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年をとると時間が早くなる(速く感じる)といわれる。一年が速いなあとか、一日が速いとか感じることは疑いもなくあるのだが、今回の「座り込み」はあっという間に終盤を迎えた。今回の行動は今日が最終日であるが、そんな印象である。銀杏の紅葉との競争になるかもしれないと思っていたのだが、こちらは意外とゆっくりだ。木によっては黄色く紅葉しているものもあるが全体はまだ青い葉のままだ。11月1日が期限のテロ特措法の延長を目論んでいた自民党と与党はテロ特新法に成立に切り替えてきた。このことは、さしあたってのことに過ぎないが、アメリカのイラクやアフガンでの戦争に反対する国民の意思を世界に向かって示したことになるのだろう。これからテロ特新法は本番を迎えるが、僕らは国会審議の様子を見て、再び行動することを予定している。そのときは銀杏も葉を黄色に染めて僕らを迎えてくれるであろうか。
今年の3月20日に「ハンスト座り込み」を模索したときに比べると、僕らの行動はマンネリに陥り始めている。いや、すばやく手慣れたもののなり、それだけ力強いものになっている等の相反する声もある。
ただ、確かなことはこわもての安倍晋三が首相の座を放り出したことで、僕らを背後で後押ししていた緊張感が薄らいでいることは事実である。憲法改定のプログラムが見えなくなりつつあることも疑いない。それに、もう一つ憲法改定反対運動の構想という主体の問題がある。僕らはさしあたって出来る行動をやるということ以上のことは構想しえていない。様々の運動を構想し、その模索をしているが、あれこれ考えあぐねている状態である。憲法改定反対運動の構想は政府なり政党なりから出てくる改定の動きに反対し、現在の憲法を護るということではない。それは現象としてそう見えるということであり、結果であって、僕らが反対運動を構想することは現在の国家や社会のあり方を構想することであり、それを根底にしている。政府や自民党が、あるいは民主党が国家や社会のあり方を構想し、模索することと同時代人として同じ場所に立っている。彼らが感じている現在的な困難な場所と僕らも同じところある。僕らが憲法改定反対運動の構想で感じている五里霧中という実感は彼らの政治全体に持っているもの同じである、と想像する。確かに国家権力の運営を担当する、あるいはその近くにあるものとそうでないものという差異はあるにしても。これは国会の内にあるものと、道路を隔てて座り込んでいるものと差異だが、それぞれに見えるものと見えないものがあるが、歴史的には同じところに立っている。僕は国家の現在から未来への、憲法改定反対闘争の将来について自己問答をしながら国会前に足を運び、座り込んでいる。どこにいても同じだろうが、僕らの現在と明日を考え、悩み、時にはまったりした気分になりながら一日を過ごしている。
お知らせ @今回の行動は今日が最終日だが、国会の審議をにらんで次の行動を予定している。本ニュースは次の行動まで間隔は開くが継続する。お寄せ頂いた意見は掲載する。A雑誌『世界』の小沢一郎の論文を論評した三上治の「安全保障の原則に関する小沢一郎の見解」がある。御配りしたいが長いので迷惑も考えられ、希望者に御配りすることにした。事務所まで連絡を。 (文責 三上治)
「国会前座り込み・”徘徊”現場ニュース★」
2007年11月1日発行 十四号
9条改憲阻止の会
TEL &FAX:03−3356−9932
E−mail:kyujokaikensoshi@utopia.ocn.ne.jp
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