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クルドの独立、トルコの変身 [田中宇の国際ニュース解説]
http://www.asyura2.com/07/war88/msg/647.html
投稿者 white 日時 2007 年 2 月 09 日 11:09:32: QYBiAyr6jr5Ac
 

□クルドの独立、トルコの変身 [田中宇の国際ニュース解説]


田中宇の国際ニュース解説 2007年2月9日 http://tanakanews.com/

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★クルドの独立、トルコの変身
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 クルド人は、イラク、トルコ、イラン、シリアという中東の4カ国に分散し
て住み、自分の国を持たない民族である。100年ほど前から国家建設や分離
独立を試みてきたが成功しなかった彼らにとって、2003年のアメリカのイ
ラク侵攻は、国家建設のまたとないチャンスとなった。

 アメリカやイスラエルが、イラクのフセイン前政権を転覆しようとする戦略
は、1991年の湾岸戦争直後からあり、その一つの動きが、イラク北部のク
ルド人の独立運動を支援しつつ、クルド地域からイラクの政権転覆を画策する
ものだった。クルド人は1995年に蜂起したが、フセインのイラク軍に壊滅
させられ、それを機にアメリカのCIAはクルド地域から撤退したが、その後
もイスラエルの要員は残り「ペシュメガ」と呼ばれるクルド人の武装組織を訓
練した。

 03年のフセイン政権転覆後、クルド人は、以前からアメリカに協力した勢
力として新生イラク政府に参加し、優位な立場になった。ペシュメガは、新生
イラク軍の主力部隊になった。だが、クルド人の最終目標は、新生イラクの一
部になることではない。イラクから分離独立して自分たちの国「クルディスタ
ン」を創設することである。

 クルド人の独立計画は「石油」を活用する。イラク北部には、キルクークの
近郊に、大油田地帯がある。産油量は、イラク全体の輸出量の半分にあたる日
産100万バレルという巨大なものである。キルクークは人口11万人の町で、
もともとトルクメン人(40%)、クルド人(35%)、アラブ人(24%)
の3民族が共存していた。
http://en.wikipedia.org/wiki/Kirkuk

 1975年のオイルショックでの石油価格高騰後、イラク政府(バース党政
権)は、クルド人が油田とともに分離独立しようとするのを防ぐため、キルク
ークを「アラブ化」「非クルド化」することを試みた。クルド人を周辺の山岳
地帯などに強制移住させるとともに、イラク南部の貧しいシーア派がキルクー
クに移住してくるのを推奨し、アラブ人の人口を増やした。

 フセイン政権転覆後、クルド人は、前政権による「アラブ化」を逆戻りさせ
るべく、山岳地帯に住むクルド人のキルクーク移住と、アラブ人のキルクーク
追放を試みている。クルド人が描いているシナリオは、アメリカの占領が終わ
るまでにキルクークを「クルド化」し、アメリカの撤退後、キルクークを含む
イラク北部をイラクから分離独立して「クルディスタン」を建国し、キルクー
クの油田収入によって豊かなクルド人の国を作る、というものだ。

 北イラクが産油国クルディスタンとして独立した後は、石油収入を使って近
隣のイランやトルコ、シリアに住むクルド人の分離独立運動を支援し、最終的
には「大クルディスタン」を建国するのが、クルド人の遠大な目標となってい
る。この目標は、イスラエルによって支援されている。イスラエルは、シリア
やイランなどの敵国を内部分裂させて弱体化することで、自国の国家的な安全
を確保する戦略だからである。
http://www.antiwar.com/justin/?articleid=9658

▼キルクーク条項をめぐる戦い

 クルド人は、キルクークの「クルド化」のために、イラクの新憲法を制定す
る際に、アメリカに頼んで「キルクーク条項」(憲法第140条)を作っても
らった。この条項は、フセイン政権の「アラブ化」政策の被害をもとに戻すこ
とを目的に、2007年末までに、キルクークで人口調査と住民投票を行って、
キルクークの将来の帰属問題を決めると定めている。
http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/HJ07Ak01.html

 イラクでは今、ゲリラ戦の泥沼がひどくなり、米軍による統治が崩壊しつつ
ある。その中で、今年末という期限が定められているキルクーク条項をめぐる、
シーア派・スンニ派とクルド人との対立が激化している。

 イラクの人口の60%を占めるシーア派は、選挙では必ず与党になれるので、
イラクの統一が維持されることを望み、イラクの財政収入が減るのでキルクー
クの割譲には反対している。旧バース党支持者が多いスンニ派も、クルドの独
立には反対で、この点でスンニ派とシーア派は連帯している。シーア派の中心
的存在であるサドル師は、傘下の軍勢である「マフディ軍」を、シーア派住民
を保護する名目でキルクークに派遣し、クルド人のペシュメガ軍と衝突している。
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/01/15/AR2007011501045.html

