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北京五輪より「対イスラム」がもたらした中国─バチカンの和解=佐藤優 [SAPIO]
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投稿者 white 日時 2007 年 3 月 15 日 16:15:16: QYBiAyr6jr5Ac
 

□北京五輪より「対イスラム」がもたらした中国─バチカンの和解=佐藤優 [SAPIO]

 http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20070314-02-0401.html

2007年3月15日
北京五輪より「対イスラム」がもたらした中国─バチカンの和解=佐藤優
 東西冷戦終結後、主要国のインテリジェンス機関は宗教分析に力を入れている。ロシアでは「ドゥホーブナヤ・ベスアパースノスチ(精神的安全保障)」という概念が定着している。“ドゥホーブナヤ”は英語のスピリチュアルに相当し、宗教と訳すことも多い。ちなみにロシアでは神学大学を「ドゥホーブナヤ・アカデミヤ」という。
 
 SIS(英秘密情報部)は、オックスフォード大学、ケンブリッジ大学、ロンドン大学等の社会人類学講座と提携して、中東やアジアの宗教事情について徹底的に研究し、現地工作に生かしている。CIA(米中央情報局)は、宗教やイデオロギーのような、数値化したり客観的基準を設けることができない対象のインテリジェンス調査は苦手である。しかし、2001年9月11日の米国同時多発テロ事件後、イスラム教については本格的な調査を行なっている。
 
 中国インテリジェンスの最も弱い部分は、宗教に関する基礎研究である。具体例を挙げよう。
 
 中国は以前からウイグル人の民族運動を警戒していた。東トルキスタン共和国を建設しようとする民族運動家に関する情報を丹念に収集し、新疆ウイグル自治区でも民族活動家に対して過酷な弾圧を加えている。しかし、イスラム教に関して、中国共産党のイデオロギー官僚は「遅れた迷信で、文明化とともに自ずから消えてなくなる」程度の認識しかもっておらず、結果としてかなり寛容な政策がとられていた。ウイグル人がハッジ(大巡礼)、ウムラ(小巡礼)で中東に出国することも比較的に容易だった。
 
 しかし、1990年代末より、巡礼に出たウイグル人で中国に帰国しない者が増え始めた。それと同時にチェチェンやボスニアの原理主義武装集団の戦闘員に加わるウイグル人が増えている。ロシアはチェチェンで拘束したウイグル人を例外なく中国に送還している。これらウイグル人は中国の公安(警察)、国家安全局(諜報機関)から徹底的な尋問を受けた後に、裁判にかけられ、ほとんどの者が死刑になっているという。中国が、イスラム原理主義がウイグル族や回族(中国人イスラム教徒)に与える危険を認識しだしたのは過去数年のことだ。
 
 中国では、古くは紅巾の乱(1351〜66年)、近年では太平天国の乱(1851〜64年)など民衆宗教と結びついた下からの革命運動の経験があるので、この種の民族宗教に対する体制側の警戒心は強い。現在、中国政府が法輪功に対して徹底的な弾圧を加えているのも、気功集団が共産体制に対する不満の受け皿となって、政治的に暴発することに対する予防措置であると筆者は見ている。しかし、中華帝国の枠組みを超えて、地球的規模で普遍的に活動する宗教の脅威を中国政府が本格的に意識したのは、新疆ウイグルにおけるイスラム原理主義勢力の台頭を目の当たりにした後のことだ。 
 
 9・11以降、ようやく中国政府もウイグル、アフガニスタン、パキスタン、チェチェン、中東にまたがるイスラム原理主義ネットワークが中国の安全保障に対する脅威であるという認識をもつに至ったのである。

カトリック教徒が抱える「二重忠誠」の問題
 中国のインテリジェンス戦略の特徴として、標的を焦眉の脅威に対してのみに絞る、つまり戦線を縮小する傾向が挙げられる。過去に戦争まで起こしたカシミール問題について中国がインドに譲歩し、2国間関係を安定させたのも、チベットに対してインドが干渉する口実を与えないようにするためである。中国政府は西部国境問題について、新疆ウイグルで手一杯なので、チベットについては極力平穏な状況を保とうとしているのである。裏返すならば、現時点において、国際社会がダライラマ14世を支援し、中国のチベット政策を変更させるように働きかけるならば、中国が譲歩する可能性がある。この場合、中国、インドと提携して、中央アジア・新疆ウイグルにおけるイスラム原理主義のテロリズムを阻止することをチベット問題とパッケージにすることだ。
 
