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http://www.odamakoto.com/jp/Seirai2/05.shtml から転載。
第5回(2006.12.12)
「小さな人間」の勝利、しかし…
アメリカ合州国の民主主義政治には昔から「定説」がある。アメリカ人自身が信じているし、世界でも多くの人がそう信じている。
アメリカの政治がよからぬ方向に動くと、それが極端な悪政治になると、民主主義の振り子が動いて、正しい方向に戻す――これが「定説」だが、決め手になるのが四年ごとの大統領で、大統領をアメリカ人がいいのに、あるいはましなのに選挙で替えて、政治を復元、是正する。そこまで根本的に行かずとも、大統領の中間で行なわれる上、下院議員選出の「中間選挙」も復元、是正で大事だとされている。これで復元、是正も大幅になされる、行ない得る。
今年の「中間選挙」はまさにその「定説」通りの選挙だったと言えるにちがいない。上、下院ともに民主党が勝利して、ブッシュ政権は巨大な軍事力を使っての「イラク戦争」、そのあとの軍事支配の政策をその政策の強力な推進者だったラムズフェルド国防長官をクビにしてまで大きく転換せざるを得なくなった。
事態はそれだけにとどまらない。ラムズフェルドなど「ネオコン」(新保守主義者)たちがブッシュ大統領とともに企み、これまで力ずくで推進して来た、巨大な軍事力を背後にして、二一世紀を「アメリカの世紀」とする世界制覇の野望もここであきらかに放棄せざるを得なくなって来ている。
この事態の大転換をなしとげたのは、他ならぬ「中間選挙」でブッシュ大統領の共和党を排して民主党に自分の一票を投じた有権者の市民たちだ。「イラク戦争」を決め、実行し、さらには世界制覇の野望実現を図ろうとしたブッシュ大統領などを「大きな人間」とするなら、市民たちはそうした力をもたない「小さな人間」たちだ。私はこの今度のアメリカでの「中間選挙」は「小さな人間」の「大きな人間」に対する勝利の選挙だったと考えている。
この「小さな人間」の勝利で私が想起するのは、一九四五年のイギリスの国政選挙で、イギリス人たちがそれまでイギリスを第二次大戦での勝利に導いた戦時宰相として、イギリスの政治に君臨して来ていたチャーチルの保守党を斥けて、労働党を戦後の政党として選び取ったことだ。なるほど、戦時下の「戦争政治」にあっては、勝利のためにはチャーチル流の強圧政治も必要だったかも知れない(ヒトラーがチャーチルの政治を羨ましがったというのは有名な話だ)、しかし、もう戦争は勝つのだ、彼のような政治は戦後の「平和政治」にはいらない―その判断があってのことだろう、イギリス人たちはチャーチルを斥けて労働党を戦後の政治の推進者として選んだ。それはまさにチャーチル流の「大きな人間」に対する「小さな人間」の反逆、勝利だった。
このイギリスの「小さな人間」の戦後の「平和政治」に際しての選択は、妥当、そして、賢明な選択だった。これによって、今日、日本の私たちまでが曲りなりにもつ国民健康保険その他の社会保障制度ができ上がったのだからだ。もしイギリスの戦後にあってチャーチルが政権をとっていたら、事態はどうなっていたか。私がそこまで考えて当時のイギリスの「小さな人間」の革命的選択を評価するのは、今もってアメリカ合州国その他では国民健康保険制度が実現されていなくて、貧乏人が苦しんでいるからだ。
チャーチルにかかわって私が思い出すことがもうひとつある。それは、彼が、一国の国民すべてが正気を失って狂うことがある、それは第二次世界大戦のおいての日本人たちだと述べていたことだ。この彼のことばが当っていたとすれば、これは「九・一一」以後のアメリカの事態についても言えたことであったにちがいない。いったいアメリカはどうなってしまったのか―という声をアメリカ人自身を含めて私はこれまであまた聞いて来た。ブッシュを大統領に再選したアメリカ人はたしかに正気を失っていた。そう言われても仕方がなかっただろう。そう考えれば、アメリカ人は、なかでも「小さな人間」たちは、今たしかに正気を取り戻した。
この「中間選挙」がいかに「小さな人間」の勝利だったかは、選挙の結果として、ブッシュ大統領のような「大きな人間」が追い詰められて苦境に立ち、同じ「大きな人間」のラムズフェルド国防長官がクビになるという事態のなかで、五人の子供と孫をもつ対外的にはまったく無名だった女性政治家が、アメリカ政治の序列からいえば、「ナンバー・スリー」の位置に立つ、そして、大統領弾劾の権限をもつ下院の議長に選ばれたことがよく示している。「小さな人間」の勝利まで、日本の「アメリカ通」のジャーナリストや論客で彼女の名を出した人は誰ひとりいなかった。
民主党は「小さな人間」の党だと甘いことを言うつもりはない。党員にも支持者にも、大金持ちも大ボスもいくらでもいる。しかし党員にも支持者にも、「小さな人間」が共和党に比べて圧倒的に多いことは、たとえば、両党の党大会に出かけてみればすぐ判る。民主党の党大会ではいかにもチマタの人間と見える人の数は多いし、目立つのは黒人など非白人の姿とその数の多さだ。ブッシュ現政権のカナメの国務長官は黒人女性だし、彼女の前任者もカリブ海出身の叩き上げ軍人の黒人だった。しかし、共和党の党大会のさま、それは圧倒的に「白い」。そう考えれば、民主党の勝利は「小さな人間」の勝利だと言えなくもない。