 もともとキルクークで最大の人口だったトルクメン人(トルコ系の人々)も、
トルコがクルド独立に強く反対していることもあり、クルド独立に反対している。

 シーア派とスンニ派、トルクメン人は、今年末までに行うと憲法で定められ
たキルクークの帰属を決める住民投票を、来年以降に延期するよう求めている。
だが、クルド人はこれを拒否し、住民投票でクルド人の意志が通るよう、キル
クークからアラブ系住民を追い出す作戦と、山岳地帯のクルド人をキルクーク
に移住させる作戦を強化している。

 2月4日には、イラク政府内のクルド人を中心とした「キルクーク正常化委
員会」(Higher Committee for the Normalisation of Kirkuk)が「バース党
が政権に就いた1968年以降にキルクークに引っ越してきたすべてのアラブ
系住民は、キルクークから退去し、もともと住んでいた町に戻らねばならない」
という命令を決定した。
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/IRIN/0dc69e874495334b7e7abd4774486c8f.htm

 退去する住民には、1世帯当たり約1万5千ドル(180万円)相当の補償
金が出るとされ、7000世帯が退去に応じることにしたと発表された。だが、
同時にアラブ系による反対運動も繰り返され、爆弾テロや銃撃戦が頻発し、
キルクークは内戦一歩手前の状態になっている。
http://aawsat.com/english/news.asp?section=1&id=7925

 また、ブッシュ政権は、バグダッドで反米的なシーア派の貧困層が300万
人住んでいる「サドルシティ」を攻撃するために、イラク軍の中でもクルド人
のペシュメガの師団を使うことを計画している。イラク軍にはシーア派の師団
と、クルド人の師団があるが、シーア派の師団はサドルシティの攻撃には協力
しないので、クルド人を使うしかないという理屈なのだが、これはキルクーク
で始まっている内戦をバクダッドに拡大してしまう。米政府の中枢には、イラ
クの泥沼を激化させたい勢力がいるかのようである。
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/01/15/AR2007011501045.html

▼北イラクに侵攻しそうなトルコ

 今後、クルド人がキルクークの「クルド化」を強行した場合、イラクのクル
ド地域に隣接するトルコが、イラク側に侵攻してくる可能性が大きい。トルコ
軍はすでに1月下旬から、クルド地域に接した国境沿いに自国軍を待機させている。
http://www.kurdmedia.com/news.asp?id=13898

(世界全体のクルド人は3000万ほどで、そのうち1300万人ほどがトル
コに住んでいる。イラクのクルド人は500万人。イランも500万、シリア
が200万人)
http://en.wikipedia.org/wiki/Kurdish_people

 トルコ議会は1月下旬、イラクに侵攻するタイミングなどについて話し合う、
非公開の秘密会議を開いた。トルコがイラク北部に侵攻せざるを得ない理由は、
建前上は、イラク北部を拠点としてトルコに侵入し、テロ活動を繰り返すクル
ド系トルコ人(トルコ系クルド人)のゲリラ組織PKK(クルド労働者党)の
基地を破壊し、取り締まるためであるとトルコ政府は表明しているが、トルコ
にとっての長期的な脅威としては、PKKよりもむしろ、北イラクのクルドの
独立につながるキルクークのクルド化である。
http://english.aljazeera.net/NR/exeres/85808B77-58B8-4C00-866C-7F38FEB253A7.htm
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/L12896544.htm

 トルコ側では、野党から「トルコ軍は、トルコ国境からキルクークまでのル
ートを占領し、キルクークを制圧して、トルコの監視下で安定させるべきだ」
という主張も出されている。
http://www.todayszaman.com/tz-web/detaylar.do?load=detay&link=101930

 トルコは再三にわたり、イラクを統治するアメリカに対し、イラク北部のク
ルド人の独立運動と、対トルコのゲリラ活動を抑制してくれと頼んでいるが、
アメリカは何もやっていない。今週、トルコのグル外相(Abdullah Gul)が訪
米し、ブッシュ政権に、クルドの独立を抑制するようお願いした。
http://www.ntvmsnbc.com/news/399339.asp

