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http://mainichi.jp/select/wadai/news/20071019dde012040041000c.html
<おちおち死んではいられない>
◇「日僑」的なしたたかさを−−中国研究者・84歳・竹内実さん
◇あいまいは悪くない 何か生み出せばいい 悲観的にならずに
暑さの残る京都の午後。下鴨神社(左京区)のあたりで鴨川に合流する高野川の河原で写真を撮影した。竹内さんは、そこに白い中国服を着て現れた。「ずいぶん前からたんすに入っていたものですよ」。けっこうおしゃれなのだろう。そうでなくても、中国研究の第一人者といえるこの人が着ると、中国服はやはり様になる。
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竹内さんと中国との付き合いは、長いどころの話ではない。竹内さんは、山東省の小さな町で生まれた。父親は旅館を経営していた。中国生まれだから、中国語が話せるのは当たり前だと思っていたが、当時の日本人と中国人との関係はそんなものではなかったらしい。そのため、小学生のときに、わざわざ中国人の先生について中国語を習った。
5歳のときに父が亡くなり、しばらくして家族は、できたばかりの満州国に向かった。19歳で、日本の学校に入るために単身帰国するまで、新京(現在の長春)で暮らす。帰国後は、当時専門学校だった二松学舎で国漢(国文と漢文)を学び、徴兵を経て終戦。戦後、京大文学部に進んだ。そのときに中国文学を選んだのは、「あわよくば中国に戻りたかった」からだという。それから中国とのかかわりが現在まで続くことになる。
「メイファーズ(没法子)」という言葉がある。中国人がよく使う。「どうしようもない」「しかたがない」との意味だ。中国人がそうつぶやくのを聞くと、周りの日本人は「中国人はすぐにあきらめる。情けない。だからダメなんだ」と軽蔑(けいべつ)していた。しかし、竹内さんは違った。子ども心に、その言葉から中国人のたくましさや生活力を感じとっていたという。実際、この「没法子」という言葉、「なんとかなるさ」というニュアンスを含むことも多い、と別の中国関係者から聞いた。
研究者として独自の中国観を貫いてきた原点がここにある。
現代中国で興味をもったのが、文人、書斎人としての毛沢東だった。毛沢東の書く論文は現実的だが、詩は中国の伝統色が濃く、文学としての雰囲気を漂わせていた。それに共産中国の小説などは紋切り型ばかりで、他に読むべきものはなかった。
1960年には、野間宏、大江健三郎らの日本文学代表団の一員として訪中、毛沢東とも会見した。しかし、本人はそうは言わないが、戦後の中国研究は政治的に利用されたり、それがまた毀誉褒貶(きよほうへん)を生んだりで、面倒くさい社会であったらしい。60年代後半の文化大革命(文革)以後は、なおさらだった。
文革が始まった当初、日本ではベタほめする風潮があったが、竹内さんは最初からほめる気にはなれなかった。文革で批判された人たちを、尻馬に乗って批判することだけはするまい、と決めた。文革を批判したために、中国への入国を拒否されたこともある。研究者として「天真爛漫(らんまん)に」教えを請うために、中国人に手紙を出し、相手に罪状を一つ付け加えたこともあった、との悔悟の念を、かつての著書に書いてもいる。
しかし、中国もずいぶん変わった。竹内さんがこれまで書いてきたものを中国語に訳した「竹内実文集」全10巻が、02〜06年に順次中国で刊行された。そのうち、文革批判の文章を載せた第6巻「文化大革命観察」について、編訳者らが当局を説得、原文のままでの出版が認められた。もっともそれまでに2年かかったが。
竹内さんと話していると、ときには研究者らしい厳密さと、ひかえめでシニカルな表現に同居して、思わぬ視角のユニークさと率直さに驚かされることがある。やがてそれが、中国生まれの肌感覚なのだろうと気がついた。
「日本語は前置きをつけないと話せない(修飾語が前にくる)。それに比べて中国語は単刀直入。前にも後ろにも不必要な修飾語はつけない。中国語はケンカするのに便利な言葉なんです」
「あいまいなことは悪いことではないんです。日本政府の対中政策がはっきりしないと中国人は非難するし、日本人もそう思っています。でもそれは中国側の枠組みなんです。靖国神社の参拝にしても、中国は日本の首相が『参拝しない』と明言することを求めてきました。福田さん(康夫首相)はどうするかはわかりませんが、安倍さん(晋三前首相)は参拝するともしないとも言わないことを中国が認めた。優柔不断であっても何かを生み出せばいい。男女関係だってそうでしょう」
「中国はどこへ行くのか」−−よく発せられる問いかけだが、それに対して竹内さんは「どこへも行かない」と答えることにしている。中国は少しずつ変化している。しかし大きく変わることはない、との意味だ。現在開かれている第17回共産党大会でも、期待はするが驚くような変化はないだろう、と。
それでもにおってくるものはある。民主主義、とくに選挙への取り組みだ。いまの政治制度をこのまま続けたのでは、立ち行かなくなるときがいつか来る。それがわかっているから、来年ごろから村や鎮といった小さな行政単位で、選挙の試みを始めるのではないか−−竹内さんはそう予測する。
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しばらく前から、中国の経済発展の原動力となった「欲望」について考えている。文学者らしく、利欲、色欲の追求に貫かれた明代の小説「金瓶梅(きんぺいばい)」を用い、さらに孟子がどのように欲望の抑制を説いたか、などを考察した。その一部を「中国−−欲望の経済学」(蒼蒼社)にまとめて、数年前に出版した。次は「コオロギ」の本を出す予定にしている。コオロギ? 中国には昔から、コオロギを闘わせる遊びがあり、最近の中国でもブームになった。「コオロギ将軍」(日本でいえば“コオロギ横綱”か)の図録まで出版されたのだとか。そのコオロギの話から魯迅の詩を解読し、中国文化を理解する手がかりにしようという。
「中国というのは、まさに『宝の山』です。研究者にとって何かを発見すればこんな面白いことはありません。もちろん、経済界にとっても」
いまの日本人が中国に学ぶべきことは? 「こせこせ、あくせくしないこと。悲観的にならないこと」「昔から中国は日本人に夢を抱かせる存在でした。戦前には大陸で一旗あげようという日本人が大勢いた。いま中国にいる日本人は、氏素性がよくて教育レベルも高い人ばかり。それよりも“日僑”と言われるくらいの(したたかな)気持ちをもったほうがいい」
最後に、中国の大人風の答えが返ってきた。【西和久】
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■人物略歴
◇たけうち・みのる
京大名誉教授。1923年生まれ。京大文卒、東大院修了。中国研究所、東京都立大などを経て京大人文科学研究所教授。退官後、立命館大や中国の北京日本学研究センターなどでも教べんをとった。著書に「新版中国の思想」「北京−−世界の都市の物語」「毛沢東」など。
毎日新聞 2007年10月19日 東京夕刊
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