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【夜回り先生のエッセー】職人の仕事 道を生き抜き本物に(中日新聞)
http://www.asyura2.com/07/social5/msg/199.html
投稿者 天木ファン 日時 2007 年 10 月 03 日 22:52:37: 2nLReFHhGZ7P6
 

http://www.chunichi.co.jp/article/feature/yomawari/list/CK2007091702049524.html

2007年9月17日

 今、私の大切な人が、死の床についています。遠藤明さんという七十三歳の江戸前寿司(ずし)の職人です。東京・四谷で纏(まとい)寿司というお店をもう半世紀近くやっていました。彼の口癖は、「先生、俺(おれ)たち寿司屋は、ただ魚を切って売る魚屋じゃない。塩をしたり、酢や昆布で締めたり、一手間かけてお客に魚をだす。これが職人の仕事だよ」でした。東京湾でタンカーが炎上し、東京湾の魚が捕れなくなったときは、店を閉めた、それほど江戸前にこだわった人でした。

 私は、彼と今から三十年前の二十一歳の時に知り合いました。私は、当時から当然今でも寿司が大好きです。でも、寿司は当時からとても高価でした。大学生がカウンターに座ってお好みで注文して食べることのできるようなものではありませんでした。それでも、家庭教師やいろいろなアルバイトをして、有名なお店に半年に一度は通っていました。

 まだ覚えています、四月でした。私は、アルバイトで稼いだ一万円を財布に入れ、当時から有名だった纒寿司ののれんをくぐりました。カウンターに座り圧倒されました。周りには、私でも知っている有名な俳優や政治家たちが座っていました。私は、遠藤さんに言いました。「私は、大学生です。今日は一万円しかありません。これで支払えるだけの寿司を食べさせてください」。彼は、言いました。「学生さん、好きなだけ食べていきな。あんたその一万円、汗流して苦労してためたんだろ。あんたの一万円は、この店に来る有名な連中の十万円以上の価値がある。いいか、学生さん、客を育てるのも寿司屋の職人の仕事だよ」

 それ以来、私は彼を父のように慕い、三十年間お世話になってきました。彼の口癖は、「おれの寿司を食べて、お客さんが幸せな顔をしてくれる。それが、おれの一番の幸せだよ」でした。彼の寿司は、客によって、また箸(はし)で食べるのか手で食べるのかによって、しゃりやネタの大きさ、かたちが変えてありました。憎いほどの本物の職人でした。

 私は、病院で彼のからだをマッサージしました。「おやじ、早くまた旨(うま)い寿司を食わせてくれよ」「先生気持ちいいねえ。早く握りたいよ」。彼のからだから出る汗は、酢のにおいがしました。「おやじ、親父(おやじ)の汗まで寿司がしみついてるよ」。私のことばに、「先生、それが本物の寿司屋だよ」。うれしそうに彼は言いました。

 子どもたち、本物になりませんか。本物になることは実は簡単なことです。目指したある道を、一生生き抜く、それが唯一の本物への道。何か、一生継続してやりつづけるものを探しませんか。


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