★阿修羅♪ > 政治・選挙・NHK43 > 371.html ★阿修羅♪ |
Tweet |
http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20071018-01-0702.html
2007年10月18日 週刊文春
政界きっての温厚な理知派と定評の与謝野馨前官房長官が「中川だけは絶対に許せない」と珍しく感情をむき出しに怒っている。「安倍退陣の糸を引いたのは麻生太郎前幹事長と与謝野氏」といういわゆる「クーデター説」を流したのは中川秀直元自民党幹事長だと信じているからだ。
実際には麻生、与謝野両氏とも党と内閣の要から外され、デマだったことは明白。中川氏は七日に広島市での講演で「私はそんなこと言った覚えはない」と打ち消しに躍起だが、与謝野氏は独自の情報網で、中川氏が早い段階から「あり得るな」と少なくとも噂を広めるのに一役買っていた事実をつかんでいるのだという。
確かに民放テレビがまんまとデマに乗せられてクーデター説を煽った結果、中川氏は命拾いした。
「ためらう安倍氏を強引に『ポスト小泉』に担ぎ出し、与党の責任者として一年間、安倍政権を支えなければならないのに、事あるごとに摩擦が絶えず、天下分け目の参院選の指揮を執って惨敗を喫した。与謝野氏は一カ月足らず『女房役』だっただけで、責任の重さは天と地ほど違う」(政治部デスク)
ところが、クーデター説に関心が逸れて、中川氏の責任はうやむやになった。
「しかも、小泉・安倍路線の真ん中で旗を振ってきた中川氏は、本来なら同じ路線を継承する麻生氏を支持するのが筋なのに、路線転換を目指す福田康夫氏支持に何食わぬ顔で乗り換え、小泉純一郎元首相まで抱き込んで流れを作った」(同前)
関ケ原の戦いになぞらえれば、西軍裏切りの先頭を切って東軍に大勝を呼び込んだ小早川秀秋のような行動だ。
それだけではない。参院選惨敗で幹事長を引責辞任した直後は「無派閥で通す」と公言していたのに、どさくさ紛れで総裁派閥の町村派にちゃっかり復帰。町村信孝会長が官房長官になったのをいいことに、町村・中川・谷川秀善党両院議員総会長の三人代表世話人体制に切り替え、トップの一人に納まった。
デマあり、裏切りあり、乗っ取りあり。まさに小説顔負けのドロドロぶりだが、永田町遊泳術は上手でも、選挙が絶望的に弱いので子分はゼロ。「首相になる柄でなし、今さら何を目指すのか」(中堅議員)と呆れる声も。まさか森喜朗元首相の後の「キングメーカー」?
※各媒体に掲載された記事を原文のまま掲載しています。
▲このページのTOPへ HOME > 政治・選挙・NHK43掲示板
フォローアップ: