新自由主義の世界的破綻の中で反資本主義オルタナティブの旗を 「世界恐慌」
のシナリオ
毎日新聞社が発行する週刊「エコノミスト」誌の08年「迎春合併号」は、「サブプライムがとどめ、米国没落で始まる世界恐慌」をトップの特集に据えた。貿易赤字・家計の過剰債務を軸にした米国の「借金漬け経済」の構造が、サブプライムローン問題を契機にした金融資本の危機を通じて、その矛盾を一挙に露呈させ、世界経済の推進力となってきた「中国がモノを作り、米国がそれを買い入れるという『米中融合経済』」を崩壊させる――これが、同誌巻頭特集の「世界恐慌」のシナリオである。
世界経済を牽引してきた米国経済の「好況」の中で、米国の貿易赤字は一九九六年の一七〇二億ドルから二〇〇六年の八一七三億ドルへと五倍近くに膨れ上がった。他方家計の負債残高は一九九〇年から二〇〇七年六月までに三・七倍となった。それに比べて名目所得水準は二・四倍に止まっている。家計の可処分所得に対する住宅ローン残高は二〇〇七年の第3四半期で一〇二%である。所得に対する返済可能な借入額は六五%とされており、差し引き三七%分、金額にして三・八兆ドル(約400兆円)が返済不能な過剰債務だという。
この「借金漬け」の構造は、低所得者向けの住宅ローンである「サブプライム」問題に端的に表現されたことであり、それを可能にしたのはローンの複雑な債券化というIT時代の新しい「金融技術」開発であった。二〇〇二年以後の米国経済の「好況」を可能にしたのは「サブプライムローン」を通じた新たな住宅建設需要であり、「住宅バブル」と言われる現象だった。しかし昨年夏の「サブプライムローン」の破綻は、米国発の金融市場の危機を一挙に露呈させ、米国経済は「成長鈍化」から下降・不況局面へと急速に転化した。シティグループなど米金融大手主要七社の〇七年十二月までの損失額はすでに七百五十七億ドル(約8兆円)に達している。これに欧州、日本の金融機関の損失を加えるとすでに十三兆円である。
借金まみれの
アメリカ経済
サブプライムローンの焦げつきによる実際の損失がどれだけのものになるかは、誰も分からないのが実情である。バーナンキ米FRB(連邦準備制度理事会)議長は、一月十七日の下院予算委員会での証言でサブプライムローン焦げつきによる損失が、これまでに一千億ドルに達し、「今後さらに数倍に膨らむ恐れがある」と述べた。バーナンキは「五千億ドルにまではいかないだろう」と語ったが、それは五千億ドル(1ドル108円とすれば54兆円)近くまでいく可能性を示唆したともとれる。
ブッシュ米大統領は一月十八日、低所得者への「戻し減税」をふくむ総額千四百〜千五百億ドル(15兆〜16兆円)の緊急景気対策を発表した。しかし米国の「借金漬け経済」が主導してきた世界経済の動揺と危機は止まらなかった。
一月二十一日、日本、欧州、中国をふくめて世界同時株安が進行した。二十二日の東京株式市場は終値で一万二千円台にまで下落した。昨年七月に一万八千二百六十一円を記録したことから比べると実に三分の二まで低下したことになる。同日、米FRBは〇・七五%の緊急利下げに踏み切った。
グローバル資本主義経済は深刻な危機と不況・恐慌局面の到来におののいている。一月二十三日からスイスのダボスで開催された世界経済フォーラムを支配したのは、まさにサブプライムローン問題を引き金とした「世界恐慌」への危機感であり、米国の政策的イニシアティブを求める悲痛な訴えであった。しかし完全に末期現象を迎えているブッシュ政権にそうした「イニシアティブ」の発揮を望むべくもない。
「エコノミスト」誌の新年予測のように、金融投機が支配するグローバルな「ファンド資本主義」の構造的矛盾が深刻化し、新しいタイプの「世界恐慌」の足音が日増しに近づいている。
格差と貧困の
加速度的拡大 今回の「サブプライム危機」は言うまでもなく決してアメリカだけの問題ではない。「米中融合経済」によって主導された世界経済の失調は、中国経済をふくめて世界全体を巻き込んでいる。米国に流入してきた投機マネーは、すでに石油、レアメタル、食料などの天然資源に向けられ、オイル価格を一時は一バレル百ドルにまで高騰させている。小麦、とうもろこしなどの食料価格も高騰している。米金利の大幅引き下げは、この傾向を促進し、米ドルの世界的基軸性を揺るがしている。
外需依存型で二〇〇二年以来の「最長好況」を謳歌してきた日本資本主義もまた、その脆弱な「成長」構造の危機を深刻な形で受けざるをえない。すでにさまざまな景気指標が「好況」の終焉と不況への本格的突入を示唆している。サブプライムローンの破綻を突破口とした米国市場の後退、ドル安・円高、そして原油・穀物などの資源価格の高騰は、この外需依存型の日本資本主義を直撃し、一挙に不況局面への到来を告げ知らせている。
