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経済アナリスト 森永 卓郎氏
2007年10月22日
10月1日から郵政民営化がスタートした。当初、小さなコンピューターのトラブルはあったものの、大きな混乱もなく、まずまずの出だしであったといえよう。メディアの報道も総じて祝賀ムードで、これでいよいよ金融が正常化するといった政府寄りの発言が目立っていた。
ところで、郵政民営化は、2年前の総選挙で圧倒的な国民の支持を得たことになっているが本当だろうか。冷静に思い起こしてみれば、小泉純一郎対造反組の政治ドラマを見て、「悪代官をやっつけろ」というイメージで投票した人が大部分ではないのだろうか。郵政民営化が本当に行われるとどういうことが起きるのか、国民が細かい議論をしたとは思えない。
そこで、民営化された今の時点で、本当に郵政民営化にメリットがあるのか再確認してみたい。
政府が主張する郵政民営化のメリットは次の三つだ。
* 競争原理の導入と経営の自由化によって、業務分野の拡大やサービスの改善が図られ、利便性が向上する。
* 民営化された各社が民営に移行したことで、法人税や印紙税の納付義務が生じるために国の税収が増え、財政再建に貢献する。
* 自由に資金が運用できるようになり、従来のような郵政から財政投融資への自動的な資金移動がなくなり、特殊法人の合理化が進む。
まさにバラ色の未来が描かれているのだが、本当にそうなのだろうか。むしろわたしは、今回の郵政民営化は、国民にとってはメリットよりもデメリットのほうが、はるかに大きい気がしてならないのだ。
政府が主張する「三つのメリット」の誤り
まず、短期的な影響から見ていこう。政府が言う三つのメリットを、一つひとつ検証してみたい。
競争原理が導入されたというが、それで料金が安くなったかといえば、そうではない。むしろ、代金引換郵便の手数料や払い込みの手数料など、次から次へと手数料が値上げされてしまった。なかでも、定額小為替の手数料は10円から100円へとなり、10倍の引き上げである。
しかも、民営化に伴って集配局は大幅に集約。郵便物の配達日数がこれまでより多くかかる地域も増えている。民営化に先駆けて時間外窓口も次々に閉鎖されてしまった。
要するに、競争原理と経営自由化によって、従来の郵便局ならではの細やかなサービスがなくなり、銀行並みに揃えられたというだけのことである。
法人税、印紙税を新会社が支払うので税収が増えるというが、これまでは税金を払わない分だけ料金を安く抑えることができたのだ。新たに払う税金分を新会社がすべてかぶるとはとうてい思えず、最終的に税金の分は上記のような値上げで埋め合わせることになるに違いない。
確かに、民営化で税収は増えるだろう。だが、何のことはない。税金分のツケが利用者に回るというだけの話である。つまり、知らない間に国民に対して増税が行なわれたのと同じことなのである。少なくとも国民にメリットがあるわけではない。
さらに、特殊法人への資金の流れが変わるという件であるが、これは誤解なのか曲解なのか、前提に大きな誤りがある。というのも、すでに2001年に財政投融資制度は廃止となっており、郵政公社が特殊法人に資金をそのまま流していたという指摘は当たらないからだ。
では、郵政公社はどうしていたかというと、政府が保証をつけている財投債、あるいは財投機関が発行する財投機関債を、マーケットで買って資金運用をしていたのである。だが、この財投債は民間銀行も購入しているものであり、そもそもマーケットを通じて買うのだから、特殊法人に金を流しているという批判は当たらない。
政府が財投債を売って、政府がその金を特殊法人に流していたのであるから、特殊法人を温存していた責任があるのは政府なのであって、郵政公社には責任はなかったのだ。
こう見ていくと、少なくとも一般の国民にとって、政府が言うようなメリットはあまりないのである。
今後、地方の窓口はさちに減少する
しかし、本当に問題なのは、中長期的なデメリットなのである。
今後3年以内に、ゆうちょ銀行とかんぽ生命の株式が上場され、2017年までに完全売却されることになっている。となると、間違いなく株式の一部は、米国系の金融機関やファンドが購入するだろう。そして、株主提案権を得た彼らは、あれこれと経営に口出しをしてくるはずだ。
