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あなたは今、孤独ですか。 哲学者、鷲田清一・大阪大副学長
「孤独」を考える。そして笑う=西村剛撮影 ◇大勢の中の一人、唯一の自己 矛盾の両輪で成熟
・人から見捨てられることに弱く敏感
・自力で存在価値証明せねばならぬ社会
・家族、友達のせい…本当の孤独知らず
「僕? 孤独ではない。でも孤独を感じることはある。そんなの当たり前でしょ」。哲学者、鷲田清一(わしだきよかず)・大阪大副学長(57)は飄々(ひょうひょう)と言う。今回のテーマは「孤独」。身近で深遠なるこの問題を、思い切り「哲学」してもらおうというのである。
まずは国連児童基金の調査データから。「孤独を感じる」と答えた15歳は、先進・主要国でも日本は29・8%でトップ。2位のアイスランド(10・3%)以下、フランス(6・4%)、英国(5・4%)と大差を付けた。日本の子どもは世界で一番孤独なんだろうか。
「孤独って感じるもの。一人の時に『私は私』と思うか、仲間外れにされたと思うか。日本の子は孤独というより、人から見捨てられることに弱くて敏感。孤独は英語でソリチュード(solitude)。つまりソロでいること。でもバイオリンのソリストを見て孤独と思う?」
いいえ、すごいなあ、と。
「そうでしょ? ところが日本では『ソロでいる=ソリチュード』を『独りぼっち=アローン(alone)』と同様、ネガティブに受け止める人が多いんですよ」
鷲田さんはその理由を、欧州諸国と日本との社会的背景の差に求める。「封建時代には家柄、身分、性別などの条件が人生をほぼ決めた。このくびきを否定し、本人の力で人生を選べる平等な社会を目指したのが、近代化です。後発の日本は今、欧州より近代化を突きつめてしまった。生まれにかかわらず、自由に職業選択できる自由な社会。これが結構、難儀でねえ」
自由な社会がなぜ難儀?
「だって、何にも家柄や身分のせいにできなくなってしまった。自分とはどういう人間なのか、自分の存在価値とは何なのかを、自力で証明することを求められる。唯一無二の『わたし』を自力で探さなければならない。だから、高度消費社会と同時に『自分探し』ブームが始まったわけ」
ブームは続き、「本当の私」を探す若者は今も絶えない。そんなものが見つかるわけもなく孤独に苦悩し続けるのだ。
「自分は誰なのか。ここにいる価値はあるのか。自問する機会がますます増えている。おまけに今の子は小学校入学前から答えの出ないこの問いにさらされる。『お受験』がそう。不合格だの不採用だのは『おまえは要らない。存在価値がない』というメッセージ。子どもは親からも『これができたらいていいよ』というメッセージを受けている。だから、自分が悪くても親は味方し、守ってくれる、とは信じていない。無条件に肯定してもらった実感がない。残酷な社会ですね。こうなると一番はまりやすいのが、例の、アレ」
恋愛である。
自分の存在価値が見えない時、誰かが「君がいないと生きてられない」と言ってくれたら。「それだけで生き延びられる。だから今の子は昔より恋愛にはまりやすい」と鷲田さん。
子どもだけではない。「高齢者はもっと危うい。『周囲に迷惑かけてまで生きている価値があるのか』と切実に悩む分、恋愛にかける願望は若者の比じゃない。だから三角関係で殺人も起こる。ラストチャンスだからね。存在価値が見えない点では専業主婦も苦しい時代です」
この国では、老いも若きもみな孤独というわけか。生き延びるため、他人との結びつきや他人からの評価に過剰に敏感になり、他人を求め過ぎてしまう社会。孤独でいられない孤独。これこそが「先進国で最も孤独」の正体なのである。
「孤独でいられない孤独」はくせものだ。「自分を無条件に認めてくれる人を求めるあまり、集団から外れることを恐れ、演技してしまう。90年代に流行した『キャラ探し』もそう。『私、あの人とキャラかぶってる』という不安。キャラがかぶるから退場しなきゃ、と考える友だち付き合いって何ですか」
あるいは「空気を読め」という言葉。コメディアンの間の言葉かと思いきや、今や学校で会社で平気で使われる。「場の雰囲気を維持するため、やるべきことをわきまえろ、という言葉でしょ」。東大での集中講義後、学生と「信用できる人とは?」という話題になった時、ある学生が「その場その場で期待される役割をわきまえ、果たせる人」と言ったという。
「常に態度を変えない人こそ信用できるのではないのか。その場その場で行動を変えるヤツを信用できるのか。場を壊さないよう、浮かないよう、ヒリヒリした思いで演技して疲れ、一方で『これは本当の自分じゃない』と孤独になっている」
ならば、どうすれば人は「孤独でいられない孤独」から抜け出せるのだろう。
「みな『唯一無二の私』をほしがるけど、普通の人間はソロのバイオリニストになれない。ソロになれるのは才能ある限られた人だけ。若い子は『誰でもできる仕事はしたくない』というが、代わりが要る、誰かがやらねばならない役割を社会で担うことが大事なんです」
鷲田さんは、精神科医の中井久夫さんの言葉を引用した。
<成熟とは、『自分がおおぜいのなかの一人(ワン・オブ・ゼム)であり、同時にかけがえのない唯一の自己(ユニーク・アイ)である』という矛盾の上に安心して乗っかっておれることである>
「ユニーク・アイとワン・オブ・ゼムと。人間は片方だけでは生きられない。迎合せず、依存せず、ソロでいられる自分を目指して心に『根拠地』を作っていく。同時に、社会で果たすべき役割を果たすこと。両輪でやらないとね」
窓の外は春風。高台に建つ大学で名残の桜が散ってゆく。ふと思い出した。さっき、「孤独を感じることはある」と言ってましたね。
すると鷲田さん、笑顔のまま、言葉を選び始めた。「自分はどこから来て、どこへ行くのか、と。誰を思うこともなく、誰にみとられることもなく、望んでいるわけではないけれど、自分が消えゆくような……」。明るい口調からにじむ何かを、私は取材ノートに書き付ける。「それは成熟の後にやってくる孤独ではないか。悩みや苦しみが家族や友だちのせいだとか、心の傷のせいだと思っている人は、まだ本当の孤独を知らないのではないか」
本当の孤独って何なのか、実は私はよく分からない。でも、今もどこかで「孤独でいられない孤独」を抱えて悩んでいるだろう子どもたちに、この哲学者の言葉を贈ろう。【小国綾子】
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◇日本ダントツ 29.8%
■「孤独を感じる」と答えた15歳の割合(%)
日本 29.8
アイスランド 10.3
ロシア 8.5
カナダ 7.6
オーストリア 7.2
スウェーデン 6.7
オーストラリア 6.5
フランス 6.4
ドイツ 6.2
イタリア 6.0
英国 5.4
スペイン 4.4
オランダ 2.9
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毎日新聞 2007年4月18日 東京夕刊