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□イラク新政策は本当に拙策か? =中西 寛 [中央公論]
http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20070227-04-0501.html
2007年2月27日
時評2007 イラク新政策は本当に拙策か? =中西 寛
一月十日、ブッシュ米大統領が新たなイラク政策を公表した。二万人余りの軍隊の増派や一二億ドルの新規経済援助を骨子とした内容だが、発表直後から厳しい批判を招いている。米議会では多数派となった民主党はもちろんのこと、一部の共和党議員も不支持を口にしている。何よりも今回の新政策は、昨年十二月に公表された超党派の「イラク研究グループ」(ISG)報告書が勧告した、米軍の逐次撤退と、隣国、特にイラン、シリアとの対話という方針の逆を行っている。ベーカー元国務長官など国際派の見解を拒否して、理解力のない大統領が自ら「失敗」と認めた政策路線に頑なに固執している、という図式に見事にあてはまっているようである。
この図式は真実の姿なのかもしれないが、結論を急ぐべきではない。新政策が完全でないことは確かである。しかしその点では「イラク研究グループ」の報告書もさほど変わらない。ISG報告書自体、その冒頭で「魔法の解決策はない」と断っているのである。とすれば、大統領の新政策をあながち失敗と即断できないだろう。
新政策への批判の中心は、二万人余りの増派の効果が見えないという点である。追加投入は規模としても小さいし、駐留期間の延長や帰国部隊の再投入など苦しい中でのやりくりである。それは典型的な兵力の逐次投入であり、軍事戦略の基本に反しているように見える。
この増派が戦闘を目的としているなら、この批判は正しい。しかし大方が認めるように、イラクの状況改善の鍵は、軍事ではなく政治が握っている。そこで中心的役割を担うのはイラクのマリキ政権である。マリキ政権が国軍と治安部隊によって治安を掌握しているとの印象を与えることが必要であり、その点で首都バグダッドの治安を確保できるか否かが重要である。特にバグダッド中心部のサドル・シティを支配する、シーア派強硬派のサドル師率いる民兵組織「マフディー軍」への対応が焦点となる。これまでマリキ政権はマフディー軍に頼らざるをえず、その存在を黙認してきたが、そのことがマリキ政権をアメリカとシーア派の傀儡とする、スンニ派の攻撃材料ともなってきたからである。
マリキ政権がマフディー軍への姿勢を変え、武装解除へと導くことができれば、首都掌握の成果を示せるとともにスンニ派の支持獲得にもつながりうる。既にマリキ政権はマフディー軍を武装解除する姿勢を明らかにしている。増強された米軍が国軍と治安部隊を支援する形をとれば、マリキ政権のサドル師側との交渉を後押しする要素にはなりうる。ケーシー駐留米軍司令官と交代するペトラウス新司令官は、イラク戦争開戦直後に北部モスルで指揮をとった。また、昨年十二月に改定された米軍の対反乱戦教範の著者でもあり、対反乱戦において軍事力が果たす役割とその限界については現在の米軍内で最高の専門家である。
新政策のもう一つの柱はイラン、シリアへの圧力とサウジなどアラブ穏健派の支持獲得である。イラクの治安回復のためにイラン、シリアと対話するというISG報告書の提案は、他の懸案がなければ賢明な方策であろう。しかし核開発問題やレバノンの武装組織ヒズボラ支援などを巡って、両国と西側は懸案をかかえている。こうした情勢下でアメリカから対話を持ちかけることは、状況をむしろ複雑化する危険がある。
また、新政策は強硬策一辺倒とも言えない。アメリカがペルシャ湾の海軍力を増強し、地域全体を管轄する中央軍司令官に海軍出身のファロン将軍を据えたことは、両国に対する牽制であるとともに、イスラエルによるイラン攻撃を抑制する意図も込められているのかもしれない。その一方でマリキ政権はイラン、シリア両国との対話を進めており、これもまたイラク政権自立策の一環とも見なしうる。同時に、ライス国務長官が中東和平問題の再開を図り、アラブ穏健派の支持を集めようとしている。
もちろん、新政策が大きなリスクをはらんでいることを忘れてはならない。バグダッドの治安回復を巡って米軍がマフディー軍と正面衝突することになれば、イラク国内は混乱の極みに達するであろう。また、イラク情勢の改善を焦るアメリカが、イランやシリアに軍事作戦を広げれば、中東紛争は一気に世界的危機の様相を呈するだろう。だから新政策は大きな賭けだが、最終的判定を下すのはその結果が出てからでも遅くはない。
(なかにし ひろし 京都大学教授)