★阿修羅♪ > 戦争87 > 1024.html ★阿修羅♪ |
Tweet |
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20070111/116735/
【特別寄稿】ジョン・グレイ[ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)教授]
2007年の世界情勢はどうなるのか。確実に言えるのは、イラク戦争以降続いてきた趨勢がこのまま続くということである。
つまり、米国のさらなる国際的な威信低下は避けられない。対外経済不均衡の拡大、国際指導力の低下により弱体化するドルはその象徴だ。他方、世界を見渡せば、ロシアのエネルギー超大国としての存在感が増す。強権的なプーチン政権への西側からの不信の目が強まるとしても、その傾向は続く。
中国の存在感も増大を続けるだろう。表面上は平和的な国際環境での国力増強という基本政策を続けるのは間違いないが、それは一方で、軍事力を増強しながらである。
こうした状況を前提にして世界情勢を鳥瞰すると、2つの大きなトレンドに気づく。
1つは独裁的な強権政権の伸長である。恐らく1930年代以後では初めて、世界の中で強権的な政治勢力が力を強める時期が始まろうとしている。もう1つはエネルギー問題の深刻化だ。これまで保たれてきた供給側と消費側の均衡が崩れ、力は生産者寄りにシフトしていくだろう。
具体論に移ろう。まず最初に検討しなければならないのはもちろん、イラク問題である。
結論から言えば、米ブッシュ政権が大失敗と言ってよいイラク戦争から手を引くのは、非常に困難な情勢だ。
ジェームズ・ベーカー元国務長官らの「イラク研究グループ」がイラク問題からの「出口」を探る報告書をまとめて以降、ワシントンではイラクの“ベトナム化”が声高に論じられている。だが実を言えば、2つの戦争の間には共通点は少ない。
ベトナム戦争の場合、米国が撤退できたのは、ベトナムが世界経済の中で極めて小さな存在だったからだ。それゆえ米国は手を引いてもそれ以降はあまり大きな負担を背負わずに済んだ。それに対してイラクは、石油産出国ゆえにグローバル経済の極めて重要な役割を果たしている。その分撤退に伴って米国が背負う負担、言葉を換えれば負の遺産は比べものにならない。
もう1つ決定的な違いがある。ベトナムでは米国が撤退しても統治能力を持つ共産主義政権が北ベトナムにあった。しかしイラクにはないのである。
現地の米軍が撤退すればイラクは確実に分裂し、周辺諸国の代理戦争の場になる可能性が高い。
ベーカー報告書が提言したように、米国が周辺国との関係改善に前向きに取り組めばある程度、情勢の悪化は食い止められるかもしれない。
しかしブッシュ大統領は、提言されたような、イランやシリアとの関係改善には納得しないだろう。中間選挙で敗北したにもかかわらず、イランの核開発を武力で食い止めようとする可能性さえある。そうなったら、中東一帯では今までなかった大混乱が起こりかねない。イランが石油の輸送を封鎖し、イラクの内戦は激化し、中東のシーア派の信者はますます急進的になる。
中東混乱はロシアの利
ここでロシアの存在が一層クローズアップされる。ペルシャ湾での紛争拡大は、世界のエネルギー超大国としてのロシアの立場をますます強める方向に作用する。
この数年間でプーチン政権は、ロシアを欧米の力に隷属する半崩壊状態の国から、自らの政策目標と行動に欧米の介入を排除できる国へと変えた。
その力の源泉はもちろん、石油と天然ガスをはじめとする資源である。欧州はその天然ガス需要のうち二十数%をロシアに依存している。一方で中国もそのエネルギーに触手を伸ばしているため、結果として欧州に対するロシアの優位は揺るがない。世界的なエネルギー争奪戦のおかげでロシアは、民主主義、法治主義、企業活動の透明性といった欧米からの要求を聞かずに済んでいるわけだ。
さらにロシアは彼らにとっての負の遺産、外資系企業によるロシア国内の資源の保有という状況を清算しようとしている。つまり、そうした企業の実質的な国有化である。それは一見、旧ソ連モデルのようではあるが、間違いなく旧ソ連モデルよりも効率的な「新計画経済体制」である。
