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http://mainichi.jp/select/seiji/archive/news/2007/11/12/20071112dde012010028000c.html
◇それでも終生一記者ですか
ごぶさたしております。いやあ、驚きました。いったい、どうなってるんですか! 福田康夫首相(自民党総裁)と小沢一郎民主党代表の党首会談で飛び出した「大連立」構想、それを仕掛けた「さる人」が読売新聞主筆のナベツネさん(いつもの呼び方お許しください)、あなただとの声がもっぱらです。
東京・大手町の読売新聞東京本社7階主筆室に、大先輩記者のナベツネさんを訪ねたのは緑したたる初夏のころでした。夕刊連載「この国はどこへ行こうとしているのか」のインタビュー、失礼ながら、副題に「おちおち死んではいられない」と打ち、人生晩年の胸に去来する思いをうかがったのでした。81歳の年齢が気になったのです。
人間には遠景と近景があります。初めて間近に見るナベツネさんは、パイプをくわえ、ふんぞり返る権力者ではありませんでした。いまなお旧制高校のインテリ青年のにおい、カントやヘーゲルなどの哲学書がたくさん並んでいて、新聞記者も哲学をやらないとな、と説いたかと思えば、壁に張られた原節子の写真に目尻を下げる。電子ピアノまであって、たまに弾くんだよ、とテレるわ、テレるわ。
天下分け目の戦い、参院選が近づいていました。首相は安倍晋三さん、戦争を知らない若い世代ゆえか、歴史観が違うとおっしゃりつつも「彼の政治感覚は鋭い」と気を使っておられました。いささかの不安をにじませて。結果は自民党の惨敗、民主党の躍進、衆参ねじれ国会の現出はベテラン政治記者であれば、想定内だったのかもしれません。永田町のドタバタ第2幕は、それから。季節は夏から秋へ。安倍さんが突然辞任し、福田さんに引き継がれました。
まさに仰天政局、そのめまぐるしさに残暑も手伝って、私などふーふー息切らせ、正直、くたびれました。でも、ナベツネさん、あなたは、あの主筆室のソファに体を沈め、キーパーソンに電話をかけまくっておられたのですね。そういえば、インタビューの途中、どこからか電話が入り、一瞬、すごまれたのを覚えています。「そんなことしたら政治生命なくなるぞ!」
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さて、このたびの福田・小沢会談、黒幕はナベツネさんだった、と伝えられています。小沢さんは続投会見で、こう説明しました。「さる人から呼び出され、食事をともにしながら話した。『お国のための大連立を』というたぐいの話だった」。2カ月ほど前だったとも明かしました。読売の社説に「大連立」の文字が躍ったのはまだ安倍政権のころ、終戦記念日の翌日でした。<自民党は、党利を超えて、民主党に政権参加を呼びかけてみてはどうか。(略)民主党にとっても、政策理念を現実の施策として生かす上で、大連立は検討に値するのではないか>
新聞は談論風発でなくちゃいけません。この社説にケチをつける気など毛頭ありません。いろんなアイデア、大いに書いていただきたい。たとえ首肯しかねる論であっても勉強になります。私が釈然としないのは、そんなことじゃないんです。ナベツネさん、そもそも新聞記者って何ですか? 取材して、書いて、それを多くの人に読んでもらって……、その繰り返し。主筆も記者でしょ。墓碑銘にするんだ、と言って、盟友、中曽根康弘さんの<終生一記者を貫く 渡辺恒雄之碑>なる達筆を見せてくれたじゃないですか。
ああ、それなのにナベツネさん、あなたは社説(結構、目立ちますけどね)だけで飽きたらず、あろうことか「さる人」となって持論の「大連立」政権樹立へ動いていたのですね。だとすれば、終生一記者じゃない。過去はよく存じませんが、少なくとも今度の政局をめぐる一件だけでも権力そのものになってしまったわけです。せっかくの墓碑銘ですが<終生>の2文字は削らなければいけませんね。
いたずらに青臭い論を並べ立てるつもりはありません。とびきりのスクープを取るには、ときに権力者の懐に飛び込まねばなりません。求められれば、アドバイスしてもいい。要は、その距離感です。釈迦(しゃか)に説法でしたか。大連立について、鳩山由紀夫民主党幹事長は「大政翼賛会」と反発しました。戦前と同列に語るのはいかがかとも存じますが、それほどショッキングな事態であったのです。有権者の知らないところで超巨大与党が生まれ、野党は見る影もなくなる。それも政治家でない言論人が生みの親。ぞっとします。
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それにしても、とあのインタビューを思い出しています。沈黙を守っておられるナベツネさん、あなたの胸の奥が知りたいからです。そう、冗談交じりではありましたが、おしまいにこうおっしゃいました。「本音を言うと、あと2、3年じゃないかって思うよ。墓地はあるんだが、この碑文を刻む石を探してるところなんだ。どこかにいい石ないかね。安くなくちゃいかんぞ」。見た目、すこぶるお元気でしたが、人生の締めくくりを考えておられるのがわかりました。
自身の人生の砂時計を見つめながら乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負に出たんじゃないか、とピンときました。最後の著書とうたう「君命も受けざる所あり」(日本経済新聞出版社)の帯文にありました。<権力と時流に動ぜず わが内なる声に従う>。やんちゃ記者の激減を憂える身としては、その心意気やよし。それだけに記者ののりをこえてほしくなかった。
休日の昼下がり、九段の靖国神社境内を愛犬を連れ、夫婦で散歩しているんだ、と聞き、ほほえましくも静かな晩年の姿を想像しました。参拝はせず、参道わきの茶店に腰を下ろし、ソース焼きそばをすする。そのひとときを「至福だ」ともおっしゃっていました。ままならぬ世の中を慨嘆し、その練達の文章で大記者ならではの随想を書かれていればよかったのに、と残念でなりません。まさか、書き終えたはずの履歴書に生臭い補遺の一章がつくとは……。
戦争を憎み、戦後は共産党に入り、理想に燃えたこともありましたね。暑い盛り、その元共産党議長の宮本顕治さんが亡くなりました。もしや青山葬儀所での党葬にやんちゃ記者の顔があるやも、と見渡しましたが、おられなかった。あわただしく時間が過ぎていきます。東京も秋本番、街の木々も色づき、落ち葉が歩道を覆いはじめています。靖国の境内もそうでしょうか。朝晩、めっきり寒くなってきました。ご自愛ください。
草々
編集委員 鈴木琢磨
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追伸 このたびの件についてインタビューを申し込みましたが、応じていただけませんでしたので、紙面を借りての手紙にしました。ご了解ください。真相を墓場まで持っていくおつもりはないはず。待っています。
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ファクス03・3212・0279
毎日新聞 2007年11月12日 東京夕刊
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