民主党勝利の要因は、選挙で争点になる問題を「イラク戦争」に限ったことだ。ここで悔やまれるのは、沖縄の知事選挙で野党女性候補が争点を正面きって「基地問題」一本に絞り込まないで、経済とか福祉とかの問題に拡散してしまったことだ。これでは焦点はぼやけるし、経済にしろ福祉にしろ、要は金の問題だ。金の問題となると、金持ちたちの企業家が支える、そして、本土の政財界と太いパイプを持つ保守派が優位に立つのは当然のことだろう。これは沖縄の知事選の問題を離れて、野党側、革新側が考えておくべき問題であるにちがいない。野党側、革新側はえてして自分たちは理想的すぎる、もっと現実的に行けと考え出したりするものだが、そうなればこれまでその問題の現実を作り出して来た与党側、保守側が優位、有利になるのは当然のことだ。
アメリカの場合、前回のブッシュ再選を許した大統領選挙では民主党はあきらかにその「現実路線」をとって敗退したのだが、今度の「中間選挙」においてはその種の「現実路線」を捨て、より旗色色鮮明な「理想路線」を選択して勝利を博した。「理想路線」が「小さな人間」の心をつかみ取った。
しかし、今、ひとつ、大きな問題は残っている。大きくてかんじんの問題だ。
なるほど、「中間選挙」での「小さな人間」の勝利はブッシュ政権を追い詰め、イラク政策の大転換を余儀なくさせた。しかし、そのアメリカの政策の大転換で、イラクの今や泥沼と化した事態は収拾できるのか。
できない――と私は見る。
一方的に殴りつけた側が突然殴打を止めて、和解の手を差し伸べて、それで事態は収まるのか。世の中、そんな甘いものではない。殴りつけられた側は殴りつけられた側の考えで動く。それは当然のことだ。
ここで出てくるのは、イラクの「小さな人間」の問題であるにちがいない。これまでアメリカ合州国がやって来たことは、大きくまとめ上げて言えば、アメリカの「大きな人間」が巨大な軍事力を使ってイラクの「大きな人間」の独裁政治を叩き潰したことだ。しかし、これでイラクの「小さな人間」の心をつかんだことになったのか。なっていない。それは「内戦」同様、あるいはそれ以上と言われる現在の泥沼の政治状況が端的に示している。
ブッシュ政権下のアメリカの「イラク戦争」を「ベトナム戦争」に比肩する人が多くいる。こと志に反してアメリカが敗退を喫してベトナムから出て行かなければならなかった、ベトナム側が「アメリカ戦争」の名で呼んでいた「ベトナム戦争」だ。しかし、大きなちがいがある。
「アメリカ戦争」においても、アメリカは自らが支配した、いや、しようとした「南」ベトナムを泥沼状態にして、ニッチもサッチも行かなくなって放り出しのだが、「ベトナム戦争」、そこでの「アメリカ戦争」でアメリカにとって救いがあったのは、そのときには「北」ベトナムという、それによって支えられた「南」の解放戦線という、泥沼の事態を収拾してくれる受け皿があったことだ。アメリカの撤退はその二者と「パリ和平会談」を通じてエンエンと交渉したあげくの撤退だった。あとを引き受けたベトナム側にとって泥沼の収拾はとてつもない難事業だったが、それでも長い時間をかけてとにかく彼らは泥沼の収拾をやってのけた(それについてかなり具体的に、私は、最近世に出した長い小説「終わらない旅」[新潮社・二〇〇六ー]のなかで書いている)。その意味で、ベトナム側が「ベトナム戦争」=「アメリカ戦争」でのアメリカの失敗を救ったのだ。
しかし、今、「イラク戦争」におけるアメリカの失敗を救ってくれる、今や「内戦」、それ以上だとさえ言われる泥沼を収集してくれる受け皿はあるのか。
ない。
事態は、今、「ベトナム戦争」=「アメリカ戦争」末期よりも、旧ソ連のお手盛りの社会主義政権樹立、支配をもくろんで武力介入を行なったあげくに失敗(その争乱のなかで、当時のアメリカ合州国が今や最大の敵とするオサマビンラディン一派を強力に支援した事実は忘れてならない事実だ)、事態を「内戦」の泥沼にして放り出して逃げて行ったかつてのアフガニスタンの事態にはるかに似ている。その泥沼は今もつづいていて、こちらもこれからどうなるか判らない。
私がここで指摘しておきたいのは、旧ソ連のアフガニスタンへの武力介入、「アフガニスタン戦争」の失敗がアフガニスタンを現在に至るまでの泥沼にしたという事実のほかに、もうひとつ、その失敗が旧ソ連自体に力を及ぼして、旧ソ連の強大国家としての力を失って衰退、紆余曲折いろいろあってついには社会主義大帝国は崩壊、いぜんとして大国は大国だがただの新米資本主義国としての一国になった――という事実だ。私は、今や、アメリカ合州国という世界随一の資本主義大帝国(「中間選挙」後の新情勢の下ではどうなっているか知らないが、「ネオコン」たちは「帝国」という用語を皇帝的な意味合いで盛んに使い出していた)も、この「イラク戦争」の失敗で旧ソ連という社会主義大帝国と同じ運命をたどることになるだろうと考えている。そして、つづけて私が考えることは、この資本主義大帝国にいつまで私の国の日本がいつまで、またどこまでついて行くのか――ということだ。
(付記)
「新西雷東騒」の前回、2006年11月の「痛快でいい夢」までを、私は最近の著作「9.11と九条 小田実 平和論集」(大月書店・2006)に収めた。読まれるとよい。