 だが、ブッシュ政権はバグダッドの制圧で手一杯で、おそらく北イラクでは
ほとんど何もできないから、トルコはイラク北部への侵攻に踏み切らざるを得
ない。トルコが侵攻した場合、イラク政府は、建前的にはトルコを非難するだ
ろうが、イラクではシーアもスンニも、クルドの独立には猛反対だから、トル
コのイラク侵攻は、イラク側には黙認され、むしろトルコ軍がシーア派のマフ
ディ軍と結束して、クルドのペシュメガと戦うという構図になる。これは、ま
さにイラクの内戦である。(これまで喧伝されてきたスンニとシーアの内戦で
はないが)

▼トルコがクルド建国を許せない歴史的理由

 トルコがクルドの独立を許せないのは、歴史的に非常に深い理由がある。今
のトルコ共和国は、第一次世界大戦でオスマン・トルコ帝国がイギリスを中心
とする連合軍に敗北し、1920年のセーブル条約でオスマン帝国が分割され
た後の跡地に作られている。セーブル条約では、今のトルコの東側の4分の1
と、今のイラクの北側3分の1を合わせた形で、クルド人の国が作られること
になっていた。

 このまま事態が進んでいたら、クルド人国家は1920年代に建国され、ト
ルコは今よりかなり小さい国になっていた。しかし、その後の2年間で、トル
コでは青年将校だったケマル・アタチュルク(ムスタファ・ケマル)を中心に、
国家再建運動が起こり、トルコの西側から領土を奪おうとしていたギリシャを
打ち負かすなど強さを見せた。

 このアタチュルクのトルコ再建運動は、イギリスの気持ちを変えた。それま
でイギリスは、オスマン帝国崩壊後の縮小したトルコには関心がなかったが、
トルコがある程度強い国、しかもイギリスの言うことを聞いてくれる国になっ
てくれるのなら、北のロシアを威嚇したり、地政学的にイギリスとトルコで西
欧をはさんで圧力を加えられるなど、使い道はいろいろあった。

 アタチュルクのトルコに対するイギリスの戦略は、江戸末期の日本に対し、
ユーラシア大陸を西と東からはさんで包囲する勢力として注目し、伊藤博文ら
と密約して明治維新を起こさせ、富国強兵を技術支援して日本を強くして、東
アジアにおけるイギリスの傀儡的な友好国に仕立てたのと、同じ戦略である。
(だからアタチュルクは、親英傀儡国の先輩だった日本に対し、異様に強い関
心を持っていた)

 アタチュルクはイギリスに対し、トルコを親英的な近代国家にすることを約
束した。その結果、イギリスが上手く立ち回ってくれてセーブル条約は3年後
に破棄され、代わりにローザンヌ条約が関係諸国間で締結された。新しいロー
ザンヌ条約では、トルコはクルド人地域と、フランス領シリアから土地をもら
って、旧条約より3割増しの広さになった。その代わり新条約では、クルド人
国家の姿は、影も形もなくなった。

 クルド人は、旧条約から新条約までの3年間だけ許された「独立国家を持つ」
という甘い夢が忘れられず、その後80年間、トルコやイラクなどで蜂起やゲ
リラやテロを繰り返した。そしてクルド人は、中東を不安定化させて支配する
米英やイスラエルの戦略の道具として使われ続けた。

 今後、北イラクにクルド国家が創設され、クルド独立がトルコにも波及する
としたら、それはトルコがアタチュルク以前、オスマン帝国滅亡後の絶望的な
状態に戻ってしまうことを意味する。アタチュルクは、トルコでは絶対的な英
雄である。トルコ人は、アタチュルクの偉業を無にすることになるクルドの独
立を許すわけにはいかない。

▼クルド問題で接近するトルコとイラン

 トルコが北イラクに侵攻したら、アメリカやEUはいっせいにトルコを非難
するだろう。しかしその半面、イランとシリアは、トルコを支援するに違いな
い。北イラクのクルドが独立したら、トルコだけでなくイランとシリアも、自
国内のクルド系国民が扇動されて分離独立運動を強め、混乱させられるからで
ある。

 アメリカの反発が怖いので、シリアはまだ黙っているが、反米精神が強いイ
ランは、すでにトルコがクルドに対抗しているのを支持している。

 北イラクには、トルコに越境してゲリラやテロ活動を行っている反トルコの
クルド人組織PKKの本拠地があるが、PKKはしばらく前にPEJAK(ク
ルド自由生活党)という分派を作り、イラン領内のクルド人地域で、扇動活動
やテロ、ゲリラの活動を行っている。PEJAKにはアメリカとイスラエルか
ら支援が入っていると報じられている。イランを政権転覆したい米イスラエル
が、PKKに頼んで分派を作らせ、活動させているのだと思われる。イラン・
イラク国境の山岳地帯では、イラク側のPEJAKと、イラン側のイラン軍と
の間で、迫撃砲などを使った戦闘が散発的に起きている。
http://www.turkishweekly.net/news.php?id=42401

