いがたくさん殺されました』
イラク難民はダマスカスでは難民キャンプではなく、
スラム街に吸い込まれていきます。
いくつかの区域では多くの人々がイラクのアクセントで話します。
小学生の四分の一はイラク難民です。
公式にはシリアとしては難民を受け入れると言っていますが、
これ以上増えれば暴力がシリアに飛び火すると恐れています。
物価上昇や犯罪増加も懸念しています。
バグダッドに向かっていたバスが銃撃を受けました。
自分の家を確認する為に戻ろうとする人が攻撃されています。
マフード・アジェブリさんは誘拐された経験があります。
家族は身代金を五万ドル要求されて払いました。
まだ一家は恐怖の中で暮らしています。
12歳の息子さんはシリアの病院で去年医療過誤の為に亡くなりました。
『将来はありません。
私も子供には自分より良い生活をして欲しいです。
でもそのチャンスはなさそうです』
<イラクに戻ったらどうなるんでしょう>
『とても危険な目に遭うでしょう』
ダマスカスの新たなイラク人区域は不安に覆われています。
パレスチナ人は60年間も厳しい耐乏生活を強いられました。
しかしパレスチナ人とは違って、イラク人には国があります。
国に戻れるのは何時のことになるかは分かりませんが」
ヨルダンのアンマンに避難しているオサマさん
(OSAMA AL SARRAF:Composer and animator)
「私はとても混乱しています。
毎日状況は悪化しています。
私は合法的にいますが、今後どうなるか分かりません」
<ヨルダンは国際難民条約に署名していません。
難民を登録していません。
イラクに強制送還されることはあるんでしょうか>
「どうなるか分かりません。
私達は混乱しています」
<生活はどうですか>
「良いですよ。
合法的である限りは大丈夫です。
不法移民なら大変だと思います」
<兄弟も難民申請をしているということですが>
「数十万人が難民申請をしています」
(JOOST HIL TERMANN:International Crisis Group)
「ヨルダンは素晴らしい対処をしてきたと思います。
ヨルダン人口の10〜15%がイラク難民です。
これまで大きな社会問題はありませんから素晴らしいことです。
しかし水面下では色々なことが起きています。
収入源がない人もたくさんいます。
子供を学校にも送れない。
お金を全て使い果たした人もたくさんいます。
今後どうするかが問題です。
今後更にバグダッドの状況は悪化すると思われます。
そうすると更に難民が流入して来ると予想されます。
これまでよりもよりお金がない人が増えると思われます」
<ヨルダンは『難民』であるということを否定していますね>
「そうですね。
訪問者とかゲストとか色々な言い方をしています。
難民とは言っていません。
亡命を申請しているとは言っていますが。
現在ヨルダン政府はノルウェー政府と調査をしています。
UNHCR はもっと関与を求めています。
(Prince HASSAN:President. Arab Thought Forum)
「非常に懸念しています。
国際社会がもっと注目してイラクの状況に関与すべきです。
二百万人がヨルダンとシリアに逃れています。
難民の問題、国内避難民の問題、亡命申請者の問題、
国連は二千万ドルの援助金を用意しましたが、十分ではありません。
ハーシミー副大統領の唱えるアルカイダ以外の
抵抗勢力との対話は正しいと思います。
話し合いによってしか解決できません。
中立な第三者の仲介が必要でしょう」
(USAMA RIDHA)
「経済は非常に悪いですね。
全く希望はありません。
希望こそが人を生き続けさせるものですが、私は希望を失っています。
家を出て、バグダッドの中心部に行くとします。
仕事をするのですが、爆弾が爆発するのではないかと恐れます。
死ななかったとしても、腕や足を失う怪我をして
家族の負担になるという心配もします。
近い将来に改善されるとは思えません。
落ち着くには長い時間がかかるでしょう。
米軍はバグダッドでは助けになっていると思っていたのですが、
今は助けになっていないと思います。
数日前、一部の地域では自由に暮らせないと分かりました。
自由があったとしても、スナイパーが私を狙っているとしたら、
何の意味もないでしょう。
私は多くの友人を亡くしました。
同僚を失ったこともあります」
Iraq: One family's tragic tale (ビデオ映像 2分35秒)
http://news.bbc.co.uk/player/nol/newsid_6480000/newsid_6481900/6481967.stm?bw=nb&mp=rm
「ここバグダッドのヤムルーク病院には毎朝決まったように