まず、間違いなく提案するのは、「経営のさらなる合理化」である。現在、ゆうちょ銀行、かんぽ生命は、全国2万5000カ所のネットワークがあり、地方の小さな町や村にも窓口を持っている。民営化後は、窓口会社に使用料を支払わなければならないのだが、これだけの数の窓口を、はたして金融機関が維持できるのかどうかといえば、いささか疑問なのである。
例えば、三菱東京UFJ銀行は、合併時に支店の数が670店程度あった。日本最大の銀行でこの程度の数なのだから、民間企業となって採算を重視するようになった新会社にはとても維持できるとは思えない。
政府もこうした事態を見越していて、2兆円の基金をつくり、そこから補助金を出して窓口を撤退しないための方策は立ててきた。しかし、2兆円を年3%で運用しても600億円である。これでは窓口維持にはまったく足りない。
となると、株式公開後は株主の提案に従って、窓口の合理化が徐々に進められるだろうことは想像に難くない。
では、10年後の窓口はどうなっているのだろうか。おそらく、法律でユニバーサルサービスを義務づけられ、最小限の業務をする窓口だけは維持されているのではないかと、わたしは想像する。だが、維持されるのは郵便業務だけに限られ、金融業務は取り扱わない窓口が大半になっているに違いない。
現在でも、ただでさえ地方には金融機関が少ない。その状態が郵政民営化でますます進行していくというわけだ。もうかる支店には金をつぎ込み、もうからないところからは撤退 ―― そして都会と地方の格差が拡大していくのだろう。
新会社のリスク管理はどうなっているのか
ここまでは、まだまだ序の口である。民営化の先には、さらに恐ろしいシナリオが待っている。
現在、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の資金は、その3分の2以上が国債(財投債を含む)で運用されている。そこで、外資系の株主が次のように提案してきたらどうするか。
「なぜ低金利の日本国債で運用するのか。金利の高い米国債を買うべきだ」
現在、日本国債の金利は1.5%に過ぎないが、米国債の金利は4.5%と圧倒的に高い。しかも、ムーディーズ格付けは日本国債がシングルAであるのに対して、米国債はトリプルAである。「金利が3倍もつき、信用度ははるかに高い。なぜ買わないのか」と理詰めで迫られたとき、経営陣がそれを排除するのは極めて難しいのではないか。
もちろん、現時点での金利と信用度を見れば米国債を買ったほうが得だろう。しかし、わたしのみならず、現在の米ドルをバブルだと見ている人は少なくない。このバブルが崩壊したら、どうなるだろうか。米国債の価格は大幅に下落し、同時にドルも暴落するから、米国債の価値は劇的に低下する。短期間で3割以上低下する可能性は十分にある。
そのとき、もし、ゆうちょ銀行やかんぽ生命が、資金の大半を米国債で運用していたらどうなるか。その影響は半端ではない。
預金保険機構によれば、もしゆうちょ銀行が破綻しても、他の銀行と同じく1000万円とその利子は保護すると明言している。もともと郵便貯金は1000万円までしか預けられなかったのだから、その点では問題ない。
しかし、ゆうちょ銀行の預金高というのは、3大メガバンクを足したよりも多いことを忘れてはならない。本当に万が一、ゆうちょ銀行が経営破綻したら、預金保険機構が支払いに耐えられるかどうか、わたしは疑問に思わざるを得ない。
かんぽ生命が破綻したときの影響はもっと大きい。生命保険会社が破綻すると、過去にさかのぼって予定利率が引き下げられるからだ。となると、年金をもらえると期待して積み立ててきた人が、実際に手にできる金額は、予測の3分の2から半分程度に減ってしまう恐れが十分にあるのだ。実際に、これまでの生保の破綻では、そうした事態が発生している。
ドルが暴落する可能性は、長期でみれば100%だとわたしは思っている。新しい経営者がどれだけ米国債の運用を認めるかは分からないが、そうしたリスクを念頭に置いているかどうか、わたしは心配なのである。
そして、ゆうちょ銀行やかんぼ生命の株を売却することは、国民の大切な資産をそうしたリスクにさらすことになるのだが、政府はこれまで国民に対してそのことを一言も説明していないのだ。
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