 PEJAKはイラン政府を困らせているが、同時にイランは、この問題を通
じてトルコに接近している。反イランのPEJAKは、反トルコのPKKの仲
間(分派)なので、イランとトルコは、北イラクのクルド人ゲリラを相手とす
る共同戦線を張っている。今後、トルコがクルド人ゲリラの掃討を名目に北イ
ラクに侵攻したら、同様にクルド人ゲリラに悩まされているイラン軍も、北イ
ラクに侵攻し、トルコ軍に協力する可能性がある。イラン政府はすでにトルコ
政府に対し、北イラクに侵攻するなら援軍を送る用意があると表明している。
http://www.msnbc.msn.com/id/16959214/site/newsweek/

 トルコ軍を支援するためとはいえ、イラン軍が北イラクに侵攻したら、アメ
リカはこれを開戦事由として、イランとの全面戦争に入るかもしれない。イラ
ンとアメリカの今の一触即発状態を考えると、その可能性はかなり高い。クル
ドの独立阻止という点では、シリアや、イラクのシーア派とスンニ派も、トル
コやイランと同じ利害なので、トルコ・イラン・シリア・イラク(シーア派、
スンニ派)が、クルド人・アメリカ・イスラエルと戦うという構図の大戦争が
あり得る。

▼トルコに意地悪な西欧

 トルコは、アタチュルク以来80年間、ヨーロッパの一員になることを目指
して近代化(西欧化)を続け、EUができた当初からEUに入ることを強く希
望していた(アタチュルク以来の傀儡戦略があるため、イギリスはトルコの
EU加盟に賛成したが、他の諸国は冷たかった)。

 トルコは、1970年代以降の中東全域のイスラム主義化の波及もできるだ
け抑制し、何とか西欧化しようと努力を続けてきた。しかし西欧の側では「人
権侵害がある」「アルメニア人虐殺(誇張されている歴史的問題)への謝罪が
足りない」「ギリシャへの譲歩が足りない(近代ギリシャは、トルコの仇敵で
あり続ける国として西欧から独立が許された)」などと難癖をつけ、トルコの
EU加盟を断っている。本当は西欧諸国は、キリスト教国の集まりであるEU
にイスラム教国のトルコを入れたくないという感情が拒否の理由なのだが、そ
れを言うと差別になるので、別の理由で難癖がつけられている。

 911以来の米英イスラエルによるイスラム敵視策によって、トルコの人々
は、欧米への反感を強める一方で、自分たちはイスラム教徒なのだという、ア
タチュルク以来の近代化の過程で意識的に疎んぜられてきたアイデンティティ
を覚醒させられている(トルコの近代化は非イスラム化でもあった)。

 こうした中でトルコは、EUから意地悪されて加盟を拒否され、アメリカの
イラク占領の失敗でクルドが独立しようとしている。そしてその一方で、イラ
ンやイラクのシーア派は「一緒にクルド人の独立を阻止しましょう」と接近し
て来ている。

 クルド人が独立傾向を強め、それを封じるためにトルコが北イラクに侵攻し、
それをきっかけにアメリカとイランが開戦して中東大戦争になるとしたら、そ
れはトルコにとって、西欧の一員になろうとする80年間が終わり、イランや
イラクとともに中東イスラム世界の一員に戻るという、次の時代が始まること
を意味している。

 とはいえトルコは、イランやシリアなどという「悪の枢軸」の仲間入りし、
わざわざ欧米の敵になる覚悟で、北イラクに侵攻する選択をしないかもしれな
い。アメリカはいまだに世界最強だし、欧米はまだ世界の中心だ。だが、トル
コがクルドの独立を止めない選択をした場合、いずれクルドは独立し、トルコ
にもクルドの独立運動が広がる。そして、トルコが北イラク侵攻を思いとどま
ったとしても、EU加盟への希望が開けるということはない。絶望的な行き詰
まりの中で、トルコは意思決定を迫られている。


この記事はウェブサイトにも載せました。
http://tanakanews.com/070209kurd.htm

★田中宇の2003年のクルド地域の旅行記

クルドの町スレイマニヤ
http://tanakanews.com/d0512kurd.htm

キルクークの悲劇(1)
http://tanakanews.com/d0516kirkuk.htm

キルクークの悲劇(2)
http://tanakanews.com/d0520kirkuk.htm


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