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七月の参院選の直後、小泉純一郎元首相が「自民党は敗北に耐え切れるか、民主党は勝利に耐え切れるか」と語ったという記事を新聞で読んだ記憶がある。うまいことを言うものだと感心していたが、実際に、安倍晋三前首相は敗北に耐えきれず退陣し、また、小沢一郎代表も勝利に耐えきれず大連立の誘いに乗りかかり、それを党内から拒絶され、一度は党首辞任を表明した。敗北に耐えきれずやめるのは分かりやすいが、勝利に耐えきれずつぶれることは分りにくい話である。なぜ小沢が勝利に耐え切れなかったのか、また民主党が政権を目指すうえで、どうすれば勝利に耐えていけるのか、考えてみたい。
単なる野党が政府の政策に反対することは、無力であるが容易である。しかし、参議院で多数を占める野党が反対することは、実際に政策を葬ることを意味する。そうなると、政府の政策を葬ることへの責任を問われることとなる。覚悟や決意がなければ安易な反対はできない。勝利に耐えるとはそのような覚悟を固めることを意味する。
臨時国会最大の争点であるテロ特措法延長に関しては、小沢は参院選での大勝により、リーダーシップが絶頂にあった時にいち早く反対を明確にして、その点の覚悟は固めていたものと思っていた。しかし、与野党間の膠着状態が続くにつれ、覚悟が揺らいでいったように見える。
それには二つの理由があったと私は想像している。
第一は、アメリカの虎の尾を踏むことへの恐れである。11月1日、テロ特措法の失効によりインド洋における海上自衛隊の活動が打ち切られたことは、選挙の結果によって日本がアメリカの要望を拒絶したという戦後初めての出来事であった。手続きの時限に限ってみれば、民意によって政策が転換されたという点で、日本もまともな民主主義国であることが示せたと言える。また、民主党はその成果を誇ってよいはずである。しかし、自民党の中枢部で日米関係を見てきた小沢にとって、対等な日米関係に向けて一歩踏み出すことの緊張感は、想像以上に大きいのであろう。喫緊の課題とも思えない国際貢献の法的枠組みを整備するというテーマで自民党と手を組むという選択は、そのような緊張感から逃れるためだったと思える。
第二は、国政の停滞という批判へのひるみである。臨時国会で法案が1つも成立していないことで、福田政権の側にも焦りはあったはずである。当然政府与党は野党の側に国会の機能不全の責任を転嫁しようとする。一部のメディアも、国政の空白を解消せよという論陣を張る。また、参院選で国民に公約した政策も、何一つ実現しないと言って責められる。しかし、そもそも国民が参議院において野党に多数を与えたということは、法案が簡単に成立しない状況を国民が作り出したということである。民主党の公約が実現しないのは民主党のせいではなく、国会状況の必然的帰結である。被災者救済など、与野党間に大きな対立がないようなものは、速やかに成立を図ればよい。こうした協力は、与野党逆転以前の国会でもしばしば行われたので、目新しいことではない。
また、年金、農業、雇用などの政策に関しては、与野党はつい最近の参院選で対決していたのであり、短時間の協議で妥協できるはずはない。これらの政策は重要ではあっても、喫緊の課題ではない。むしろ、いい加減な妥協は国民に対する裏切りでもある。衆議院に反映されている2005年の民意と、参議院に反映されている2007年の民意が食い違うことこそ国政の停滞の原因であり、これを解消するには衆議院にも直近の民意を反映させることが唯一の根本的な打開策であると、民主党は主張し続ければよいのである。だが、小沢はこの点で野党の自己主張を貫くことができなかった。
そもそも福田政権は、安倍首相の政権投げ出しという大失態の後始末をするためにできたものであり、民主的正統性を欠いている。だから、国の重要政策を決める資格を持っていないのである。にもかかわらずこの政権と政策協議を行うということは、福田政権を本格政権と認知することを意味する。そのような二大政党の話し合いで重要政策を決めることは、国民の負託の裏付けを持たない、文字通りの談合である。
さらに国会の機能は法案を速やかに成立させることだけではない。国民に代わって行政府を監督し、不正や腐敗を追及することも重要な機能である。今まさに防衛省の装備調達をめぐる疑惑や薬害肝炎をめぐる厚生労働省の情報隠蔽など、行政の腐敗、劣化が明らかになりつつある。政府与党がこうした問題の究明に消極的である以上、野党が国会でチェック機能を発揮し、その結果法案審議が遅れることがあっても、一向に構わない。むしろ、参議院における数の優位を利用して権力分立の実を挙げることこそ、国民の利益にかなうはずである。国政の停滞を野党のせいにする議論は、結果として巨悪を利することになるのである。
小沢は党幹部の慰留によって辞意を撤回したが、もはやかつてのようなリーダーシップを振るうことは困難であろう。国民の間には、小沢は大きくぶれる政治家として記憶されるだろうし、党内にもいざ決戦という時に何をしでかすか分らないという疑心暗鬼が生じるに違いない。政党再編という蜃気楼を追いかけるのではなく、総選挙で勝利し、政権交代を勝ち取るという民主党の原点を確認することから、党の再建が始まるのである。
一部メディアでは、今後の国会で民主党が対決姿勢を強めれば、政権担当能力の欠如を露呈するという論評が語られている。これこそ権力者の言い分である。2つは矛盾するものではない。政府の誤った政策と対決しつつ、参院選で示した生活重視の政策を彫琢することこそ、政権獲得の王道である。
(週刊東洋経済11月17日号)
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