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http://eunheui.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_411c.html から転載。
今昔
Iraq and Vietnam: contrasting protests ― アメリカでの2つの時代(ベトナムとイラク)の反戦運動を比較したAP記事。
一面では、往時に比べ、現在の反戦運動は盛り上がりに欠けるように見える点もある。集会の参加者も少ないし、建物の占拠などの激しい行動もさほど見られない。この差を作る最大の原因は、やはり、徴兵制の有無だと考えられる。60年代の若者の平和運動は、自分が戦場に送られるかもしれないという恐怖に裏打ちされていた。キング牧師、ジョン・レノン、モハメド・アリのような顔になる人物がいるかいないかも違う。アメリカ兵の死者が増えていると言っても、ベトナム戦争のころとは一桁違う。以前ほど世代間の対立もない。軍や軍人に対して厳しい批判が行なわれることは意図的に控えられており、また、権力に刃向かってもしかたないという風潮も強い。
その反面、戦争に反対する底流は以前よりも強いとも考えられ、昨年秋の中間選挙での民主党の勝利に見られるように、人々の平和を望む声は政治家にとって無視できない存在となってきている。このような影響を与えるようになったのはベトナム戦争のころよりもむしろ速いとも考えられる。更に、学生が主体だったベトナム反戦運動に比べ、今は労働組合やアフリカ系市民も多く参加し、階級や人種を越えた広汎な運動になっていることが観察できる。
自分が徴兵されるかもしれないというわけでもないのにこれだけやれているというのは、人々が前よりも世界の動きに敏感になったり、思いやり深くなったとも言えるだろう、という感じのまとめで記事は終わっている。
ここに挙げられている観察のかなりの部分は、私たちのまわりの平和運動の現状にも当てはまるのかもしれない。いや、そうだろうか。私たちの国では、安保闘争のころだって徴兵制はなかったわけで、平和運動が基盤としていたのは、アジアの人たちと連帯して帝国主義に立ち向かっていこうという気概だったのではないか。その気持ちは広い意味での思いやりだったとも言えるだろう。そして、その気持ちは昔のほうが強かったような気もする。
自分に関して言えば、何かに対立することによって個を確立するという生き方が難しくなったとも思う。うーん、これは単に私が歳を取っただけか。