 専門家以外には見えにくいが、中国はもう一つ、ひじょうに重要な戦線縮小を考えている。カトリック教会との関係正常化である。プロテスタント、正教などのキリスト教諸教派と異なり、カトリック教会は国家をもっている。バチカン市国は面積0.44キロ平方メートル(日本の皇居は1.15キロ平方メートル)、人口わずか822名(06年9月)という小規模な存在だが、国際法の主体としての国家の要件を満たしている。国家元首は第265代ローマ法王ベネディクトゥス16世である。
 
 ローマ法王はバチカン市国の国家元首であるとともにカトリック教会の長として「天国の鍵」ももつ存在だ。全世界のカトリック教徒は10億人程度と見られているので、この宗教団体の長としてローマ法王は絶大な権威を有する。権威だけならば、世俗の国家権力と対立することはないのだが、バチカン市国という国家をもつために、象徴的な形であるが地上の権力ももつ。教会が地上でも権力をもつということは、カトリックの教義からすると譲れない点なのである。カトリック教徒は究極的な状況において、自国とバチカン国家のどちらを選択するかという二重忠誠の問題を抱えている。
 
 国家は嫉妬する存在である。従って、自国以外に忠誠を誓いうる可能性をもった宗教に対して、どんな国家も本能的に警戒感をもつ。民主主義の優等生といわれるイギリス(16世紀にイギリス国教会としてカトリック教会から独立)でも、カトリック教徒が官吏となることは審査律(1673年制定)で1828年まで禁止されていた。審査律が廃止された後も20世紀初頭までは、カトリック教徒が高級官僚になった事例はあまりない。SISなどのインテリジェンス機関への採用に際して、カトリック教徒であることが問題とされなくなったのは第2次世界大戦後のことといわれている。
 
 中国はカトリック教会に対する警戒心を現在も強くもっている。カトリック教会の司教人事権(叙任権)はローマ法王庁がもっている。これを認めない限り、儀式がカトリック教会と同じであっても、カトリック教会とは認められない(ドイツ、オーストリア、スイスには儀式はカトリック教会と同じであるが、ローマ法王庁の人事を認めない「古カトリック教会」が存在する)。中国は「中国天主教愛国会」という独自のカトリック教会を公認しているが、ローマ法王庁の叙任権を認めないので、教会法上は真性のカトリック教会とはいえない。

宗教と国際政治の相互作用をいかに分析するか
 ところが1月21日、ローマ法王庁は「中国天主教愛国会」が任命した広州教区の司教の人事を追認した。同時にバチカン市国は中華人民共和国との国交正常化を呼びかけている。
 
 この動きに対して、1月23日の定例記者会見で中国外務省の劉建超報道官は、「中国がこれまで主張してきたバチカンの台湾断交と内政干渉の停止という2原則の基礎の上で『バチカンと接触、対話を維持し、積極的に関係改善のみちを探りたい』と述べ、対話に応じる姿勢を示した」(1月24日付産経新聞)。日本の論評では、08年の北京オリンピック開催を控えた中国のイメージ向上戦略との見方が多いが、底が浅い。筆者は、イスラム原理主義に対抗する統一戦線をバチカンと中国が模索しているのだと見ている。
 
 この背後にはベネディクトゥス16世の舌禍事件の影響がある。
 「2006年9月12日、母国、ドイツのレーゲンスブルク大学での講義の中で、14〜15世紀のビザンチン帝国マヌエル2世パレオロゴス皇帝の次の言葉を引用した。/『ムハンマドがもたらした新しいものを見るがよい。そこに見えるのは、剣によって信仰を布教する命令といった邪悪と非人間性だけだ』」(『週刊朝日』06年10月6日号、船橋洋一「ローマ法王『暴力による布教』発言が映し出す西欧・イスラム共通の危機」)。
 
 この発言に対するイスラム諸国の反発は激しく、ベネディクトゥス16世が事実上の謝罪をすることで事態を収拾した。しかし、本件を機にバチカンはイスラム教に対する警戒感を一層強くした。イスラムに対する脅威認識が宿敵であったバチカンと共産中国を接近させたのである。
 
 日本には優れた宗教学者がたくさんいる。国際政治専門家も数多い。しかし、宗教と国際政治の相互作用がどのような影響を現実政治に与えるかを分析することは不得手だ。この隙間を埋めるのがインテリジェンス分析なのである。(起訴休職外務事務官)

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