その意味で2007年は、ソ連崩壊後のロシアを欧米流の自由主義経済の原則の下に作り直せるという欧米の幻想に終止符が打たれる年になるだろう。
中国、愛国主義煽る可能性も
さて中国である。中国は国内外で様々な問題に直面している。それでもその活力は失われることはない。それが世界に大きな波乱を引き起こすであろうことは言うまでもない。
現在中国は、猛烈な経済成長とそれによるエネルギー不足のため、従来に増して資源を海外に求めざるを得なくなっている。そうした旺盛なエネルギー需要はもちろん、環境汚染や地球温暖化の要因にもなる。中国の経済発展は間もなく、中国や世界に地球の自然環境が限界に達しつつあるという現実を認識させる。
ところが共産党政権はそれを簡単には認めるわけにはいかない。政権の正当性が今の経済成長の維持にかかっており、成長の鈍化は即、国内の混乱を招きかねないからだ。もし成長鈍化に直面すれば中国の共産党指導部は、国民の支持を得るために愛国主義の激情を煽る可能性がある。
米国の退潮とロシア、中国の勃興。こうした変化の背景にあるのは、国際力学の変化である。ポスト冷戦時代ははっきり言って「虚構」だった。当時の欧米諸国の戦略は、ポスト共産主義国が民主主義政権や自由市場経済を持つ欧米型国家に再構築できるという幻想に基づいていた。
確かにいくつかの国ではそうなった。ポーランド、ハンガリー、チェコ、さらにはスロベニアが普通の欧州の国家になった。だがほかはどうか。ロシアは近代的な衣をまとう超権威主義国家になってしまった。中国が国家管理の資本主義や帝国主義的な覇権主義を捨て去る気配もない。
それゆえ、欧米の幻想とは裏腹に混乱に拍車がかかっている。ソ連崩壊後の中央アジアの国々は、ロシアまたは米国の後押しを受ける圧制的な政権と、対立する急進的イスラム主義運動の間で板挟みになっている。欧州の中でさえ旧ユーゴスラビアの一部のように、欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)の平和維持軍によりかろうじて平和が保たれている地域がある。
この5年間、世界の安全保障にとっての主な脅威は狂信的なイスラム教徒によるテロだとされてきた。イスラム過激派によるテロの可能性、さらには大量破壊兵器がテロリストの手に渡って使われる危険は確かにある。
しかし危機の本質はイスラム過激派のテロではないだろう。問題は国際力学の変化が世界各地で不安定な状態を引き起こしているという事実である。
湾岸地域で核保有競争の懸念
湾岸地域を見ればよく分かる。この地域は(テロのせいではなく政治力学の変化によって)ますます不安定な状況に陥る可能性が高い。例えば米国がイランの独自の核開発を阻止しようとすまいと、核兵器の拡散は起こる。実際昨年12月10日、湾岸協力会議(GCC)諸国が「平和目的で核エネルギー技術を保有する権利を持つ」との声明を出した。サウジアラビアは当然、今後10年をかけて核保有諸国へ押し分けて入ろうとするだろう。
湾岸地域で核兵器保有競争が起これば世界の危険度はさらに増す。イスラム教スンニ派が支配するサウジアラビアとシーア派イランの主導権の争いが起これば湾岸地域は紛争の渦となる。それは諸外国にとって、石油途絶が現実味を帯びるということでもある。
ポスト冷戦時代は平和や安定の時代ではなく、単なる時代と時代の空白期に過ぎなかった。世界が、非宗教的なイデオロギーに基づいて動く時代は既に、共産主義の崩壊で終わっていたのである。
そして空白期(現在)の次に来そうなのは、「地政学的争い」の時代である。2007年は安定を意味したポスト冷戦という幻が、この使い古された、しかし人類史上ではいくたびも起こった普遍的な真理に取って代わられる年になるだろう。
ジョン・グレイ氏
ジョン・グレイ(John Gray)氏
1948年生まれ。英オックスフォード大学卒業、同大教授を経てLSE教授。専門は政治哲学、欧州思想史。著書に『グローバリズムという妄想』(日本経済新聞社)など。