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<一筆不乱192>
「子どもが小さい大人」なのか、「大人が大きい子どもなのか」。欧州では前者のとらえ方が主流らしいが、日本は異なる。「中身は子どもの大人」が「大人である子ども」を奴隷として扱う。親は子どもが「所有物」かのように自分の敷いた路線を押しつけ、学校ではひたすら「命令に従う」ことを児童・生徒に無理強いする。
「日の丸・君が代」の強制に反対する先生方に共通するのは、「子どもたち一人ひとりが人格をもった大人である」と認識していることだ。だから「自分で考え、行動すること」がいかに大切かを教える。何が何でも「日の丸」には頭を下げろ、「君が代」は大きな声で歌えなど、「小さい大人」に命令できるわけがない。
そんな先生の一人、根津公子さんは来年、免職になる可能性が強い。正論を主張し、実践し続けたことが、「大きい子ども」にとっては気にくわなかったのだろう。
根津さんの第一印象は「化粧をしていない」だった。言うまでもなく、口紅やアイシャドーのことではない。すっぴんの「生き様」が全身からにじみ出ているのだ。穏やかでやさしく、かつ強靱なそれには、なんのデコレーションもない。
「大きい子ども」は、上から下まで化粧だらけである。ウソ、ごまかし、へつらい、虚勢……。そのうち、自分が自分なのかどうか、分からなくなっているのではないか。かような「子ども」が厄介なのは、「自分がない」から唯々諾々と上司の指示に従うだけではなく、なりたいのになれない「正義の味方」に嫉妬することだ。
官僚は、「現実」という劇薬で「理想」を殺してしまう。むろん、そのことに罪悪感を持っている人は意外に多い。この「本当は正義の味方になりたい」官僚の中に、「正義の味方は抹殺してしまえ」という発想に至る者がいるのだ。強い幼児性の嫉妬にほかならない。
教育基本法改悪の“立役者”、安倍晋三元首相は典型的な「大きい子ども」に見える。周辺の国会議員も、石原慎太郎都知事も、都教委の職員も同様だ。隊列をなして、「小さい大人」や、彼・彼女を護る人々を葬り去ろうとしている。改悪された教育基本法に基づき、一つにまとまった嫉妬が、すべての「根津さん」を排除しようと目論む。
すっぴんの「生き様」を、てらいもなくさらせる人が「大きな大人」なのだろう。そうなりきれない私はせめて、根津さんへの連帯を素直に宣言したい。(北村肇)
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