夜間殺害された人々の遺体が警察によって運び込まれます。
犠牲者の多くは殺害される前に拷問を受けており、
遺体は激しく損傷しています。
皆運悪く、まずい時に、まずい場所に居合わせ、
そしてまずい宗派に属していたのです。
そんな犠牲者の一人がハリード・ユニス・カシャイさんです。
住宅相付きの運転手をしていました。
ある朝のことです。
ハリードさんは、省の役人を職場まで送っていく途中でした。
車はスンニ派強硬派の拠点アダミーヤに入って来ました。
報道陣と同じくシーア派の人間がこの街に入るのは極めて危険です。
しかしこれがハリードさんの仕事であり、選択の余地はありません。
武装グループはこの辺りで車を止めました。
そしてハリードさんがシーア派だと気づき、そのまま連れ去ったのです。
ハリードさんの家族は殆ど全てを失いました。
取材は安全な場所に移し、行われました。
ハリードさんの娘ザハラちゃんも一緒です。
ハリードさんの兄弟は、誘拐犯が五千ドルの身代金を要求してきた為、
自分の携帯電話や衣服など全てを売り払い、
残りは他人から借りざるをえなかったと話します。
その後、犯人から更に五百ドルの要求があり、
その時も何とかお金を借り、支払いました。
しかしその後、頭を撃たれたハリードさんの遺体が見つかりました。
身代金が支払われる前に殺害されていたとみられています。
ザハラには、お父さんは天国に行ったと言わなければなりません。
お父さんが戻って来るまで、代わりのお父さんになってと言われているんで。
<こんなことをした人を貴方は許せますか>
神のみが許せるでしょう。
私には許せませんと母親です。
彼らの暮らしは滅茶苦茶にされました。
でも決して珍しいことではありません。
ここではほぼ毎日起きていることなのです」
(FAREED SABRI:Iraqi Islamic Party)
「世論調査の結果は正確だと思います。
イラク国民は将来に不安を抱いています。
アルカイダなどによるテロ攻撃も増えています。
イラク治安部隊や民兵によるテロも増えています。
イラク軍、警察が宗派で構成されています。
例えばイラク警察の97%は one color で構成されています。
34000人の市民が民兵によって八か月間に殺害されました。
民兵指導者はイランなどに逃れ、おそらく米軍の撤退を待って、
バグダッドに再び戻って来る気でいます」
(SELWA KAZWINI:Commentator on Iraqi politics)
「(アンケート結果は)意外ではありませんでした。
悲観論が支配的になることは予想されていたことです。
前向きなこともありました。
大半のイラク人は国の統一を守るべきだと答えています」
(DAVID COWLING:BBC Head of Political Research)
「スンニ派とシーア派では大きな隔たりがありました。
スンニ派の方がより悲観的です。
対面調査で、450か所で行いました。
バランスのとれた調査だと思います」
(イラク教育省)
「イラクの多くの地域で親達は子供を学校に行かせるのを怖がっています。
治安の問題、インフラ不整備の問題、貧困の問題もあります。
毎月毎週物価が上昇しています。
ガソリン代は一年半前は20ディナールだったのが、今は400ディナールです。
輸送が困難な為に物価が上昇しています」
(DINDAR ZEBARI:Kurdish Coorinator for UN Affairs)
「国連はクルドに戻ってきました。
期待した程ではなくても支援してくれています。
人道援助団体や人権団体も初めてここにオフィスを建てました。
それまでオフィスはありませんでした」
(NIMROD BITO YOHANA:Kurdish Tourism Minister)
「この地域では観光産業が根付く可能性があります。
その為には治安の確保が重要です。
イラクの他の地域とは違います。
<そこに神殿があります。
八千年前の文明が栄えた地区ですね>
<中東最大のショッピングモール、
高級住宅地ドリームシティを建設した方です>
(NIZAR HANNA NASRI:Businessman)
「投資を始めたのは戦争の一年前のことでした。
二つのホテルから始めました。
それが非常に成功したので更に投資を続けました。
ドリームシティというショッピングモールです。
マーケット・リサーチをしました。
五万五千戸のユニットがありますが、既に埋まっています。
<二、三時間しか電気がきませんね>
市場価格に見合っていると思います。
学校や医療施設も完備しています」
My Iraq: Kurdish businessman
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6467659.stm