米国の「住宅バブル」崩壊は、内需主導型の「借金漬け」経済の特徴を帯びた米国の消費需要を崩落させている。もともと米国の「バブル」は、労働者の実質賃金の上昇どころかその停滞・下落を伴ったものだった。大量リストラ、賃金切り下げ、福祉切り捨てという典型的な新自由主義モデルの米国「ニューエコノミー」は、格差と貧困を加速度的に拡大するものであった。
「サブプライム危機」は、百数十万家族の住居を「抵当物件」として取り上げ、GM、フォードなど製造業のみならず、金融資本の従業員の大リストラを引き起し、ホームレスをはじめとする貧困層をさらに膨大に拡大する結果とならざるをえない。ノーベル賞経済学者のジョセフ・スティグリッツは「ブッシュ政権が成立したときと比べて、貧困の中で生活している人は五百三十万人も増え、米国の階級構造はブラジルやメキシコと同じ状況に近づいている」としている(「ヴァニティ・フェア」07年10月号、「エコノミスト」迎春特集号・中岡忍「ブッシュ政権の7年」より重引)。
スタグフレー
ションの到来
すでに物価の大幅な上昇と景気後退が同時に襲う「スタグフレーション」の兆候が米国や日本においても現れ始めている。サブプライムローン問題は決して「金融市場」のみの問題ではなく実体経済の問題でもあり、事実米国の内需の減退は、新規住宅着工件数の急低落だけではなく、自動車、テレビなどの一般商品にも広がっている。二〇〇七年の新車販売台数は三%減、テレビも四%減と見込まれている。日本でも新規マンション販売件数などの住宅需要の減少が見られ、それは単に「建築基準法改正」による一時的問題なのではない。根底にあるのは、空前の利益を上げている大企業の対極で、労働者・市民の実質賃金や所得が抑え込まれ、切り下げられ、高齢者、青年、シングルマザーの絶対的窮乏化が進行しているためである。
福田政権は、「日本経済は依然として堅調である」と言い募っている。しかし不況と恐慌はすでに労働者・市民の生活を直撃している。日本経団連は、この不況局面に早くも身構え、労働組合の賃金要求を抑え込もうとしている。
大田弘子・経済財政相は一月十八日、通常国会冒頭の経済演説で「もはや日本は『経済は一流』と呼べない」と主張した。大田の主張は「世界の総所得に占める日本の割合は二〇〇六年、二十四年ぶりに一〇%を割り、一人あたりGDPもOECD加盟国中十八位と下位に落ちたこと」を根拠にしている。
今までの面子を重んじる政府関係者なら、なかなか言いたがらなかったことだろう。一見、「自虐的」ともとれるこうした大田の主張は、いっそうの新自由主義的構造改革の推進によって、日本経済の成長力をつけなければならないという宣言である。
小泉「構造改革」の推進役だった竹中平蔵・元経済財政相のお墨付きで安倍前内閣の経済財政相に民間から登用された大田は、金融投機の暴走を端的に示した新自由主義グローバリゼーションの危機の中で、新自由主義「構造改革」を加速させて労働者・市民の生活と権利を奪い、資本の「成長力」を強化することを強調しているのだ。労働者・市民は今こそこの攻撃に立ち向かわなければならない。
希望と連帯の
グローバル化
「世界恐慌」とスタグフレーションの波が押し寄せている今この時に、真に求められているものこそ、グローバル資本主義の新自由主義路線の危機に、自らの運動をもって主体的に抵抗し、公正と連帯を軸に政治・社会・文化のあり方を根本的に作り替えようとする「反グローバリズム」=「グローバル・ジャスティス」運動の力量である。
一月二十六日、ダボスの政治・経済エリートたちが集う「世界経済フォーラム」に対して、世界社会フォーラム(WSF)に結集してきた社会運動勢力は、「グローバル・アクション」デーを呼びかけた。同日、全世界の仲間との共同を意識しながら日本でも、「WSFあらかわ 1・26グローバルアクション」が行われた。
この日、実に多様で多彩な企画が、実行委員会に参加・賛同した人々によって取り組まれ、戦争、貧困、差別、環境破壊、権利剥奪に対して「希望と連帯」のつながりを示すワークショップ、イベントが開催された。「サブプライムローン危機」に示される、新自由主義グローバル化の破綻に立ち向かう力は、まだまだ日本においては限定されたものである。しかし参加者たちは、明らかに自分たちの闘いで「世界を変える」希望と確信のささやかな火を灯したのである。この「あかり」を、さらに多くの人々の間に広げながら、われわれの「場」に根ざし、直接に世界とつながる運動を作りだそう。
今年七月に開催されるG8洞爺湖サミットに向けて、全世界の人びとともに資本の新自由主義グローバリゼーションそのものに異議を突きつけ、オルタナティブな運動の流れを形成しよう。
(1月28日 河村 恵)
(本号6面に関連論文) 本紙関連記事
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